第23話 お答え

 馬車に乗るとき、まずアルバート、次に僕が乗りこんで。

僕は隅の席に座ったけど、アルバートは馬車の中で立って、アンジェリカ達が乗ろうとしたときにごく自然な動作で紳士的に手を差し伸べた。

「お嬢様方、足元にお気をつけて」

 僕がやったらキザで物笑いになりそうなセリフでも、アルバートがやると一枚の絵になる。

 アンジェリカは姉と弟だし、照れもせずに自然と手を握った。昔語りで出る王子様とお姫様のように。

 カーラはアルバートを見ているときはうっとりしていたが、手を取られるとほんの少し苦い顔をした。

 イケメンに弱いのは普通の女子らしいけど、父親のこともあるし男女関係に潔癖なところがあるのかもしれない。

「クリスティーナさん。前期試験のことを、覚えているかい?」

 クリスティーナが馬車に乗ろうとしたとき、アルバートがそんなことを言った。

 彼の使う火の魔法とは違う、闇夜を照らす蝋燭の光のように、穏やかに。

 魔法の試験の時、風の刃でクリスティーナが狙われた事件のことか。あの時は咄嗟にアース・ウオールでの防御が間に合ったけど、一歩間違えれば大惨事だった。

 クリスティーナは気にしてないと言ったし、アルバートは犯人などどうでもいいと言った。でも学園内で障害未遂事件が起きたのはさすがに見過ごせないのか、マギカ・パブリックスクール側では犯人を捜してくれている。

でも、あれだけの衆人環視の中での出来事だったのに犯人はまだ捕まっていない。

「またあのようなことがあっても、今度は僕が君を守ろう」

 クリスティーナが二人と同じように手を差し伸べられた時、不安と嫉妬に駆られた。

 これが普通のクラスメイトならこんな気持ちにはならないのだろう。

 でも切れ長の瞳に引き締まった肉体、どこから見ても彼はイケメンで、王子様で。僕が勝てるところなんて何一つない。家柄も剣術も魔法も、領民からの支持も叶わない。

 そんな彼の手が、クリスティーナの手に伸びていく。

 場所が場所ならば、それを止めることもできたかもしれない。でも馬車の箱の入り口は狭く、人一人が通るのがやっと。

 入り口をアルバートにふさがれている以上、彼を押しのけでもしない限り僕は隅の席で黙って見ていることしかできない。

 アルバートの引き締まった腕が、クリスティーナの白い肌に触れようとした。

だが次の瞬間、王子様は道化に変わる。

クリスティーナは手を取らず、彼を押しのけて僕の隣に座った。道化はありえない、と言わんばかりの表情でお姫様を見ていた。

「悪いけど、嫌がらせなんていちいち覚えてない。嫌なことを思い出せないで。それに」

「私には、ヴォルトがいるから」

 彼女の普段は死んだ魚のような目に、怒りの炎が宿る。

僕の隣に座った彼女は、手を握ってくる。指に込められた力は強く、少し震えていた。

 僕の向かいに座っていたアンジェリカが忍び笑いをもらし、カーラがすました顔で呟いた。

「あなた、凄い顔をしていましたわよ」

「嫉妬は悪徳ですが、一人の女性に一途なのはそれに勝る美徳です。神様も喜んでおられるでしょう」

 エスコートをスルーされたアルバートが、中の会話をスルーして席に座った。



手を打ち鳴らす乾いた音が、張り詰めるような空間に響く。

「はいはい、それくらいにしておきましょう」

 アデラ様が、笑顔で会話を遮った。それから僕たち全員に、ぐるりと視線を巡らせる。アルバートと違い恐怖を感じさせるものではなかったけど、有無を言わせぬ迫力があった。

 それは他の面々も同じだったようで、場がすっかり静まっている。クリスティーナでさえも食事の手を止めていた。

 その様子を確認したところでアデラ様は相好を崩す。シワの寄った口元やまなじりが、安心感を与えてくれた。

「若いと意見がぶつかるのは当然だわ。議論を戦わせるのは悪いことじゃない。でも人間関係を壊してまで、やることじゃないわ」

「すみませんでした……」

 みんなが口々に謝るが、それでもアルバートは矛を収めなかった。

「しかし叔母様、私は何も間違ったことを言ってはないはずです」

「正しいことでも人を傷つけてはいいということはないわ」

 アルバートの反論を、アデラ様はぴしゃりと押さえつける。

「私は気にしてないから。時々いるのよ、最上位魔法について熱心に聞いてくる人は。といっても、これだけの熱意をぶつけられたのは初めてね。旦那の若いころを思い出すわ……」

 アデラ様は頬に手を当ててうっとりとしている。

 彼女は最上位魔法を習得したことで、身分違いのアールディス家に嫁入りできたという。どんな恋に落ちたのか、ふと気になった。

 だが恋する乙女はすぐに、最上位魔法の使い手としての顔に変わった。

「いいでしょう。質問にお答えしましょう」



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