第10話 おらさ、場の空気とか、わがんね

 あれから、レンと高薙さんは同室で暮らし始めた。


 レンは毎日のように高薙さんと喧嘩しているようだ。

 喧嘩すると決まってレンは二階の爺ちゃんの部屋に逃げる。


 そこには今のレンに唯一自然体で接してやれるレンの母親がいるからだ。


 俺に取っての安らぎが高薙さんだったように。

 レンに取っては母親が何よりも理解者だった。


 一見はアンバランスなように見えて、我が家は高薙さんという規律が参画して、皆各々に浮ついた気分を引き締められたような感じ。規則正しい生活を過ごせるようになっていた。


 話はある日の夕食時の母さんとの一件から始まる。


「志穂ちゃんを家に引き入れて正解だったわね」

「……なんで?」

「志穂ちゃんがいることによって、みんなに気合いが入った感じね」


 気合い……?


「ふぅーん、気合いねぇ」

「なのに竜馬は反比例するようにのほほんとしてるわね、いいの?」

「何が?」


 母さんの言う事はわからんでもない。


 レンが家にやって来た当初は、みんな彼女をアイドルのようにあつかっていた。

 けどそれと引き換えに我が家はレンにどこか引きずられたというか。

 父さんだって普段ならありえないスケジュール管理で、デスマーチになってたし。


 高薙さんが家にやって来てからは、堕落したレンの邪気が霧散している。


「母さん、高校入学にあたって必要なことってあったっけ?」

「そうねぇ、あんたの場合はそのままでよし、男だしどうとでもなるわよ」

「男女差別ぅー」

「けど、レンちゃんや志穂ちゃんはそうもいかないでしょうね」


 ……特にレンは、高校入って人生観変わるかもな。

 なんでもレンは高校からは男子のアバターを辞めるんだそうだ。

 本来の姿、エルフ耳の美少女のアバターで登校するようになっているらしい。


 もっとも、この情報は父さんが口を滑らせて知ってしまった真実で。

 レンは高校入学するまで俺には隠しておこうとしていたようだ。


「竜馬、とりあえず明日はホワイトデーよ?」

「……やっぱり、お返ししないと駄目?」


 と言うと母は声にならない感じで呪詛を口々に呟いていた。

 はいはい、ホワイトデーはちゃんと返しますよ。


 今年は母さんとレンと、義理ではあったが一応高薙さんからもチョコを貰っていた。

 ホワイトデーのために、俺はレンの部屋に向かった。


「レン、いる?」

「竜馬か? 何か用?」

「今日暇してないか? 俺と一緒に買い物にでも行かないか」

「行く、おら金持ってねぇーけど、行くだ」


 えぇ? この間貰ったお小遣いはどうしたんだよ。

 そう思っている間にレンは部屋の扉を開けて顔を出した。


「今着替えるから、竜馬も準備しておけよ」


 レンは相も変わらずTシャツ一枚の格好だった。

 無防備にエロスを放ちやがって、ごちになります(?)。


 レンの手で開けられた扉の先から、ザ・女子、みたいな匂いがする。

 男の部屋ではどう足掻いても醸し出せないようなフェロモンがただよっていた。


「何してるんですか将門くん」

「レンを待ってる、高薙さんも来る?」

「そうじゃなくて、クラホさんは今着替えているのですから、扉は閉めますよ」


 あ、ごめん。

 高薙さんはまるでレンのマネージャーみたいだ。


 レンは着替え終えると、お待たせと言いつつ部屋から出て来る。

 今日はボトムスをスカートは辞めて、実家から来た時のジーンズを着ている。


「じゃあ行くべさ、今回は何を買う予定なんだ?」

「明日、何の日かわかるか?」


 と問うと、レンの背後に佇んでいた高薙さんが答える。


「ホワイトデーですね、明日は」

「なんでおめーさが答えるだ! 竜馬との時間を邪魔しないでくんろ」

「将門くんは私にもお誘いの声を掛けてくれましたので、私も行きますよ」

「ふざけるな! 竜馬のこと好きでもねーくせに!」

「じゃあ貴方は将門くんのことが好きだったんですね」


 高薙さんの反論にレンは口をつぐみ、エルフ耳を真っ赤にしていた。

 やべぇ、羞恥心で赤く染まったエルフ耳だ、どんな味がするのか喰ってみよう。

 ――ぱくり。


 § § §


「悪かったよ」

「知らね」


 あの後、俺達は家の最寄りの自動タクシー乗り場から一路駅を目指した。

 目の前にあった赤く染まったエルフ耳を口で食むと、レンは喘ぎ声を漏らし。

 その光景を嫌悪した高薙さんが俺にスマッシュして。

 敏感なレンはその場に座り込んで、泣きながらこう叫んでいた。


 ――竜馬の馬鹿! 濡れちまったでねぇか!


 その台詞にレンは更なる羞恥心を込み上げさせ、おんおんと泣いて。

 レンをなだめるのに、一時間は費やしてしまったバカス。


 ここはホワイトデーのお返しで名誉を挽回しよう。


 レンの耳を見ると、つけているイヤリングが以前とは違っていた。


「なんだ竜馬、またおらの耳を狙ってるのか?」


 俺の視線に気づいたレンは耳を手で庇う。


「今日はいつもと違うイヤリングしてるなって思っただけ」

「……そこに気づいちまったか」

「気づいちゃいけなかったのか?」


 なに? イヤリングに纏わる密室殺人事件でも起きてた?

 レンの口調は俺に密室殺人事件を匂わせるような言いぶりだ。


「お二人は、高校に入ったら部活とか始める予定はありますか?」


 高薙さんがもう間近に入学を控えた高校について話題を振って来る。

 VR登校が主流の昨今、体育会系の部活に入ると専ら自主練なんだよな。

 夏休みになると合宿があって楽しい、との一部の声も聞くけど。


「高薙さんは部活入るの?」

「私は生徒会に立候補しようと思っていますが、将門くんは?」

「俺は先ず高校にどんな部活があるのか知らないや」

「不勉強ですね」


 彼女が銀縁の眼鏡のブリッジをたくし上げつつ言うと、レンが口を開いた。


「高薙は生徒会に入って、また生徒会長を目指すつもりでいるのか?」

「えぇまぁ」

「生徒会長を目指す奴らって、一体何を考えてるんだ?」

「一概には言えないと思いますけど、私で言えば登山に似てますね」

「登山とな?」


 一瞬、高薙さんが標高五千メートル以上の崖でビバークしている絵が浮かんだ。


「えぇ、常に高い目標を持って学生生活を過ごしていると、気が緩まなくていいのです」


 レンとは真逆の思考だな。


「やっぱり、高薙とおらは相性が悪いな」

「そうでしょうか?」

「おらとお前は水と油の関係だ、間違ぇねぇ」


 レンはことさら突き放すように言うと、高薙さんはそれ以上何も言わなかった。

 ……気まずいな。

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