第41話 夢をかなえた

式典が終わった後、制服姿に戻ったアンジェリカに誘われて以前も訪れた店でお茶をすることになった。

 まだ話があるという高い家柄の貴族たちや、僕の最上位魔法を見たマギカ・パブリックスクールの生徒たちが押しかけてきたけれど。アンジェリカは家格をうまく理由に使って僕らを馬車に乗せ、ここまで連れてきた。

 黒ずんだ木製のドアも、金管楽器のような音のドアベルも、金の鎖のついたランプも前と変わらないけれど。

 今日、この店には僕たち三人しか客がいなかった。

 給仕の人さえ、厳しい顔をしたアンジェリカが軽く腕を振って下がらせた。周りに人がいなくなったことを確認すると、アンジェリカが深々と頭を下げる。

「今回は不肖の弟が、ご迷惑をおかけしました」

 彼女の話によると、アルバートは一時的に屋敷の地下牢に幽閉された後で僻地へ飛ばされたらしい。最上位魔法の使い手とその許嫁を襲わせたということで、家を継げるかも怪しいそうだ。

「いや、彼らを捕まえるために人を出してくれて助かったよ。あの上官がいなかったら、アルバートは今回のことを握りつぶしてただろうし」

「お役に立てて、良かったですわ。あなたが最上位魔法の使い手になったことを、アデラ様の名で王都の主だった者たちに早馬を出して知らせておきましたから」

「まさか、アルバートがああするのを見抜いてたの?」

「いえ、そこまでは。ただ何かやらかすときの雰囲気でしたので」

 アンジェリカは表情をくしゃりと歪め、屋敷の方角に目を向けた。

「アルバートは、昔はいい子だったのですけど。跡継ぎとしての重圧と、アデラ叔母様やわたくしへのコンプレックスが彼を狂わせたのでしょうか。今更詮索なんて仕方がありませんけど」

「アルバートは…… これからどうなるの?」

「ことが公にならないように。公になったとしてもアールディス家の傷が浅くて済むように。一生僻地で過ごすことになりそうですわ」

 アンジェリカの目に光るものが見え、僕は話題を変えることにする。

「そういえば、色々あって延期になったけど縁談の話は? 相手の人とは会ったりしたの?」

 彼女を気遣って話題を変えたつもりだった。それなのに、彼女の表情はアルバートについて話した時よりもずっと、険しいものになっていた。



「あらかじめ申しておきますが、これから話すことは他言無用でお願いしますわ」

 そう前置きして、アンジェリカは白地に青い唐草模様が描かれたティーポットを持ち上げた。カップに注がれた紅茶の表面には、窓から差し込む太陽が黄金の粒を散りばめたように輝い

ていた。

 アンジェリカ自らが入れたお茶を、初めて飲む。

「あ、美味しい」

「今までで、一番おいしい気がする……」

 アンジェリカは口元に指先を触れさせ、珍しく照れたような表情を見せる。

「最上位魔法の使い手に対し、下手なものは出せませんもの」

 ケーキと紅茶を会話なく食べた後、アンジェリカが姿勢を正す。

 今日は雲がほとんどないのに、そのわずかな雲に太陽が隠れてしまう。

「それで、他言無用の話って?」

 アンジェリカがカップをソーサーに置き、口を開く。


「縁談の相手が叔母様に送ってきてくれていた薬。実は毒であったことが判明しましたの」


 クリスティーナが、ケーキを食べる手を止めた。 

「でも、執事さんたちが毒見して大丈夫だったんじゃ…… それになんで、そんな危ないものをアデラ様に飲ませていたの?」

「薬なことは確かでしたわ。ただし、長きにわたって飲み続けることで体をむしばんでいく、暗殺に使われる毒の中でも最上位のものとのこと」

「何で今までわからなかったの? アデラ様付きの医者でしょ?」

 自分の声が思わず荒くなったのを感じる。

「今回の件を不審に思った叔父上、いえ国王陛下が王都の一級の薬師に調べさせた結果、判明したのですわ」

「アデラ様といえば最上位魔法の使い手。彼女に仕える医師や薬師は一流のはず。それなのにわからなかったの?」

「ええ。叔父上を診る、一流の薬師でもわからなかったそうです。実際、毒だと気づけたのは王都の中で一人だけだったそうですわ」

「アデラ様の使用人たちは……」

「毒と見破れなかった点をのぞけば問題なかったので、医師や薬師は、そのままです。職を辞すと言ってきた者もおりましたが、アデラ様が引き留めました」

 彼女の白髪交じりの茜色の髪と、柔和な表情が思い浮かんだ。

「縁談の相手はどうなったの?」

「毒と判明してすぐに、早馬と兵を送りました。しかし事情を聞いても、知らぬ存ぜぬの一点張りだそうで」

「嘘ついてるってこと?」

「いえ。そんなことをするくらいなら、逃げるはずです。しかしそれをせず、兵を見ても警戒する素振りすらなかったと。おそらくは、利用されていたのでしょう」

「誰が、何のために?」


「……帝国の、差し金」


 今までケーキも食べずに話を聞いているだけだったクリスティーナが、ぽつりと漏らした。

「さすがですわね」

 確かにアンジェリカの縁談の相手は、帝国と関係が深い領地の人だった。

 帝国は海を隔てた大陸の大部分を支配する、王国の数十倍の領土を持つ大国。

 医学や薬学の大いに発達した国でもある。

 数百年前、海を渡って王国に攻め込んできたことがあった。あるときは内紛で滅ぼした敵国の軍隊を使い、ある時は海賊が集団で海沿いを荒らしまわった。

 だがそのたびに大災害のひとつである大風に船を沈められ、残った軍は王国軍の奮戦に野望を阻まれた。

 でも帝国は大陸の西側の情勢が不安定になったこともあり、東側の王国とは講和し、襲ってこなくなった。さらに現在は風の最上位魔法で安定した船旅ができるようになって、貿易などで良好な関係を築いているはずだけど。

 実際僕のクラスにも、帝国特有の銀色の髪をした留学生の子が一人いる。

「なんで、そんなこと…… 災厄があるんだから、人間同士で争ってる暇なんてないのに」

「災厄があるからこそ、ですわ。王国への野望を再び抱いたのなら」

「……最大の脅威である最上位魔法の使い手がいない方が良い。もしくは災厄で国が荒れ、弱ったところを攻める」

「そういうこと、ですわね」

「なんで、人同士で殺し合うんだ……」

 僕はテーブルを思い切り叩いた。

 ティーカップが揺れ、紅茶が飛び散って床まで濡らす。

 あの蒼き山の大噴火を思い出す。みんなが協力して立ち向かったから一人の死者も出さずに済んだ。

 隊列を組み、入れ替わり魔法を唱え、別の人は戦えない人を逃がして。僕は最上位魔法に目覚めて。

 全員で協力して、命を懸けたからハッピーエンドで終えられた。

「ヴォルトさん」

 アンジェリカがテーブルに叩きつけた、僕の手を包み込んだ。

 少しひんやりとした彼女の掌に、カッとなった頭が冷えていく。

「あなたはお優しい方ですわ。でも優しさに付け込む人間も、騙して自分だけ利益を得る人間もいますの」

 僕を見下してきた人間、クリスティーナに嫌がらせをしてきた人間、そしてアルバートの顔を思い出す。

 僕が落ち着いたのを見計らって、アンジェリカは話を続けた。

「今王宮は、帝国との連絡や情報収集、スパイの洗いだしなどでてんやわんやですわ。叔父上でなくわたくしが本日の式典を行ったのも、そのためですの」

 思っていた以上に、大変なことになっているらしい。

 最上位魔法の使い手に対する式典に、国王陛下が出席できなかったのは初めてだそうだ。

「それで、僕は何をすればいい?」

 腰の金細工が彫られたトネリコの杖を握りしめて、聞いた。

 色々と考えることはあるけれど、この場で一番大事なのはそれだろう。

「まずはあなた方の安全の確保ですわ。スパイの洗い出しが済み、アデラ叔母様のように狙われることがなくなるまで王宮で過ごしていただきます」

「最悪の場合に備え、あなたのご家族も呼んであります。近日中に到着しますわ」

 家族と会う。そのことを意識して、僕は最上位魔法を使う時以上の緊張を感じた。

 しばらく会っていない妹は、どんな風に喜んでくれるだろう。

 会いたくもなかった父親は、どんな顔をして僕に会うのだろう。

 それともう一つ、気になっていたことを口にする。

「学園の方は、辞めるのかな」

 僕はぽつりと漏らす。最上位魔法の使い手は蒼き山、蒼き海といった大災厄の近くで過ごすよう決められている。

 王都はどちらからも遠いし、通っている暇はなくなるだろう。

「いえ、卒業までは通っていただいて大丈夫ですわ。アデラ様も体調が戻ってきましたし、あれほどの大噴火があれば当分は蒼き山は大丈夫でしょう」

「それに王都でも近頃地震がありますし、国王や学園長とも相談した結果、災厄の一つでもある大地震に備え、あなたは王都に残っていただくことになりました」

 その返事に思わず安堵の息が漏れた。

 クリスティーナと卒業までマギカ・パブリックスクールに通える。友達のアンジェリカや、カーラとも別れないで済む。

「国家の都合であなたの将来を左右してしまいますが…… この国のため、民のため、よろしくお願いしますわ」

 アンジェリカは深々と頭を下げた。

「別にいいよ」

 最上位魔法が使えるようになった。ずっと憧れて、バカにされて、応援してくれる人はたったの「二人」で。

 夢がかなわないんじゃないかって、ずっと自分を疑い続けて。

 でもやっと、夢を叶えた。

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最上位魔法と卑しい許嫁 @kirikiri1941

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