第26話 おらさ、苦い思い出とか、わがんね

 GWキャンプ初日、メンバーは早くも二名の負傷者を出してしまった。


 柊木クレハ、並びに俺こと将門竜馬の体力は底を尽かせている。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、兄さん、兄さん」


 柊木は兄である部長に身体を預け、天を仰いでいる。


「クレハ、クレハ! クレハ――!」

「僕、まだ死にたくない、死にたくないよ」


 演技だとは思うが、過呼吸か? 過呼吸の演技なのか?


「クレハ、酸素ボンベだ」

「スゥウウウウウ……竜馬の匂いがする」


 誰が存在空気だ。


 満身創痍の状態でボケかますなよ、突っ込む気力がないよもう。

 柊木が苦しんでいる中、もう片方で俺も痛みに堪えていた。


「筋肉痛ですか? 将門くんはお若いですね」


 俺は高薙さんという美人ナースの手厚い看護受けている、役得役得。


「高薙さん、俺から個チャ送られてなかったの?」

「その時は生徒会の用事があったので、通知はオフにしていたのですよ」

「そうなんっだ! いてててて」

「足の裏にマメが出来てますね、それも治療しちゃいましょう」


 高薙さんはテキパキと俺にアイシングを施し、足裏に出来たマメを除去していく。

 高薙さんみたいな看護婦が居る病院なら、安心できるだろうなー。


「高薙って医者みてーだな」


 レンが手並み鮮やかな高薙さんの治療姿をそう言うと。


「私の家は病院やっていますから、このぐらい当然です」


 彼女の親は病院関係だったらしい、母さんが高薙さんの家庭事情もそうとうシビアだって言っていた背景をなんとなく察した。


「後は、お二人はお風呂にすみやかに入ってください」


 ――お風呂?


「高薙氏ー、それって混浴かなー?」


 柊木なら絶対そう言うと思った。


「混浴の方が癒し効果は高かったはずです」

「え、マジ……トゥフフフフフ、竜馬くん、混浴ですってー、頑張りましょうねー」


 高薙さんから都市伝説に近い情報を聞き、柊木は鼻の下を大いに伸ばしていた。


「頑張るって何をだよ、とにかく俺から先に入らせて貰えるかな」

「りょーかいでーす、トゥフフフ、竜馬との混浴か、ゲーム内で一回した限りだね」

「柊木、さすがに自重してくれないか。こんなズタボロの状態じゃあもう」

「ああ、竜馬が真っ白な灰に。立て! 立つんだ! 竜馬ー!」


 と言う訳でキャンプの初日、俺と柊木の二名は死にました。


 高薙さんの薦めでお風呂に先に入らせて貰うと、凄いことが起こった。


「えぇい、止めるな、何故僕のダーリンを君は奪おうと言うのか」

「竜馬はおらさと将来を約束してるだ! おめえさは引っ込んでろ!」


 脱衣所の方から二人のエルフ耳美少女が喧嘩する声が聞こえる……もう知らん。

 足の筋肉痛もそうだけど、体力がカラッカラなんだ、抵抗力も残ってないんだ。


 そして背後にあるお風呂の引き戸が開かれる音がすると。


「――うわぁ~、すっご!」


 柊木が目に入った光景に感心していたようだった。


「凄いだろ、俺の父さん一押しの景観なんだって」

「小父さんも意外とセンスいいな、竜馬」


 意外と、は一言余計だぞレン。


 お風呂はコテージから少し離れた別舎にあって、ここからだと山の中腹から少し離れた街のイルミネーションが見える。銀色した街のイルミネーションはまるで晩春のクリスマスのようだった。


 で、俺の入浴中にレンと柊木の二人は乱入した訳だが。


「柊木、お前思いのほか元気そうだな」

「竜馬との混浴イベントだけは外せないからね、今の僕を動かしてのは魂だよ」

「幽体離脱してまで俺にセクハラするな」


 と言うと、レンが俺を呼び始めた。


「竜馬、背中流してやるからこっち来い」

「体は入浴前に洗ったからもういいよ」


 それよりも恐らく裸一貫であろう二人の方に目を向けられないのだが。

 お風呂の時ぐらいリラックスさせてくれよ、はあ。


 心の中で嘆息を吐いていると。


「へへ、竜馬との混浴ごちになります!」


 先ず柊木が俺も浸かっている湯船に足を入れた。

 まぁこういうのって大抵裸の振りして実は水着だという場合が多いし。

 そういった油断があったのか、俺は柊木の方を向いてしまった。


「竜馬のチ〇チ〇、可愛いね」


 しかし柊木は状況に適したかのように裸で、見えてはいけない部分が露出している。


「おらの竜馬に誘惑するなって何回言わせるつもりだ柊木」


 次いでレンも柊木の逆隣から入って来て、やはり露出している。


「僕は構わないよ、このまま三人でしちゃっても」

「よくねぇだ! 乱交なんておらが認めねぇ!」


 ううう、二人とも、頼むから俺の目に入る所で大胆な真似はやめてくれませんか。

 折角のイルミネーションで覚えた感動も、邪欲で汚れてしまう。


 などと、二人が争っていると柊木が戦線を放棄する。

 柊木は俺の左手を取り、自分の肩に掛けるとぴたっとくっついた。


「幸せ」

「柊木ぃいいいいいいいいいいいいい!!」


 その光景に嫉妬したレンは、俺の目を気にしない素振りで柊木に迫るのだが。


「モロに見えてるよレン!」


 と俺から注意されて初めて状況を理解し、とっさに湯船の中に身体を隠した。


「あっはっはっは! 竜馬、レンちゃんのおっぱいはどう思う? ふつくしいよねぇ~」


 三人の中で柊木だけが羞恥心とは無関係だったようだ。

 柊木さん、ぱねぇっす。


 そんな中、レンは俺の右に位置取って、もじもじとした様子でいる。


「竜馬、頼むからその女と離れてくれ」

「動くに動けないんだよ、身体が痛くて」

「柊木! いつまでも竜馬にくっついてるでねぇ!」


 レンに叱られると、柊木は隣で落ち着いた笑顔を浮かべる。


「いいよね、こういうの」

「よくねぇ!」

「僕は竜馬好きだけど、レンちゃんだって好きだよ?」


 それは、柊木の過去を知っていれば理解できることだった。

 いじめの内容は知らないけど、辛かったんだろうな。


 ――せめて、柊木の心の傷が癒えてくれれば俺も落ち着ける。


 それでもレンへのフォローも大事にしたい、だから俺は手を伸ばし、レンの手を握った。


「竜馬……おらは認めねぇからな、愛人なんて」


 とレンが言うと、柊木が対抗するように。


「二人で一緒に竜馬を娶ろうよ、レンちゃん。竜馬は人類の宝なんだって」


 将来のことはわからないけどさ、今の俺はちょっと苦しい。

 レンと素直に恋人になっておけばよかった、といった思いや。

 柊木の傍から離れなければよかった、といった後悔を抱えている。


 二人が今どんな心境なのかは知らないが、俺としてはこれは青春の苦い思い出だった。

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