第2話 独壇場で愛を説く

「ここに異端者への罰を執行する!」


 役人が宣言し、郡衆が沸き立つ。

 僕とカモミールは枷をはめられて、刑場にいた。

 群衆は騒ぎ喜び、罪人への罰を期待している。自らを正義と信じて、無邪気に。


 カモミール誕生から三年程経った頃。

 何処から嗅ぎつけてきたのか、僕達の住処に異端審問官がやってきた。

 無論話し合いで解決など出来ない。さっさと逃げ出した。僕達なら逃げ切れると思っていたから。

 しかし相手は規格外だった。

 グタンとライフィローナが囮をかって出て、そのまま返り討ちにするはずが、敗北してしまった。その報せを聞いて逃げ切るのは無理だと察した事もあって、こうして囚われているのだった。


 罰は神に見放された土地──魔界への追放。


 聖典にはこうある。

 かつて大陸を南北に分けるベバリート山脈の向こうに、悪魔が支配した悪逆の蔓延る国があった。それが魔界だと。

 その魔界から、ある時、悪魔に率いられた邪教徒が戦争を仕掛けてこようとした事があった。

 が、魔界の軍は山脈の手前までしか到達出来なかった。

 彼らに襲いかかったのは、雷、炎、天変地異。神罰によって滅んだのだ。その跡が今も、命が生きられない死の荒野として残っているのだとか。

 神に罰され、見放された地であるが故に、死後は楽園どころか地獄にすら行けない。死刑が禁じられている事もあるが、死後の消滅を意味するが故に、最上級の罰である。


 昔は悪魔から人の領域を奪還しようと軍を派遣した時期もあったらしいが、誰一人帰ってこなかったので完全に頓挫。今では完全に流刑地だ。ちなみに刑を執行する手段は、軍の派遣時に使用していた転移の魔法陣である。

 神の力が及ばず、更に危険も保証されている。確実に早々と命を落とし、死後は消滅。

 異端者に相応しい恐ろしき罰である。


 だが、それがどうしたというのか。


「罪人よ、言い残す事はあるか」

「無論あるとも!」


 ハッキリと答え、僕は堂々と顔をあげる。

 罪人らしからぬ行動に面食らう役人は完全に無視。鋼の手枷がついたまま出来る限り手を掲げ、可能な限り声を張る。


「ここにいるカモミールは、罪ある禁忌の存在ではない!」


 言い切った途端に、怒号。郡衆が抗議の声を叫ぶ。

 まあ当然の反応か。それが常識通りの正義なのだから。


 だが僕の方が正しい。

 愚かな者共へ、研究者、魔術師としての立場から証明してやる。


「いいか? 魔術師に出来るのは肉体を造る事までだ。ゴーレムや使い魔に意思や魂はない。死霊術を用いれば話は別だが、そんなものは用いていない。それでもカモミールには、自己があり意思があり魂がある! つまりは両親と神の愛によって生まれたのだ!」


 教会が何と言おうと僕が正しい。

 不勉強な凡人には理解出来ないのだろうが、天才である僕の理論は間違っていない。

 複数人の血肉や魔力を混ぜ合わせて両者の性質を兼ね備えた肉体を造る事は可能だ。

 だが、魂の創造は確かに神の領域。人には起こせない奇跡。

 今のところは、であり悔しい事に変わりはないがその点は認めている。長年の研究結果から認めるしかなかった。

 であるからこそ、断言する。


 カモミールに起きた事は、奇跡。神の御業だと。


 カモミールに魂が宿った瞬間。そこに僕は神の愛を見た!

 故に彼女は、聖人に名を連ねるに値するとすら思っている!


「そしてなにより、神は罰を下していない! 病もなく事故もなく、不幸と言えば異端として捕まった事だけ。ならば僕達を罰そうとしているのはお前達だけだ! 神罰の代行? 違うな。神が認めた者へ不要な罰を与えるこれは、むしろ神への反逆である!」


 僕の語りに呼応して、怒号の勢いが増していく。老若男女も身分も関係なく。むしろ高位の聖職者の方こそ恐ろしい形相でおぞましい罵声をあげていた。

 醜く声を荒らげるこの様の何処が聖職者か。やはりカモミールの方がその肩書きに相応しいのではないか?


「貴様! 異端者の分際で!」

「さあ、カモミールも言ってやるといい!」

「……うん」


 誰のものかも分からない発言を無視し、もう一人の当事者を促す。

 ずっとポカンとしていたカモミールはそこでようやく我に返った。こくんと頷くと、すくっと立ち上がる。そして胸を張って、耳と尻尾もピンと伸ばして、誇らしげに口を開いた。


「わたしは、おかあさんとおとうさんに愛された、娘。許されない存在なんかじゃ、世界にいちゃいけない存在なんかじゃ、ないっ!」

「そうだ、よくぞ言った! それでこそあの二人の娘だ!」


 高らかな宣言に対し、手枷をギンギン鳴らして拍手の代わりとした。周囲の雑音よりも耳と心に響いたのは、カモミールの顔を見れば分かる。


 これで言いたい事は粗方言ってやった。

 だが、まだだ。ここからが本番。


「僕達は追放されるのではない。僕達の方がこの地を見限るのだ! “展開ロード”。“分析アナライズ”……“掌握ドミネーション”!」


 僕は魔術を使用し、魔法陣を展開する。追放用の転移の魔法陣を覆い、魔法そのものを掌握。権限を奪って強引に起動させる。

 陣が発動寸前の状態になり、眩い光に包まれた。


 遠くから聞こえる上位の聖職者らしき驚いた声が、なんとも滑稽。


「な!? 罪人如きが神罰に介入など出来るはずは──」

「出来て当たり前だろう! 僕は天才なのだからな!」


 これで言いたい事は全て言った。もう用はない。

 あとは未来を見るだけだ。

 好奇心で昂った顔を横に向ける。


「さあ行くぞカモミール!」

「うんっ!」


 カモミールもまた、年頃の少女らしい明るさと朗らかさで応えてくれた。

 並んで、走って、雑音を振り切って。

 枷のついた不自由な体であっても、歩き出せる。進んでいける。

 あくまで明るく。期待と希望に満ちた笑顔で。


 僕達二人は未知の場所へと飛び込んだ。

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