第35話 おらさ、孤独とか、わがんね

 俺は柊木を真っ向からふった訳じゃない。

 柊木みたいな距離感が近い相手を真っ向からふるほどの度量はなかったから。


 しかし、柊木は優しい人間だ。


 俺と高薙さんの会話を聞いて、自ら失恋を申し出てくれたのだ。


「う、く……ねぇ竜馬」

「なんだよ」

「一度だけで、いいからさ」


 柊木は涙ですぼまった喉から、絞り出すように台詞を口にする。


「一度だけでいいから、僕と子作りしてよ」

「しねーよ! この際になって俺を貶めようとするな」

「竜馬のケチ! ケチチ〇コ!」

「大声でチ〇コとか言うなよ! ここ一応俺の家だからな!?」


 下には両親の耳があるんだぞ、届かないと思うけど。


 とりあえず気を取り直して、レンの近況を聞こう。

 柊木は以前俺の部屋に滞在して、ティッシュで鼻をかんでいた。


『レン、家にはもう着いたか? お父さんとちゃんと会話できてるか?』

「あ、やばい竜馬」


 レンにメッセージを飛ばすと、柊木がベッドの上で何か言っている。


「なんだよ」

「今の僕、凄くセクスィーじゃない?」


 柊木はそう言ってベッドの上で腰をくねらせている。


「柊木さん、勘弁してくれませんか」

「げへへ、しかし奥さんの身体は喜んでまっせ」


 瞬間にして股間を手で隠した。


「じゅぱちゅるるるしゅぱちゅばば」

「なんなんだよその擬音はよぉおおお! 柊木、お前エロゲ声優になれるよ」

「エロゲ声優になるから結婚ちて、お願い」

「お前凄いな、その粘り方」

「じゅぱぱ、じゅるるる、ちゅるるる」

「だからそのリップ音止めろよ!」


 突っ込むと、柊木は違うんだよ竜馬、ってな具合に説明し始める。


「なんか、竜馬の勃起したチ〇コ見てから、口が勝手に淫靡な音立てちゃって」

「普通の女子だったら絶縁待ったなしの珍事なんだよ!」

「チ〇コだけに?」


 上手いこといったつもりか!

 そんな風に柊木といつものような感じに戻ると、レンから返信があった。


『竜馬、今からおらのプライベートルームで会わないか?』

『わかった、今そっち行くよ』

『ありがとうな』


 柊木はどうしよう、しばらくの間席外してもらうか。


「なぁ柊木」

「嗚呼、竜馬さん! 竜馬さん! 竜馬さんきゅうりいりませんか」

「いらねぇ、今からレンと話すから席外してくれないか?」

「え? 邪魔しないからここに居ちゃ駄目かな?」


 それはちょっと恥ずかしい。


「出来れば外してくれないか、もしかしたら聞かれたくない話題かもしれないし」

「……はぁ、十分だけね」

「せめて一時間ぐらいくれ」

「だーめ、そんなに猶予与えたらバーチャルセックス出来ちゃうし」


 22世紀の昨今、巷で話題のアレか。しかしアレは成人以上じゃないと違法だし、それにアレを利用した事件まで起こってるみたいだし、まず俺とレンが利用するようなことはない。


「しねーよ」

「じゅぷぷ、ちゅっぱ、じゅぶるるるる」

「お前やっぱり一度病院で見て貰えよな!」


 どうやら柊木さんの属性はエルフではなくエロフだったようで、俺の性癖のドストライクだった。


 柊木が退室したのを見計らって、バーチャル空間にログインする。宇宙都市をイメージして作られたタワマンの一室に、レンはいるのだが、アバターは現実に合わせたものを使用している。


「来たのけ」

「来ちゃいけなかった?」

「馬鹿言うでねぇ、今のは言葉のあやさ」


 レンは俺に歩み寄り、かかとを上げてキスをしてくれた。


「お父さんとは、話し合った?」

「父さんとはそこまで話せてねぇけど、一応な」

「じゃあ詳しい話は後日って感じか」

「父さんのことだから、おらには一生教えてくれねーんじゃねぇか?」


 とすると、レンのお父さんの余命が気掛かりだけど、聞いていいものなのか?

 俺とレンの関係はまだ学校の友人だ。


「……おらが居なくなって、寂しくなかったか?」

「え? えっと」

「おらはあの家から実家に帰って来て、いんや、やっぱこの話は止すか」


 レンはそう言うと瞼を閉じて、俺の背中に手を回し、胸に顔を埋めた。一昔前のレンであれば、VR上でのこのような行為を否定することもままあったけど、すっかり変わったな。


「竜馬さ、おらたち、いつ結婚出来そうだ?」

「け、結婚?」


 そしていつになく今日のレンは発言が大胆だ。


「おら、おめえの傍にいられねぇのが苦しくてしょうがねぇ」

「結婚しなくても、傍にいられるっちゃあいられるだろ」

「だけんど、実際のおらたちは離れ離れになっちまったな」

「……そう考えると、今はいい時代になったよな」

「そだな、VRさまさまだべぇ」


 レンが気を取り直すように微笑むと、またキスを交わした。


 俺、実は何気にレンとの関係は学校の友人などではなく、自然と恋人になっていたのかもなってにわかに思い始めた。学校の友人がキスを交わすような文化は22世紀にはないもので。


「レンの将来の希望とか聞いてもいいか?」

「……おらさ、竜馬の嫁になること以外考えてなかったから、わがんね」


 でも、とレンは口添えし、これから先のことを語ってくれた。


「でも、今回の父さんの件もあるし、高校さ卒業したら働くかもしれねぇ」

「働き口は考えてるのか? 以前も言ったように、俺の両親の会社に来れば?」

「考えとくさ、とりあえずまだ高校始まって二か月しか経ってねぇし」


 それもそうだよな。

 なんかこの二か月、濃かったなぁ。


「竜馬」

「何?」

「この後空いてるならおらに少し勉強教えてくれねぇ?」

「そろそろ期末テストだしな」

「父さんがおらの将来に絶望しねぇように、しっかりいい点取っておきてぇ」

「いい心がけだなレン」


 だからその後はレンに小一時間ほど、勉強を教えてやった。

 レンは俺と目が合うつどにキスをし、俺はその幸せを感受できるようになった。


 例えば今回、俺達は離れ離れになったけど。

 VRがそこにあれば、寂しい思いはしなくて済む。


 22世紀の時代性の一つとして、人類の孤独は緩和されているようだった。


 § § §


 レンと勉強を教え合う時間も終え、ログアウトすると。


「はぁ、はぁ、んんんっ、竜馬ぁ、竜馬ぁ、竜……あ」

「柊木! 俺の部屋で何してるんだよ!」


 柊木は俺の抱き枕を抱きしめながら下腹部に伸ばした手をもぞもぞとさせていて。


「あっははは、ちょっとオナってた」


 俺はこの日、生まれて初めて女子のオナニーを生で見てしまった。

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