第31話 おらさ、臆病心とか、わがんね

「ハァッハッハッハ! 竜馬、さぁ、俺の乳首を舐めるといい」


 GWキャンプ三日目、俺達は海水浴にやって来ていた。

 部長が海パン姿で俺に乳首を舐めろとかって抜かしていて。

 こいつ、昨夜は本当に大仕事したのかよってやっぱり部長を疑う。


「兄さん、昨日は高薙氏とお楽しみだったのかにゃ?」


 柊木は気になったことをおくびに出さず聞きたがる奴のようだ。


「うむ、俺達は高薙嬢の高校卒業を契機に結婚する約束をした!」


 え? マジ?

 そう思って高薙さんの顔を見ると、無言で頷いている。


「お……おぉおおおおおおおおおおお! 地球オワタ!」


 柊木はその事態を驚天動地とばかりになじっている。


「竜馬、地球が終わる前に僕と合体しよう!」

「しないよ!」


 海水浴と言っても、実際に海には入らない。

 暖かい陽気の下、浜辺から海を見つつピクニックしようという目的だから。


 部長と柊木の二人は水着姿だけど、それよりも気になることがあった。


「高薙さん、隣いい?」

「僕も高薙氏の隣とっぴ!」


 柊木と二人してレジャーシートにいた高薙さんの横に座る。


「どうして、部長と結婚するの? 事態がぐるぐるぐるぐるしてて意味不なんだけど」

「……そうですね、存外、部長さんが頼もしい人だったから、じゃないでしょうか」


 高薙さんがそう言うと、部長の妹である柊木が口をあんぐりと開けていた。


「ありえない、僕の兄さんは頼もしくなんか! ない訳じゃないけど」


 どっちなんだよ。


「でも、映研に限っての兄さんは単なる映画馬鹿だよ? 兄さんのどこがいいの?」


 俺は柊木と見解が違っていて。

 部長は映研に限らず馬鹿野郎だと思う。


 当人は今、レンにちょっかい掛けて追いかけ回されているようだけど。


「知り合ってまだ日も浅いですし、具体的なことは答えられませんね」

「あ、じゃあさ」

「これ以上は時間の無駄です、私はちょっと飲み物を買って来ますので、後はお二人で存分にイチャイチャとでもしててください」


「了解! 柊木クレハは、竜馬とイチャつきます!」


 馬鹿やめろ!

 乗せられやすい柊木のせいで結局聞きたいことが聞けなかった。


「竜馬、にへへ、兄さんが結婚するんだし、後は僕達だけだよ」

「俺はまだ結婚とか考えてねぇって!」


 柊木は俺に飛び掛かり、押し倒すように馬乗りになって顔を近づける。

 抵抗している俺の手のひらは迫りくる柊木の顔を幾度となく払いのけていた。


 そうこう、柊木ともみ合っているとレンが気付いたみたいだ。


「柊木! おらの竜馬を襲うでねぇ!」


 レンの飛び蹴りを柊木は腕を十字にして受け止める。

 気のせいかもしれないが、柊木の能力が日に日に上がっているような気がした。


「竜馬、俺の嫁はどこへ?」


 部長はナチュラルに高薙さんを嫁と呼んでいるし、俺の方が恥ずかしいよ。


「飲み物買いに行くって言ってましたよ」

「さすがは俺の嫁、出来た嫁だ。だが心配でもあるので様子を見に行こう」


 ……く、手が震える。

 俺は心のどこかで部長に優越感を覚えていた。


 俺には二人のエルフ耳美少女がいて、貴方には誰もいないですね。みたいな邪心があったのだが、今は立場をひっくり返された心境だ。この先、俺が部長に勝つにはレンと柊木、二人を同時に嫁に貰っちゃうべきなのかなって、甘い考えが沸き立つ。


「何をしている下郎、お前も一緒に来るのだ」

「俺は下郎じゃあないです」

「では足コキヘコヘコ腰抜け野郎か?」

「意味が分かりません」


 部長の背中について行く中、俺は昨夜の出来事を聞いてみた。


「部長、昨夜は大変ご苦労様だったみたいですね」


「ほう、そうだな、昨夜は中々に大変だった。何が悲しくて我が父を糾弾しなければいけないのか。結局のところ、それがあの人の人間性だったんだ。彼がまだ母の存在をあげてくれれば、俺としては救いがあった」


「お母さんに何か遭ったんですか?」


「母は俺とクレハが幼い頃病気で亡くなった、クレハはそれが原因でいじめに遭った。当時の俺は酷く臆病で、誰かのために率先して動くよりも、自分が大事でしょうがなかった」


 ――だが、妹が自ら命を絶とうとしたことで、目が冴えた。


「竜馬の目から見ても、今の俺はらしくないだろう? 自分でもそう思っている」


 部長は淡々と昨夜の出来事と、今の心境を語ってくれた。


 今回部長が父親である校長先生を糾弾したのは、周囲に担がれただけかもしれない。と、部長は自らの口で言っていた。今の俺は周囲の期待に応えようと躍起になっているだけの凡人だと。


 俺も彼と知り合って日が浅いから、肯定も否定も、できたものじゃなかった。

 強いて言えば弱音を吐く部長は、彼の言う通りらしくないかなって思うぐらいで。


「それでも、時貞さんは目指しているのでしょう?」


 と、部長との話に意識を取られていると背後から高薙さんが現れた。

 高薙さんって気配殺して後ろ取るの上手いよな。


「目指しているとは?」


「貴方が例え凡人だろうと、昨日の件は思い切りすぎなのは明白です……そんな貴方の姿を見て、私は思いました――この方は私の理想と同じで、決して腐ることのない向上心を持っているんだなって。私は貴方が頑張る姿が好きです」


 高薙さんはそう言うと手にしていたペットボトルを地面に散らばせながら部長に抱き付いていた。


「困るなお嬢、ここでは下男の目がある」

「見せ付けてやればいいのです……――」


 お、おお、二人は俺の目の前でキスしよった。


 俺は高薙さんが落としたペットボトルを拾い、邪魔にならないようにレン達の所に戻った。浜辺のレジャーシートにはレンと柊木が争いを辞め、隣り合って海を傍観している。


「二人とも、飲み物はどれがいい? レンは確か炭酸だめなんだっけ?」

「……」


 しかし、よく見ると二人は寝ていた。


 いいね、かたや銀髪エルフ耳の美少女、かたや白髪エルフ耳の美少女。


 普段は罵りあっている二人が、肩を並べて寝ている姿を写真に収めよう――パシャリ。


 § § §


 GWが明けると、学校側は全校生徒をアリーナに集めた。

 アリーナの中央にある檀上に教頭が立って――校長の更迭処置を生徒に通達する。


 たいていの生徒は教頭が何を言っているのか意味すらわかってなかった。


 しかし、一部の生徒は校長の不祥事の噂を知っていたようで、少し騒々しくなる。


 裏口入学による癒着や成績の改竄かいざん、耳に届く限りでもかなり酷い内容だ。


「そこで、私から皆さんにお願いがあります。今回の件は我々、君達に教鞭をとっている教師側の甘さが引き起こした学校の不祥事であります。人間、時には甘い話にすがりたくなる時もあるでしょう」


 なんか、俺も身につまされるな。

 俺、この前も思ったけど、恵まれた家庭環境にいるし。


「今回の不祥事の根幹は、人が持つ臆病な心にあると私は考えております。これは見っともない言い訳になるのですが、我々は日々の労働に疲れ、柊木校長から指示された不正に目を瞑っていました。このことで悔しい思いをした生徒もいます。我々はそんな生徒達の苦しむ姿を見て、初めて自分達が犯した失態を告白できました。将来、皆さんには知って欲しくない罪です」


 GWの間に柊木校長と会ったけど……人は外見では推し量れないな。


「――人は失敗から学びます、ですが、人生に失敗はつきものです。そう遠くないうちに、皆さんも大なり小なりの失敗をするでしょう。その時、皆さんにはその失敗から目を逸らすような臆病者になって欲しくないのです。明竜高校はこれからいささか大変なことになると思います、我々、教師が権力に臆した結果です。今後は二度とこのような過ちが再発しないよう、今この場をお借りしてお詫び申し上げます。この度は誠にすみませんでした」


 それから、明竜高校の不正はニュースとして全国ネットで報じられた。


 生徒の幾人かも裏で取材を受けたりと、相当話題になった。


 今回の件で何が心配だったかって、それは校長の子供だった部長と柊木のことだ。


 部長に『大丈夫ですか?』と個チャを飛ばすと『ダメポ』と返って来る。


『ちょ!? マジで大丈夫ですか? 俺、二人が心配なんですが』


『冗談だ、真にするな。俺は今年度で卒業するし。普段の奇行が冴えわたり、同級生からはすでに隔離されている。そう、俺はボッチだったのだ! だから何も問題はない』


『あんた何言ってんだ? 辛いのなら相談に乗るよ』


『ぬっふっふ、いや、俺は本当に大丈夫だ。心配するな。だが妹はそうもいくまい』


 柊木……もしかしたら明竜高校でもいじめに遭うかもしれない。

 学校が全てじゃないんだし、あいつの胸中には自主退学の選択肢もあるかも知れなかった。


『妹はこう言っていた――僕、竜馬がいればどんな障害だって平気だって』


 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、でもなぁ。


「竜馬? 何してるの」

「いや、柊木のことが心配でさ。今部長とチャットしてるんだけど……って、え?」


 俺、もしかして今その当人と会話してないか。

 恐る恐るアームチェアを回して、声のする方へ振り向くと。

 柊木が我が家に居た、さっきの言葉がよほど琴線に触れたのか柊木は。


「抱いてくれめんす」


 欲情し切った顔だった。


「だが断る!」

「だめ、もう無理、もう待てないヤラせろ!!」


 と、元気よく俺に飛び掛かる。

 その様子を見て俺はとりあえず、こいつ生きるわって思った。

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