VR教室の親友男子が、実はエルフ女子だった件

サカイヌツク

第1話 おらさ、田舎出身だから、わがんね

 西暦2103年のある日、学校の授業で日本教育の歴史を学んだ。


 なんでも日本の教育現場が劇的に変化したのは、2020年頃から流行り出した感染症が理由だったらしい。その頃から文部科学省は教育現場にいち早くVR事業の導入を推進し、今のVR登校が擁立されたとかなんとか。


 祖父である将門平介まさかどへいすけは、当時は大変だったと昔を懐かしむ。


 祖父が死んだのは、俺が高校受験に合格した真冬日のことだ。


 祖父の葬式で生まれて初めて喪服を着て、生まれて初めて家族を失った。


 あんな若々しくて、無邪気な笑顔が特徴的だった人がさ、火葬場で白骨になってしまって、その時になってようやく俺は祖父が帰らぬ人になったことを実感した。


 そんな折、小学校の頃から仲良くしていたクラホ・レンから相談があると言われた。


「相談ってなんだレン」


 招待されたプライベート鯖に行くと、レンは部屋の隅で生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えていた。前言すれば、レンには普段から何かに怯えるような小心者のイメージはない。


 小学校時代のこいつはクラスの女子のアバターをクラッキングして、裸にするぐらい陰湿な奴だった。そのことで俺も学級会の槍玉にあがって、しばらくの間クラスの女子からブロックされたこともある。


 だからレンのメンタルは割とタフのはずで、一見は眼鏡掛けた中肉中背のどこにでもいそうな青年だった。


 そんな奴が、プライベートの仮想空間の隅っこで酷く憔悴した感じで震えている。幻想的な宇宙都市をイメージして作られた鯖の一角にあるタワマンの一室で、さながら今のレンの態度はバーチャル法に違反した青年Aのそれだった。


 一瞬にしてただ事じゃないと思い、レンに駆け寄った。


「どうしよう竜馬、お、おら、やっちまったかも知れない」

「どうした、何が遭った?」


 聞くと、三角座りしていたレンは膝の間に顔を埋める。


「……父が、不倫相手を家に連れて来て」

「お前のお父さん、不倫してたのか?」


「らしい。それで今日日その人を家に連れて来て、一方的に母さんに別れ話を持ち掛けた。おら、まさかこんな日が来るとは思ってなくて、ついカッとなって、母さんと一緒に家出して」


 それで、レンは今、母親と一緒に最寄りのネカフェに居るらしいのだ。


 レンと俺には何かしらの縁がある。

 小学校、中学校を同じくし、さらに今回進学する高校までも同じで。

 同級生からはあの二人は男同士だけど付き合ってる、などと陰口されていたぐらいだ。


 高校進学を控えてるって時に、なんてことだ。

 これは早くもレンの身に降りかかった神からの罰だったりするのだろうか?


「……なら、俺の家に来るか?」

「え?」

「お前には言ったと思うけど、爺ちゃんがこの間亡くなってさ、部屋余ってるんだ」

「……いいのか?」

「待って、今親に確認して来る。けどたぶん、問題ないだろ」


 家の両親は大らかな人だし。


 家の両親は一緒にITベンチャーを経営している。息子である俺もたびたび手伝わされて、将来は両親の会社を継ぎそうだ。だからこそ言えることもある、レンぐらい優秀なプログラミング能力があれば、住み込みのバイトとして融通利かせてくれるのではないかと。


 大事なことなので二度言えば、家の両親は大らかだし。


 ログアウトして両親に事情を説明すると、即答で承諾してもらえた。

 速攻でレンが待っている鯖に戻り。


「やっぱりOKだった」

「えっ、本当に?」

「俺の住所、知ってると思うけど念の為もう一度教えておくな。両親の会社の所在地がそのまんま実家の住所だから。アクセスも会社のホームページに載ってるよ」


 レンに個チャを送ると、奴は状況を呑み込めないと言った感じだった。


「あいがと竜馬、おら、この戦争が終わったらお前と結婚するだ」


 気が動転して嫌な死亡フラグ立ててきやがった。


 § § §


 して、俺は現在、友人と初対面しようと最寄り駅の改札口に突っ立っている。

 まぁバーチャル空間で毎日のように会っていたけど、現実で会うのは初めてだ。


 少し緊張する、手の平にほんのり汗を掻いているし、心臓も高鳴っている。


 ああでも、嬉しい反面、ちょっとした恐怖もある。


 だって……親しい間柄とはいえ、家族以外の人間と住むんだろ?

 それって、今までのように気軽に過ごせなくなるってことじゃないか?


 まぁいい、レンだって考えがない訳じゃないだろうし。

 いつまでも家の居候に甘んじるような堕落野郎でもないだろうさ。


『竜馬、着いた』


 レンから個チャが届き、改札口を出て来るであろう友人とその母親を目で探す。

 ……居ないな。


『どこにいるの?』


 と返信すると。


『オラ、お前の後ろにいるよ』

「え?」


 そのメッセージを見て咄嗟に振り返ると……なんだ。


『馬鹿、こんな時ぐらい冗談止めろよ。後ろ向いたら他の人と目が合っちゃったじゃないか』


『大草原www』


『草生やすな、で、本当はどこにいるんだよ?』


 再びレンに居場所を問い質すと、後ろから誰かが肩を叩いていたので振り返る。

 背後には、先ほどレンがカマ掛けたせいで目が合った美少女が居る。


 その人の背の丈は俺よりやや低めで、薄い灰色のキャップ帽を深くかぶってはいるものの、なんというかオーラがもう美少女。華奢な体躯ながらも出る所は出ている美少女が、今は俺のほっぺに人差し指を突き当てていて。


「おらだよ竜馬、クラホ・レンだ」


 え? な? は……?


 美少女は小さな薄桃色の唇でそう言い、かぶっていたキャップ帽を脱いで顔貌を露わにした。綺麗な銀髪のウルフカットの短毛と、瞳の色はブルー。両耳には赤いイヤリングをつけていて、耳の先が……尖ってる?


「……え?」

「ごめん竜馬、おら、今までお前に一つ嘘を吐いていた。実はおらの性別は女なんだ」

「いや、それは、いい、として」

「ん? じゃあ何に絶句してるんだ?」

「いや、お前……」


 百歩譲って、レンの性別が女だったと仮定しよう。それは昨今のVR時代にはよくあるネットニュースで、大抵は男が女だと騙る。しかし逆の例も、少なからず目耳にして来たので、そこはまぁ、嬉しい誤算というか……けどさぁ?


「お、お前の耳が、エルフ耳なのはなんで?」


 と聞くと、レンははにかんだ様子で、分かり切ったことを言う。


「おらさ、田舎から出て来たから、エルフ耳とかわがんね」

「はい、嘘ぉぉ!」

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