仕事終わりの一杯はここで

メグリくくる

第1話

「あー、今日も疲れたなぁ」

「誰かポーション持ってないか? 切らしちまってよ」

「おい、その分け方はおかしいんじゃねぇか? どう考えてもオレの方が活躍してるんだから、取り分はロクヨンだろうが!」

 立て付けの悪い扉を開けて冒険者ギルドに入ると、毎度お馴染みの喧騒が聞こえてくる。だから俺も、いつもと同じ様に眉を顰めた。

「どうしたんだ? カゲヤス」

「……何でもない」

 そう言って俺は、後ろに続くパーティーのメンバーと共に受付へ向かう。今日討伐したモンスターを、換金するためだ。

「ただ今計算してまいりますので、少々お待ち下さい」

 受付嬢にそう言われ、俺は談笑を始めるメンバーたちから離れて壁際に寄り掛かる。騒がしいのも誰かとつるむのも、得意ではないのだ。

 ……換金が終わるまでの間に、自己紹介をしておこう。

 俺の名前は、カゲヤス。

 漢字という文字で書くと、景保となる。

 俺の父親が転生者で、ニホンという場所からやってきたらしい。母親はこの世界の住人で、俺のフルネームもそれに倣っているのだが、あまりにも長すぎるので普段は『ただのカゲヤス』と名乗っており、即席パーティーでもカゲヤスと呼ばれている。

 そう、即席パーティーだ。俺は冒険者を生業にしているが、性格上一箇所に逗まるのは性に合わず、このグレベリングという大陸を転々としている。そして行く先々で即席のパーティーを組み、各地に存在するダンジョンに挑んだり、森林に住み着いたモンスターの討伐を行い、日銭を稼いでいるのだ。

 ……っと、そうこうしているうちに、どうやら換金が終わったみたいだ。

 受け付けに行き、俺の分け前を頂戴する。手渡された革袋の重みに、俺は少し満足げに頷き、中身を確認。今日の俺の働きに見合う額は入っていた。これで、明日ダンジョンに潜る装備や宿代の心配はなくなったようだ。

 ……もちろん、今夜一杯引っ掛ける分の金も、な。

「どうだ、カゲヤス。たまにはお前も一杯付き合っていけよ」

「……いや、俺はいい」

「……相変わらず、付き合いの悪いやつだな」

「いいじゃない。元々ダンジョンに潜るサポートとしての契約なんだから」

「そうだよ、キクロン。カゲヤスがいるから、駆け出し冒険者の僕らが十五階まで潜れるんだし、今日コカトリスを倒せたのも、カゲヤスのおかげだろ? 僕らの都合でこれ以上カゲヤスを縛れないよ」

「……では明日、また今日と同じ時間にダンジョン入口集合で」

 そう言うと俺は、何か言おうとしたキクロンに背を向けて、冒険者ギルドから立ち去っていく。外はもう、すっかり日が暮れていた。

 即席とはいえ、明日は背中を預ける仲間だ。親睦を深めたほうがいいのは、理解できる。ダンジョンに潜っている間は俺だって、社交辞令ぐらい言ったりはする。

 ……だがあいつらの行く酒場は、俺には少し、騒がし過ぎる。

 命の遣り取りをした後、肴をつまみ、酒を飲み、しめを食らうなら静かに楽しみたい。

 そう思うと、どうしても俺の足はこの街、トランスミアの大通りを足早に通り過ぎることになる。鮮やかなレンガ造りの街並みに街灯が付き、俺と同じくダンジョン帰りの冒険者たちの、酔っ払った喧騒が聞こえてくる。ああやって騒ぎながら飲む楽しみを否定する気はないいが、さっきも言った通り、それは俺の趣味に合わない。

 大通りを抜け、裏路地に入る。通りを二、三本流すと、大通りの声も流石に小さくなった。

 そんな時だ。その店が現れたのは。

 屋根にかけられた看板らしきものを見落としていたら、完全に素通りしていただろう。その看板もだいぶガタがきており、店の名前なのか、クアック、という文字を辛うじて読み取ることができた。だがその店の僅かに空いた窓からは、温かい明かりが零れ落ち、何とも言えない食欲を誘う香りが漂ってくる。

 焼き物と、炊き出しの匂いだ。

 俺は自らの鼻腔に届いた芳しい香りに導かれたかのように、クアックの扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 店員に声をかけられながら、俺は店内を見渡す。厨房沿いにカウンターが六席、後は四人がけのテーブルが二つという、こじんまりした店だ。店主と思われる男性が一人に、給仕の女性店員が一人だけ。先客はカウンターに一席空けて二名と、一テーブルに三名。多少の会話はあるが、騒がしい程ではない。ここなら、喧嘩を吹っかけられることもなく、静かに飲めるだろう。

 ……うん、悪くない店だ。

「こちらへどうぞ」

 カウンターに促され、一番角の席に座る。カウンターに座っていた先客からは、二つ離れた席だ。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

 そう言って立ち去る店員を横目に、俺の手は既にカウンターに置かれているメニュー表に手が伸びている。オーソドックスに、焼鳥や豚の串焼きがその一覧に並んでいる。ボリュームを重視しているのか、巨鳥のタレ焼きや豚の巨大角煮焼きなんてものもあった。他にはスタミナトンテキや、鳥と野菜の甘辛煮、川魚の味噌ダレ蒸しなんてのもある。どれも美味そうだ。だが――

 ……濃いめのタレ系は昨日、焼き系は明後日、肴にしたんだよなぁ。

 とはいえ、完全にメニューが被っているわけではない。今日倒したモンスターのことを思い出しつつ、注文をしようとした所で、俺は初めて壁に新しく貼り付けられたであろう紙の存在に気づく。その張り紙には、こんな文字が書かれていた。

 

【数量限定。自家製燻製はじめました】

 

 その下に続く燻製メニューを確認し、決意を固めた。そして俺は、店員を呼んでオーダーを告げる。もちろん、酒もセットだ。

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 店員が店主に料理のオーダーを告げる。そして直ぐに、ビールを運んできた。魔法で冷やした巨大なジョッキは、キンキンになっている。

「おまたせしました。お仕事お疲れ様です」

 俺は小さく会釈し、ジョッキを受け取る。ジョッキを傾けると、ビールの炭酸と旨味が舌と鼻腔を駆け巡った。まるで冷えたアルコールが、疲れた体の隅々までその刺激が行き渡るようだ。

 ……美味いっ!

 仕事終わりの一杯は、どうしてこんなにも美味いのだろうか? 酒を飲むと、もう今日は仕事をしなくていいと、俺の体が覚えてしまっているからだろうか?

 ……いや、今日のビールは、特に美味い。

 それはきっと、先程店員にかけられた一言も関係するだろう。ダラダラと長話に繋げなかったのも、俺好みの接客でいい。

 メニュー表に再度手を伸ばし、肴が来るまで一覧に乗っている料理を眺めつつ、それがどんな料理なのか想像しながら、ジョッキを傾ける。トランスミアに逗留している間、この店はもう一度来てもいいかもしれない。

 そう思いながらビールを半分ほど飲み干した所で、店員が頼んでいた肴を運んできた。

 

「おまたせしました。巨鳥の砂肝の燻製です」

 

 ……きたきたきたきたっ!

 目の前に置かれた皿を前に、俺のテンションは急上昇する。だがしかし、それはいかんせん、どうしようもし難いものだった。

 だって見てみろ、この厚みを! 巨鳥の砂肝と言うだけあって、通常の鶏の砂肝とは、サイズが全く違う。通常の砂肝のサイズの、砂肝の切り身が出てきたんだぞっ!

 表面は燻製されており、香ばしさが漂ってくる茶色になっている。だが肉の中央はまだ赤味が残っており、薄っすらピンク色になっているのだ。色合いの違う暖色系のグラディエーションが、たまらない。今日コカトリスを仕留めたので、肴は鳥系にしようと思っていたのだ。

 店員にビールのおかわりを頼みつつ、俺はフォークを手にする。この店は珍しく箸も置いてあるが、ここは豪快にフォークでガッツリと行きたい。ちなみに俺は、父親から箸の使い方については習得済みである。

 生唾を一度ビールと一緒に飲み込み、俺は意気揚々と目の前の砂肝にフォークを突き刺した。砂肝特有の、身の締まった感触がして、刃が一瞬その進行を阻まれる。だが、それも一瞬だ。その身はやがて抵抗を諦めたかのように、フォークの刃を受け入れる。

 ……さて、香りはどうかな?

 フォークに刺さった砂肝を鼻に近づけると、燻製の香ばしさと、仄かな甘味が鼻腔を駆け巡る。燻製に使う木材も、この店でアレンジしているのだろう。匂いだけで、また口の中に涎が溢れ出した。俺の中で、期待値が否応なしに高まる。

 皿には味変のために醤油ベースと思われるタレが入っている小皿と、塩に胡麻油が振りかけられている小皿の二皿乗っている。が、やはり最初の一口は、何も漬けないのが正解だろう。

 ……では、まず一切れ。頂きます。

 砂肝を、口の中に放り込む。瞬間、先程の香りが口腔から鼻腔へと駆け抜けた。

 ……う、美味すぎるっ!

 噛めば噛む程、砂肝本来の旨味と香ばしさが口一杯に広がる。肉の臭みなどは一切感じず、コリコリとした食感がたまらない。文字通り噛めば噛むだけ、美味い! という単語が舌から脳へ発せられているようだ。

 その旨味を逃さんばかりに、俺はジョッキを傾ける。砂肝の燻製の旨味とビールの旨味が、口の中で融合。その旨さの濁流に、俺の脳裏には『幸せ』の二文字以外、思い描くことなどできようもなかった。

 ……こ、これだけでも美味いのに、後味変を二回残している、だと?

 モンスターを屠ることを生業とする、俺の手が震えていた。だが、俺も冒険者の端くれ。ここで砂肝の燻製に、背を向けれるはずがないし、その味を堪能しないという選択肢は、俺には存在し得なかった。

 震えるフォークで切り身を突き刺し、小皿の前に砂肝を掲げる。

 ……どっちだ? 最初は、どっちに行くべきだ?

 逡巡は一瞬。されど行動は俊敏に。モンスターを狩るように、俺は素早く砂肝を塩と胡麻油が入っている小皿に浸す。

 ……濃いタレは主役として後回しにして、最初はあっさりとしたこいつからだ!

 意を決したようにそれを口にした俺は、自分の浅はかさを知る。

 ……塩と胡麻油。このコンビネーションは、十分主役を張れる!

 燻製された砂肝の風味に、胡麻油の芳しい香りが上乗せされた。更に塩が肉の旨味を引き出して、何だこれ? もう、何なんだこれはっ!

 自分の言語力のなさを恥じ入るように、俺はビールを豪快に煽る。ジョッキを音を立ててカウンターに置くが、俺の目は黒い液体が入った小皿に釘付けとなっていた。

 ……残りのこいつは、一体、こいつはどんな味変を見せてくれるというのだろう?

 荒い息を落ち着けるように、深呼吸。その後、砂肝を黒いタレに漬けて、口の中に放り込んだ。

 ……美味い。

 確かに、美味い。

 だが、今まで以上の衝撃は襲って来るわけではなかった。想像していた通り、醤油ベースのタレで――

 ……っ!

 不意に襲ってきた衝撃に、俺の体は一瞬硬直。これは、ただの醤油ではない。中に、タレの中に、何かいる!

 完全に油断していた俺はその衝撃の正体を探るため、フォークで醤油タレをかき混ぜる。すると、やはり出てきた。

 ……皿の底に潜んでいたのは、わさびだった!

 その事実を、自分が完全に気を緩めていた失態を、俺は肉を噛み締めながら受け入れる。ここまで手を尽くした燻製が出てくるのだ。そのタレに一工夫、されていないわけがなかったのだ。

 わさび醤油は、砂肝の旨味と甘味を、十分に引き出している。そして口一杯に広がるそれらにわさびが辛さのアクセントを加え、旨さそのものがわさびの爽快感と合わさって鼻腔を駆け抜けていく。その爽快感にビールの炭酸も加えようと、俺はジョッキを傾けた。

 ……素晴らしい。実に素晴らしいっ!

「ビールのおかわり、おまたせしました」

 あっという間に残りのビールを飲み干したタイミングで、店員が二杯目を持ってきてくれる。空のジョッキとなみなみビールが入ったジョッキを交換し、俺は引き続き砂肝の燻製に舌鼓を打つ。試しにわさび醤油、塩胡麻油、何も漬けないというパターンも試したが、こちらもやはり美味かった。

 ……だが、そろそろしめも考えないとな。

 明日も、またダンジョンに潜らねばならない。明日も仕事終わりの一杯を楽しむために、二日酔いで死ぬことなど出来るわけがなかった。そしてそのためには、今日いい形でしめておきたい。

 ぼんやりとメニューを横目に砂肝をつまみつつ、ジョッキの中身が半分ほどになった所で、ある閃きが俺の脳内を過る。

 ……この店のコンセプト、そして用意された食器から類推すると、ひょっとして、あれが出来るんじゃないのか?

 俺の冒険者としての勘に導かれるように、店員を呼ぶ。自分の閃きの答え合わせをするように、俺はあることを店員に訪ねた。すると――

 

「はい、少しお時間いただきますが、出来ますよ」

 

 そう言われた俺は、内心ダンジョンで狙っていた獲物を倒した時以上のガッツポーズをした。

 喜びに打ち震えながら、俺は追加で二品、そして三杯目のビールを追加でオーダーする。

 ……これからやってくる料理のことを考えるだけで、涎が止まらない。

 俺は最高のしめを迎えるため、砂肝の燻製を二切れ残す。そしてそれらを、ナイフとフォークで細切れにした。その作業が終わる頃、三杯目のビールと追加で頼んだ一品目の料理が運ばれてくる。慌てて残りのビールを飲み干す俺に向かって、店員はこう言った。

 

「おまたせしました。こちら、卵の燻製になります」

 

 ……いいじゃない。いいじゃないか!

 皿の上に、二つに割れた卵の燻製が鎮座している。白身の表面はきれいな焦げ茶色になっており、黄身はその身が白身から零れ落ちそうで丁度落ちない粘度を保っている。燻製にする前に、丁度いい具合で卵を茹で、半熟卵にしているのだろう。

 口の中に染み出した涎を流し込む様に三杯目に口をつけ、今度は箸を卵に伸ばす。

 先程の砂肝とは打って変わり、卵の方はほぼ抵抗なく箸が入っていく。白身が破け、半熟の黄身が溢れて箸に絡みついてきた。

 ……頂きます!

 卵の燻製を口に入れた瞬間、舌に黄身が絡みついてくる。程よい粘度の中に、燻製の香りが漂う。一方白身の方は、黄身に比べて少し味がしっかりと付いている。しっかりしているといっても、いたずらに自己主張するわけではない。黄身の旨味を、ちょうどよく引き出す味付けが、白身にはされているのだ。恐らく、ゆで卵にした後、卵を出汁に漬けていたのだろう。丁度いい、という単語が、これほど似合う燻製卵が存在したとは、驚きだ。箸とジョッキを傾けるスピードが、全く落ちない。

 ……おっと、危ない。あまりの旨さに、卵を全て食べ終えてしまうところだった。

 卵の旨さに自制心を忘れ、一個まるまる食べてしまうところだった。危ない危ない。危うく、大事なしめが台無しになってしまう所だった。

 残り半分になった燻製卵を横目に、ちびちびとビールを飲んで、ジョッキの中身が残り三分の一になったタイミングで、店員が頼んでいた残りの二品目を運んできた。

 店員が運んできたそれからは、その熱量を示すかのような湯気が立ち上っている。湯気に乗って、それのいい香りが俺の鼻まで届いた。ビールを飲み、砂肝と卵を食べても、その匂いだけで腹の虫が鳴く。そんな、俺が頼んだ最後のオーダーは――

 

「おまたせしました。ライスになります」

 

 ……これだよ! これだよこれっ!

 そう、米! 白米! 一粒一粒が白銀のごとく煌めくこれこそ、炊きたてのこれこそ、俺の求めていたものなんだよっ!

 この店が箸を置いてくれていたこと、そして料理の拘りから、俺が実現したいことを伝えれば、炊きたてで米を用意してくれると考えていたのだが、その通りの結果となった。

 店員からは、米を炊き上げるのに時間はかかると言われていた。だが、多少待つぐらい、全く問題ない。待つことで、今日のしめを最高の形で迎えられうのであれば、俺は喜んで待とう。

 茶碗によそわれた米を見て、内心ニヤつきながら、俺はその中央部へと箸を伸ばし、一口。

 ……美味い。間違いなく、美味い。

 米特有の甘みが、口一杯に広がる。父親の故郷であるニホンでは主食だったというが、それも頷けるというものだろう。その柔らかな粒たちを噛みしめる度に、口の中に味が広がる。

 ……だが、俺のしめの本番は、ここからだ。

 俺が米を食べたことで、茶碗の中央部に小さな窪みが出来ている。

 その窪みに。

 俺は残りの燻製卵を投入した。

 ……そう、卵かけご飯だ。それも、燻製の卵かけご飯(TKG)!

 顔を上げると、店主と目が合う。彼は広角を釣り上げると、こちらに向かってサムズアップをした。俺も思わず笑い、親指を立てて返す。TKGの旨さは、TKGを食ったことのあるやつにしかわからない。

 俺は箸を使い、熱々の白米と燻製卵を雑にかき混ぜる。米の白に、焦げ茶の白身と黄身が混じり合い、どう考えても美味いトリコロールが完成した。

 ……頂きます!

 口に含んだ瞬間、白米の熱に燻製卵の旨味が溶けて、鼻腔と舌を踊るように駆けていく。はふはふ言いながら口の中に掻き込むが、雑に混ぜたおかげで、どこを食べても微妙に味が違うのが面白い。燻製の香ばしさ。卵の旨味に米の甘みが、絶妙に絡み合っている。

 ……だが、俺のTKGは、まだまだ味変を残している!

 そう思いながら、俺は砂肝の燻製についてきたタレに、手を伸ばした。今回は、まずはわさび醤油からいってみよう。箸を伝わす様に、タレを僅かにTKGにかける。

 ……わかっていたが、やっぱり美味い。

 卵に醤油が合わないわけがない。更にわさびがアクセントとなって、よりTKGの旨味を引き出している。

 ……次は、塩胡麻油を試してみるか。

 今度は塩も適度に含まれるよう、小皿を箸で混ぜてすくうようにTKGへ塩胡麻油を投入する。

 ……うん、いい。これも、とてもいい。

 わさび醤油の後にした、というのが、逆に良かったかもしれない。塩のあっさりとした味わいと、胡麻油の香ばしさが、TKGの旨味を優しく包んでくれているようだ。

 ……そしてここで、満を持して、残しておいた巨鳥の砂肝の燻製を乗せる!

 ただでさえ美味い燻製卵の卵かけご飯に、細切れにした砂肝が散りばめられる。タレは左側にわさび醤油、右側に塩胡麻油を垂らしておく。茶碗の上がかなり茶色で締められたが、これでいい。冒険者のしめの飯は、これぐらいが丁度いいのだ。

 かくして俺の眼前に、砂肝のTKGが、いや、これはもうTKGを超えた、卵かけご飯丼(TKGD)と言ってもいいだろう。『砂肝の燻製のTKGD』が完成したのだ。

 ……故に後は、合掌して食すのみ。

 茶碗を片手に、俺は一気にTKGDを掻き込んだ。

 ……美味い。

 美味すぎる。

 元々美味かったTKGに、更に砂肝の歯ごたえと旨味が混ざり合い、舌の上で極上のハーモニーを奏でている。肉の旨味に卵の旨味、それらが二種類のタレと絡み合い、俺の食欲を二倍にも三倍にも引き上げる。

 どこを食べても、美味い。タレや食材が各々の良さを持っていることから、食べる箇所によってその割合が変化する分、このTKGDはどこを食べても、全く違う味が楽しめる。どこを食べても、全く違う旨さが味わえるのだ。

 ……食べる手が、止まらないっ!

 考えてみれば、砂肝も鳥の部位。変則的な燻製の親子丼を、俺は食べていることになるのだろうか? そんな事を思っている間に、もう食べ終えてしまった。

 ……ごちそうさまでした

 手を合わせた後、俺は残りのビールを飲み干した。そして店員に声をかけ、お会計を済ませる。

 立つ鳥、跡を濁さず。飲み食いが終わった後、俺はダラダラと長居はしない。することを済ませたら、後は颯爽と去るのみだ。

 ……その当たりは、やることが終わったら次の街へと移る、俺の冒険者としての生き方と同じなのかもな。

「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」

 店員の見送る声を背に、俺は店を後にする。扉を開けて外に出ると、夜風が俺の頬を撫でた。少し冷たい風も、酒で火照った体には心地いい。

 その火照りが冷めないうちに、俺は意気揚々と宿屋に向かって歩き出す。

 明日もきっと、ダンジョンでの死闘が待っているのだろう。

 そして明日もきっと、俺は夜の街へと繰り出すのだ。

 仕事終わりの、一杯を求めて。

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