第3話 魔界さんの第一印象
さて、こうして僕達は故郷の土地を見限って家出した訳だが。
当然、そこは安全の保証されない自由な場所である。
だとしても恐れる事はない。
神は人の手に委ねるものとして地上を造られた。今は魔界とされるこの新天地も、元を正せば神の造った土地なのだ。
だから、人が探求し理解するべきであり、それが出来るように造られている。
つまり抱くべきは恐れでなく、好奇心なのである。
転移魔法による光が収まれば、そこはもう魔界。
まず目に飛び込んできたのは一面の荒野だった。硬く、乾燥し、ヒビ割れ、色はない。植物も一切見えない、死の大地。遠くには森らしき影が見えなくもないが、ひとまず付近一帯は魔界と呼ばれるに相応しい風景だった。
だが、問題はそれよりも。
「ペルクス」
「ああ、分かっている」
カモミールの固い声に答え、背後の気配に対応する。
二人で振り返れば、その先には山肌がそびえていた。人の地と魔界を隔てるベバリート山脈。こちらもまた植物の生えていない禿山である。だが、決して死の大地ではない。
岩肌に紛れて、生き物がいた。
岩と同様の色と質感の、人と同等程度に大きなトカゲ。その群れがこちらを見据えている。
警戒。緊張し、身構える。
「さて、凶暴な獣か? 魔界らしく荒い歓迎だな」
「このまま逃げてほしい」
「やはり優しいな、カモミール。しかしこの厳しい環境だ。肉や皮は確保しておきたい」
「うん、そうだね……」
小さい声に曇った顔のカモミール。否定はしないが、気は進まないようだ。力があっても、暴力頼りではない。
数年の教育の
ただ、やはり安全第一。でなければ友に顔向け出来ない。観察しつつ、魔術の準備を始める。
と、そうこうしている内に、トカゲ達はじりじりと迫ってきている。牙を剥き、敵意を向けながら。
「くるぞ!」
「うん……っ!」
気は進まないながらも、前に出るカモミール。怯えず凛と立ち、意思は強い。
見た目は既に立派な戦士だ。
まずは手枷のはまった両手に力を込める。
「えいっ」
金属だろうとなんのその。父親譲りの力で強引に手枷を破壊。自由になった身で更に前へ。
そして鳴き声をあげて襲いくるトカゲに立ち向かう。
足元からの攻撃をぴょんと避け、跳びかかってきた相手も横にかわす。その頭を抱えて振り回し、遠くへ投げた。
耳がピクリと動けば、死角からきたトカゲに後ろ蹴り。優れた感覚は危険を見逃さない。確実に避け、的確に打ち払う。
軽やかに鮮やかに。妖精らしく華麗に。獣人らしく俊敏に。群れたトカゲを相手にして、カモミールは舞う。
見た目だけでなく戦況も優秀。拍手喝采の立ち回り。両親にも見せてやりたい活躍をしている。
とはいえ僕とて荒事を幼子だけに任せるつもりはない。魔界の空気に馴染み魔力の準備も整った。
「“
しゃがんで地面に手を付き、複雑な魔法陣を多重に展開。この場を即席の作業場へと変える。
工房魔術。
例えば石を、切る、砕く、変形させる、とそれぞれの作業をする度にいちいち異なる魔法陣を展開するのは面倒。なので一度魔法陣を展開すれば、一括で関連作業が出来るようにと開発した魔術だ。
“石工”とは名付けたが石に限らず鉱物等を加工する環境が整った。
まずは地面に魔力を流し、人の形に線を走らせる。そうした指定した範囲を切断。
あとは大地を使い魔へと作り変える為に、新たな工房を据える。
「“
複雑な多重の魔法陣を展開。石切り場から、ゴーレムの工房へ。
そして起動。人型にくり抜かれた地面が起き上がり、堂々と立つ。
岩のゴーレム。
僕より頭一つ大きく、四角い煉瓦を積んだような単純な造形。本当なら造形も機能も凝りたい所だが、時間が惜しいので仕方ない。
僕自身は直接戦闘は苦手分野なので、これで勘弁してもらいたい。
「カモミール、あとは任せろ!」
「うん」
「ゆけいファズ!」
カモミールはサッと横に飛び退く。
空いたところを、生まれたばかりのゴーレム(命名ファズ)が突進。鈍重そうな見た目だろうが、速い。即座に間合いを詰めた。
僕が手がけたのだから当然の性能だ。
警戒の鳴き声をあげるトカゲ。カモミールは既に眼中になく、ファズを敵と見定めている。牙を剥き威嚇するのは恐れの証拠。
残念ながら、僕は優しくない。
「一息にやれ!」
轟音。立ち昇る土煙。
逃げられる前に岩の拳を叩きつけた。頭を潰す。地面が割れる。激しく飛び散る赤。
断末魔すらない即死だ。
「ギギュイイッッ!」
仲間の死に恐れをなしたか、あちこちから甲高い悲鳴が響いた。
残りのトカゲは一目散に逃げていく。
とりあえず危機は去った。
カモミールに頷く。二人で安全を確認。
それが終われば僕は、跪いて両手を組み簡易に祈る。
「神よ。どうかこの魂に安らぎを。そして糧に感謝します」
獣にも安息があって当然だ。この荒れた土地では貴重な血肉を残してくれたのだから、尚更。感謝の祈りは真摯に捧げなければならない。
ただ、カモミールはこてんと首をかしげて聞いてくる。
「どうして祈るの?」
簡潔だが意図は分かる。
僕達は異端と認定されて追放された身。なのに何故、まだ祈るのか。
まあ当然の疑問だろう。
純粋な好奇心。興味を持ち、すぐ人に尋ねるのは大変良い。成長の基本だ。
丁寧に教えなければならない。
「僕が信じているのは教団でなく、あくまで神だからな。教団とは道を違えても、この信心は貫くのだよ。いや、魔術を探求するからには、貫かねばならん。信心が理への理解を深めるのだからな」
カモミールはまだ首をかしげたままだ。
この内容は難しいか。だとしても、これ以上詳しく、となれば流石に時間がかかる。教材も必要だ。
ならば、これから時間をかけて学んでいけばいい。その上で信じるものを定めるべきだ。
僕もいまだ未熟だが、幼き子には先人として接しねばならない。改めて責任を思い知る。
それはそれとして。
僕はトカゲに向き直り、目を輝かせる。
「さあて、と! 魔界の獣とはどんな構造、構成、生態なのだろうなあ!? “
好奇心に探求心。欲を満たせる、楽しい楽しい時間の始まりだ。
横ではカモミールが若干怯えた顔をしている事に気付いてはいたが、勢いそのままに僕は調査を始めるのだった。
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