第34話 おらさ、やっぱ失恋とか、わがんね

 リビングにラーメンをすする音が木霊する。

 レン達を見送った後だからか、お通夜のように静かだ。


「――」


 父さんが無言の空気を破るようにテレビを点けた。


「レンちゃんって、本当に我が家のアイドルだったのね」


 母さんがそう言うと、柊木がそわそわしている。


「ご馳走様でした」


 高薙さんは塩ラーメンを手早く摂り、席を立ち丼を台所で水洗いしていた。


「竜馬、竜馬」

「なんすか柊木さん」

「この後であちしと混浴など、どうざます?」

「この家は基本、恋愛禁止だから」


 と言うと、母さんが目を丸くして。


「初耳ね、我が家に勝手なルール付けないでくれる?」


 ……しかし、こうでも言わないと、この家の規律が乱れるだろ。

 残念なことに柊木はレン以上にオープンな性格だし、一線超えでもしたら。


「あちし、今夜は竜馬と同衾したいざます」

「勝手にしろよ、俺の部屋には鍵掛けておくけどな」

「突っ込みにいつもの愛がないよ」

「今日ぐらい察して!? 俺だっていつも元気って訳じゃないんだから」


 とりあえず俺も注文したつけ麺で腹を満たしたことだし、丼洗って自室に戻ろう。

 部屋に戻ったら、早速レンに近況を聞いてみるため個チャを送るか。


 トントントン、といつもよりも重い足取りで三階に上がる。

 すると三階の入り口付近で高薙さんが仁王立ちしていた、怖い。


「な、何?」

「将門くん、貴方がクラホさん以外とくっつくことは許しませんよ?」

「……柊木は認めないって?」


「そうは言ってません、私はこう言っているのです。私から初恋相手を奪っておいて、簡単に諦めるなと」


「別に諦めた訳じゃないから」


 そう言うと、高薙さんは微笑みを浮かべ、自室へと戻って行った。


「……諦めた訳じゃ、ないんだ」


 レンのことを考えると、何故かムラムラした。

 部屋に戻ってちょっといたすか。


 以前はここで窓ガラスが通常モードになっていてレンに見られるという大失態を犯したけど、今度はきっちりと二重に確認した、窓ヨシ! 扉ヨシ! では早速。


「竜馬!」

「んっな!?」


 いたしている最中、柊木の声がしたと思えば、上から何かがどすんと落ちた。

 親方ー! 空からエルフ耳の美少女がー!


「柊木、なんで天井から落ちて来るんだよ!」

「拙者、柊木流の忍術を体得しているのでござる」

「レンもそうだったけど無茶すんな!」


 俺の部屋には天井裏があって、確かにそこは柊木の部屋と繋がっている構造だった。天井裏こそ、俺の様々な秘蔵グッズが隠されている裏スポット。白スクもそこに安置されていた代物だった。


「竜馬、もしかして一人エッチしてるの?」

「……は!? ば、見ないで!」

「はっはっは! 別に知らない仲でもないだろー、夫婦なんだし」

「例え夫婦だろうと自慰は隠れてしたいわ!」


 急いで下を履きなおし、手で股間を隠した。


「じ」

「見るなって言ってるだろ!」

「何なら僕のも見せようか?」

「やめろ」


 本音を言えば是非見たいが、そうじゃないんだよな。


「じゃあ向こう向いてるから、早めに鎮めてくれよ」

「……柊木はさ、もしも俺とレンが結婚したらどうするの?」

「死ぬかもしれない」

「死ぬな」


「あっははは……竜馬がさっき、高薙氏と話してるの偶然聞いちゃってさ。それまでは僕にも芽はあるって思ってたんだけど、竜馬、諦めないって言ったよね。それ聞いて、本気なんだって悟って」


 柊木の背中にあった綺麗な白い三つ編みは、この世の光景じゃないように思えた。スレンダーな彼女の体躯と、日本人離れした白い髪に、エルフのような耳は幻想の一種だ。


 柊木は俺の理想的な容姿をしている、憧れの存在だった。


 でも。


「……正直、敵わないな」

「俺の気持ちを察したか」

「僕は空気読める方だからね、竜馬みたく鈍感じゃないんだ」


 確かに、俺には今の柊木の気持ちがわからない。

 しかし、俺は自分の気持ちに嘘を吐けない。


「俺はレンが好きなんだよ柊木」

「じゃあ僕のことは?」

「そう言われると、言葉に詰まるけど」


 柊木ももちろん、好きの部類に入る人間だ。

 でなきゃここまで姦しく話せてない。


「竜馬にとって、好きの意味って何?」

「好きの意味? その人のために何かしてあげたい、ってことじゃないかな」


 俺はレンを――幸せにしたいと思う。

 柊木にもその感情はあった。


「じゃあ僕のために何かしてくれてもいいのよ? もう肉欲は鎮まったよね?」


 と言い、柊木は俺に振り返ると……ぼろぼろと大粒の涙を流している。


 これは以前も見た光景だ。

 高薙さんが初恋のレンに、思い切って告白したあの時の光景と一緒だった。


 だとすると、柊木の気持ちは本物で。

 柊木の恋は、たった今、終わってしまった。


「……出来れば、僕も竜馬のために何かしてあげたかった」


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