第32話 おらさ、家族会議とか、わがんね

 明竜高校の校長による不正問題が発覚し、成り行きで柊木が我が家にやって来た。


 柊木を紹介する流れで我が家は家族会議が久々に開かれる。


「柊木クレハと申します、お母様達には内緒で竜馬とはすでにただれた関係ざます」


 俺は無言で首を横に振る。

 母さんはそんな俺を見詰め、聞こえないように――最低、と呟いた。


「マジで違うから! 柊木とは、その、オンゲの結婚システムで夫婦になっただけで」

「その時から竜馬くんとは色々と共に学びました、主に男女の性愛について」


 俺は着席し、再び無言で首を横に振る。

 父さんは俺に訝しい目つきを送り、聞こえないように――何でお前みたいな奴が、と呟く。


「別にえぇやん、俺がモテたって」

「あっはは、竜馬くんは別にモテモテって訳じゃないです」

「そうそう」

「他の女性に感けない代わりに、竜馬はあちしの身体を貪り続けたざます」


 俺は三度無言で首を横に振る。

 両親は俺に視線を集め、今度は聞こえるように。


「「その反応が返って怪しい」」


 ですかね?


「柊木クレハさん、だったわね?」


 母さんが尋ねると、柊木は明るい声音で「はい」と返事していた。


「今回は大変だったわね」


「滅相もありません、今回のことは父が起こした不祥事ですし……それに、父はそういった顧客から金を巻き上げていましたが、結果的にそのお金は私や兄の養育費にも充てられてた訳ですし」


 今やっているニュースだと、癒着で得た金は脱税にあたるとかって言われている。

 柊木のお父さんは今回の件で相当な賠償金を支払わせられると報じられていた。


「ですから、今の私は無一文です、すっからかんです、竜馬くんへの愛以外は何もありません。そんなあちしと竜馬が、未だに肌を触れ合わせていないなんて、誰が信じるのでしょうか、ざます」


 柊木、仮に俺を愛してるのだとしたら俺を追い詰めるな。


「竜馬、お前レンちゃんのことはどうするんだ?」


 父さんに追及され、居ても立ってもいられなくなる。

 レンは小母さんと外に出ている。

 小母さんが気を使ってレンと外出したのだ。


「……」

「あらやだこの子ったら、黙っちゃったわよ」


 母さんがそう言うと、父さんが嘆息を吐いていた。


「しょうがないだろう、竜馬にとって二人はどっちも大事な子みたいだし」

「うーん、うーん、私は結局どちらとも破局しそうって思うけどね」

「まぁ、柊木さんの待遇をどうするかだよな」

「これだけは言わせて欲しいのよね」


 母さんが言いたかったことが手に取るようにわかったので、俺は反論した。


「家は駆け込み寺じゃないって言いたいんだろ、わかってるよ」

「あはは、僕のせいで悩ませてしまってすみません」


 柊木はそう言いつつ、席を立ち、地面に額を付けた。


「ですが、僕には竜馬くんしかいないんです! お母さん、それからお父さん、僕に貴方の娘をください!」


 娘はお前で俺は息子だバーロ。


「……柊木さんは、真面目なのね。レンちゃんのような可愛げはないけど」


 母さん、柊木の奴は家族会議が始まってから徹頭徹尾ふざけてたぜ?

 柊木のその土下座が効いたのか、父さんが手をポンと打った。


「柊木さんにはわが社の顔になってもらおう」

「ありがとう御座います! 顔だけはいいと自分でも思っております!」


 わが社の顔?


「父さんは柊木に何をさせるつもりなんだ?」


「柊木さんは笑顔が可愛いし、性格もはきはきとしてるし、一緒に営業先に連れて行ったら華やぐと思うんだよな。営業先で、あ、これ家の息子の嫁になりますってな感じで紹介して」


 え……え? 父さんはつまり柊木推しなの?


「竜馬のお嫁さんはレンちゃんに決まってるじゃないの」


 母さんはレン推しで。


「例え話だよ母さん」

「貴方、気付いてないかもしれないけど、目がマジよ」

「そう言う君こそ、柊木さんの気持ちってものを考えなさいよ」


 修羅場ってーら。


 俺はこの時、これから先に起こるある出来事を、想像すらしてなかった。

 それは家族会議が煮詰まり始め、柊木の居候が確定しそうになった時に発端する。


「ただいまさ」


 レンと小母さんが頃合いだと思ったのか、家に帰って来た。


「お帰り」

「そっちの話は終わったか?」

「えっと、柊木も結局この家に住み着くことになりそう」

「そうけ」

「なんか、元気なさげだな」


 レンと小母さんは家族会議している横につけて、何かを待っているようだった。


「今日からよろしくねレンちゃん!」


 と、柊木が慇懃無礼な感じで握手を求めると、レンは無気力のまま応じなかった。


「……おらは、たぶん、この家から出ていくことになりそうだ」

「え? なんで?」


 レンに聞くと、小母さんが一歩前に出た。


「今から少し宜しいでしょうか将門さん」

「何かあったんですか?」


 父さんが冷静に小母さんに対応している。


「レン、竜馬くん達を連れて、ちょっと席外してくれる?」

「わかった、竜馬、事情はおめえの部屋で説明するさ」


 状況が呑み込めないけど、レンの態度を見る限りかなり真剣だ。

 三人で三階にある俺の部屋に向かうまでの間、柊木がそわそわとしている。


「ちなみに高薙は部屋にいるのけ?」

「じゃないかな」


 レンは高薙さんにも一緒に事情を説明する気なのか。

 普段から毛嫌いしている様子だったけど。


「高薙、今ちょっといいか? 顔貸してくれ」

「結構ですが、どうしました? 顔つきがいつになく真剣ですね」

「それも今から説明するけんど、まぁ、おらと母さんは実家に帰ることになりそうだ」

「ご実家に、ですか……」


 本当に、一体何があったんだ。

 レンは俺の部屋に三人を集めると、先ずはお辞儀していた。


「ほんの少しの間だったけど、おら、この家で過ごした思い出は一生大事にするだ」

「レン、お前のお父さんに何か遭ったのか?」

「竜馬は鋭ぇな、なんでも父さん、余命宣告を受けたそうなんだ」


 それで、次にレンが口にしたのは、余命宣告を受けたレンのお父さんが取った行動についてだった。


「実は父さんが不倫してたって言うの、あれ嘘だったみたいだ。余命宣告を受けた父さんは素性もよくわからねぇ女さ家に連れて来て、不倫した、本気なんだ、だからお前達とは別れるって言って、おら達を追い出した」


 レンのお父さんにはVR上で幾度か会ったことがある。

 レンのように素直で、レンのように妙な方言を喋って、この親子は似てるなって思った。


「父さんがなしてそんな嘘吐いたのかはこれから実家に戻って聞くつもりだけど、おらには到底理解できそうにねぇ。けど、母さんは今でも父さんを愛してるっちゅうし、戻らねぇわけにはいかないべ」


 それは、しょうがないことだ。

 レンがこの家にやって来た理由が根本から覆るわけだし。


 レンがこの家に居ついて、我が家に負担を掛けたくない気持ちも打ち明けられたこともあったし。レンや小母さんは、この家に居ることがどこか心労だった。小母さんとしては家に帰れるのなら帰りたいだろうし、レンと別れるつもりもないだろう。


 どうやら俺達はレンと別れて暮らすことになりそうだった。

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