この報道はフィクションです。

山口 実徳

ニュース・ブランチ

 趣味でネット小説を投稿していた私に、こんな仕事が舞い込むなんて、思いもよらないことだった。

 今、私がいるのは地元の小さなラジオ局。

 ディレクターが両手を合わせて、私などにペコペコと頭を下げているのは、悪い夢でも見ているような気分でしかない。

 悪い、と思ったのは、こういう理由だ。


「新しい株主に都合のいいニュース原稿を書けばいいんですね?」

「申し訳ないですね、先生。株主の会社には逆風が吹いておりまして、何とかしたいそうです」


 馴染みも信用もある相手の依頼に狂喜乱舞し、原稿執筆依頼をラジオドラマの台本と勘違いし、ホイホイと足を向けてしまった。

 先生と言われるのも、むず痒くて仕方がない。蕁麻疹じんましんを発症したような気持ち悪さだ。


「ちなみに株主って、どこですか?」

「重惨連金属です」


 何ということだ、世間を賑わすブラック企業の代名詞じゃないか。そんなところを擁護する原稿など、書けるものか。

 私がギョッと目を丸くして、仰け反り絶句していると、ディレクターが涙を浮かばせてハシッとすがり付いてきた。


「先生だけが頼りなんです! 筆の速さでは定評があります! 誤字脱字もない! 文章に破綻がない! お願いします、地元ラジオ局を助けると思って、やってください!!」


 心の底からやりたくないし、為にならないかも知れない。

 断りたいが、断ってしまえば何を言われるか、何をされるかわからない。最低でも殴られる。


「わかりましたよ、やりますよ、乗りかかった船ですから……」


 眉をひそめながら了承した私に、ディレクターの態度は一変「そうこなくっちゃ!」と上機嫌に飛び跳ねた。


「無事に終わったら、私の小説をラジオドラマにしてくださいね」

「お安い御用ですとも! 先生は、当局の救世主なんですから!」

 この交換条件ならと納得することにした。即興で短編小説を書くと思えばいいのだから。


「それでは、もうじきオンエアなので原稿を書き換えてくださいね」

「もうじき!? 何を言っているんですか!?」

 耳を疑い時計を見て、目を疑った。

 本当だ、あと10分でオンエアだ……。


 もう、やるしかない。背水の陣というやつだ。ディレクターが言っていたとおり、筆の速さには自信がある。

 ブラック企業に都合のいいよう、改稿するだけじゃないか。

 クソッ! 本当にやりたくない!


 3……2……1……


「お寝坊さんは、おはようございます。早起きの方は、こんにちは。ニュース・ブランチのお時間です」


 はじまってしまった。

 1本目の原稿は、何とか間に合った。

 パソコンに打った原稿が、アナウンサーの手元にあるタブレットに表示されている。

 こういうところだけ用意がいいのに、呆れて物が言えない。


 と、そんな暇はない。次の原稿に取り掛かろうと構えると、ディレクターが「先生、ちょっと」と小声で話し掛けてきた。


「年次有給休暇取得率の上昇を受けて、生産効率低下が懸念されています。これを受けて、不況を脱出するには時間外労働と、休日出勤日数増加によるが求められると、から示されました」


 労働者諸君、すまん。

 だが、余裕のないところに、追い打ちをかける事態が起きてしまった。


「外資が株を買っている!?」

「テド・リジュー・ヨンマン証券というノートン合衆国の企業です。もの凄い国粋主義でして」

「……ノートンの肩を持て、と言うんですね?」

 私は、日本を捨てることになってしまった。

 まぁ、原稿の上での話だが……。


 しかし、幸いにも同盟国だ。政府が媚を売ったニュースに、きらびやかな尾ひれ背びれをつければいい。

 アナウンサーが重惨連金属を礼賛するニュースを読み終えると同時に、ノートンを礼賛する原稿が書き上がった。


「世界各地で発生している反政府運動を受けて、敷島総理はサミットの場で、防衛に関わる装備品についてノートン国製品は世界一の防衛力だと、クームス大統領に伝えました」


 国の防衛を考える、大事なニュースだ。

 ただしサミットは終わっている。元のニュースは敷島総理帰国であった。

 細かい話ではあるが、ご機嫌取りにはちょうどいい。

 が、またディレクターが「先生! 先生!」と引きつった顔をして声を掛けてきた。


「別の外資が出てきた!?」

「ソーギ連邦のサン・レツキンシという国営企業です。敵対するノートンとソーギが、我社の株を巡って競い合っています」


 こんな小さなラジオ局に、何の魅力があるのか知らないが、熾烈な買収合戦が水面下で繰り広げられているらしい。

「それで、サン・レツキンシ社が圧力を……」

「圧力? 何のことかな?」

 いつの間にかディレクターの背後に、黒尽くめの男が立っていた。テレビでしか聞いたことがない金属音が鳴ると、ディレクターは戦慄して両手を上げた。

 縮み上がった心臓を吐き出してしまいそうだ。

 

「センセイ、いいニュースを期待していますよ」

 私は必死にキーボードを叩いた。誤字脱字など構っていられない、アナウンサーが訂正して読むだろう。


「東方列島を巡る領土問題について、敷島総理はサミットの場で、事実上統治しているのはソーギ連邦だと述べました。また愛猫あいびょう家として知られるソーギ連邦ニャンコロノフ大統領兼首相に、日本政府は三毛猫を贈りました」


 これは凄い。まるで領土と猫を交換したみたいな話になっている。


 何とか切り抜けることが出来た。残るニュースは、あとひとつだ。


 そのとき突然、扉が蹴破られた。

「強硬派だ! この国はソーギのものでも、ノートンのものでも、もちろん日本のものでもない! 我々、強硬派が支配する!!」

 黒尽くめの男は抵抗する隙もなく、無数のゲバ棒でタコ殴りにされて伸びてしまった。

「先生、これを原稿にしてください!」

 震える手で受け取ったのは、声明文なんかではなく、やっぱりニュースだった。


「過酷な労働を強いられたことを理由に、重惨連金属を退職する従業員が跡を絶ちません。工場の操業停止も危ぶまれておりますが、会社側は要員や設備をフル稼働させることで、需要に対応するとしています。政府は、これを推進させる動きを見せ──」


 今度は迷彩服の男たちがなだれ込み、強硬派が拘束されて、外へと引きずり出されていった。

「我々は元帥派である! 我らの日本をあるべき姿に取り戻す!!」

 度重なる珍事のせいで、私は延髄反射的に原稿を打ち込んだ。


「天気予報です。国防上の都合上、発表することが出来ません。これでニュース・ブランチを終わります」

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この報道はフィクションです。 山口 実徳 @minoriymgc

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