第6話 実技試験

 魔法の試験では四大属性ごとに分かれ、各々が最も得意とする魔法を披露する。


 難しい魔法ほど点数が高く、同じ魔法でも威力が高いほど点数が高い。


 マギカ・パブリックスクールでは特に重視される授業。そのためか四組に分かれて整列した高等部二年の生徒みんなの顔に緊張が走っていた。


 剣術の授業と同じ、砂を敷き詰めた運動場に生徒が集められている。雲はだいぶ晴れてきて晴れ間がのぞき、風も午前中より幾分爽やかに感じる。


 担当の先生から試験の内容と注意事項が一通り説明された後、いよいよ試験が始まる。制服のベルトに差したトネリコの杖が、いつもより重く感じられた。


 まずは水魔法の試験だ。クリスティーナはじめミズナラの杖を手にした二十人ほどの生徒が立ち並び、制服のマントをひるがえしながら魔法を完成させていく。


「アイス・ミスト」


「ウオーター・スプラッシュ」


 魔法の美しさでは随一と評される水魔法。彼ら彼女らが杖を一振りするたびに氷の

霧が夏に涼をもたらし、小さな水の流れを作り出す。


「アイス・ロック」


 クリスティーナが杖を一振りすると、成人男性の身長ほどもある巨大な氷の岩が出現し、運動場に鎮座した。これを削り出した氷塊は病人の熱を取ったり、食料を保存したり、菓子の原料となったりと有用な魔法の一つだ。


 水属性の魔法使いの中で唯一、上位魔法を使用して見せた水色の髪の少女。


 だが彼女に賞賛を送る貴族はいなかった。



 次は土魔法の試験だ。


 僕を含めて二十人ほどの高等部二年生の生徒が、しなりのあるトネリコの杖を振るう。


「アース・ゴーレム」


「サンド・フロー」


 ある生徒が杖を振り下ろすと土が人の形に盛り上がってゴーレムとなり、のっしのっしと歩き始める。


 別の子は土を橋の形に盛り上げ、さらに別の子が大量の土砂を操りその上に乗せていた。


 土魔法は建築関係の用途が多く、王都の橋や道路のメンテナンスを担っている。


 やがて僕の番がきた。


 クリスティーナに対し少し引け目に感じながら、トネリコの杖を振り下ろす。


 蝋燭の明かりの下で杖を手にし、初めて魔法を使えたときのことが一瞬だけ蘇った。あの時の興奮。最上位魔法の使い手になりたいという願い。


 トネリコの杖で増幅された魔力が地面に伝わっていく。


 魔力が注ぎ込まれた土が盛り上がり、僕の身長より少し高いくらいの壁が五ヤードほどの長さに渡って築かれた。


 土属性の中位魔法、アース・ウオール。


 土の壁が目を焼くような日差しを防いでくれる。


 本来は急造の城壁や土木工事、盾として使うこともできる応用範囲の広い魔法だ。


「おいヴォルト、最上位魔法、見せてくれよ」


 どこからか、そんな冷笑が聞こえて、頭が一気に冷えた。


 無力感と、後悔と、今の自分を否定したくなる気持ちが入り混じる。


「上位魔法でもいいぜ」


 唇を痛いくらいに噛み締めた。


 僕はまだ、中位魔法までしか使えない。上位魔法を使えるのはこの学年に数人しかいないから、落ちこぼれというわけでもない。


 でも大多数から見れば、僕は大人近くなっても子供の夢を見ている愚か者だ。


 最上位魔法を使えるのは王国に十人もいないし、十代の使い手など一人もいない。


 焦るのはまだ早いとは思う。


 そう思いながらも、一生使えずに終わるんじゃないか。そういう不安は常に胸の奥にくすぶって、離れない。


「お前たち。努力している人間をコケにできるほど偉いのか?」


 ヨーゼフ先生の一言に、僕を冷笑していた生徒はバツの悪そうな顔をしてその場を離れていく。


 かばってくれたことは嬉しいけれど、その優しさが逆にきつかった。



 次は風魔法だ。サルスベリの木からできた杖を手にしたクラスメイト達が、思い思いに魔法を繰り出していく。


 そのうちの数名が二十ヤードほどの距離に設置された丸太に向かって杖を振るった。


 三日月形に杖越しの風景が歪んで見えた。と思うとその歪みが丸太に向かって一直線に移動し、やがて丸太を両断する。


 ノコギリや斧で汗だくになって切るような人の胴体ほどもある太さの丸太が、一瞬で。


 風の刃で鉄や鋼以上の切れ味を得る、中位魔法「ウインド・ブレイド」。省力化のために林業や工業の分野で使われることも多いが、遠距離からほぼ不可視の刃で攻撃できるため護衛や警官隊が使うことも多い。


 シンプルだが刃のサイズや速度、速射性と応用が利く。風属性の魔法使いが好んで使う魔法の一つだ。だがそれを否定する意見もある。


「風魔法をただ破壊に使うなど、神から授かった力を侮辱する行いです」


 真っ二つに両断された丸太を前に、春風のように澄んでよく通る声が響く。


 声が大きいわけじゃない。なのにその小柄な少女の声は、ほかのどの声より耳に届く。


 栗色の髪の彼女がサルスベリの杖を構えた。首から下げたロザリオのチェーンが、かすかに音を立てる。頭の両側に垂らしたらせん状の髪が、わずかに揺れた。


「ウインド・ストーム」


 杖の先から風が吹き荒れ、砂ぼこりを巻き込んでつむじ風となったのが見える。


 巻き込まれる砂と、音は見る間に大きくなっていき、丸太を飲み込んで空中に放り上げる。


 子供の体重ほどもある丸太が教会の鐘楼に届くほどの高さまで巻き上げられ、校庭に落ちていく。速度を上げ、地面に叩きつけられるかに思ったけど。


 栗色の髪の少女がもう一度杖を振ると、地面から別の風が吹き荒れて丸太を受け止める。


 二つのつむじ風に挟まれるようにして、複数の丸太が音もなく同じ場所に転がった。


「時には激しく、時には優雅に。これが風魔法の真骨頂です」


 風属性の上位魔法を使用した彼女は折り目正しく一礼し、下がった。


 小柄な体格に相応しい平坦な胸は、微動だにしない。


 次は火魔法だ。構えた杖はヒノキの枝。


 使い手たちが新しく設置された的の前に、二十ヤードほどの距離を開けて並ぶ。


 中には、赤い髪をした生徒が二人。


 担当の先生の号令と共に、先頭に立つ生徒たちが杖を振り下ろす。

 ある生徒の的は音もたてずに燃え、別の生徒の的は丸太を二回りほど小さくした木炭に変わる。


 木炭は暖を取ったり、煮炊きしたり、水の浄化に使ったりと生活には欠かせない。


 木々を燃やさずに木炭を得ることができる「チャコール」は、火属性の中位魔法として重用されていた。


 運動場に雷を落としたような轟音が響く。


 その隣では、ツーブロックの赤髪をなびかせたアルバートが丸太を派手に爆散させていた。


 火属性の上位魔法、「エクスプロージョン」。鉱山や建築物の解体などで使用される魔法だ。鉱山や解体作業では崩落の危険による死者が絶えなかったが、この魔法で作業の安全性が飛躍的に向上した。


「アルバート様~」


「さすがはアールディス公爵家の跡取りですわ!」


 剣術の授業と同じ黄色い声援が送られ、アルバートは厭味にならない微笑でもってそれに答えた。


 引き締まった手首がワイシャツの隙間からのぞき、黄金のように光る一滴の汗が額を流れる。


 だがその声援は、さらなる轟音によってかき消される。同時、アルバートの顔から微笑が失われた。


 轟音を引き起こしたのは、もう一人の赤髪の生徒。アルバートの双子の姉、アンジェリカ・アールディス。


 アルバート以上の爆風で、ロングの赤髪が空間に線を引いたように舞った。彫りの

深い顔立ちでその存在を主張する切れ長の瞳は、的を注意深く観察している。


 アルバートより遠くへ、細かく散った丸太。


 これが建造物ならアルバートのエクスプロージョンは裂けた木片や石のかけらで怪我をするだろうが、アンジェリカのそれでは工業用の鉄兜を被っていれば怪我にすらならないだろう。


 担当の先生がそれを見て、感心したように頷いていた。


 少し間を置いてからアルバートはいつものように爽やかな笑顔で、姉の健闘をたたえていた。


「さすがは姉さんだね! 弟として鼻が高いよ」

 

 

 実技試験を終えたアルバートやアンジェリカの周囲に人が集まってくるのを、僕とクリスティーナは少し離れた場所で見ていた。


 二人は父親が国王陛下の弟君というだけあって気品も、ルックスも、魔法の才能も、頭の良さも、運動神経もすべて持っている。


 特別な血筋ということで特別扱いが当然という空気が生まれ、二人の才能がそれを補強し、高等部二回生となった今では二人とも学年の代表人物扱いだ。


 二人を持ち上げ、ひとしきり誉めそやした後に話題が上位魔法のさらに上の魔法へと移った。


「アルバート様ならアールディス家、二人目の最上位魔法の使い手となられる日もあるでしょうね!」


 アルバートの笑顔が一瞬翳る。だがすぐにいつも通りになり、


「いや、習得できるかわからない最上位魔法を覚えようとするのは割に合わない」


 その吐き捨てるような言い方に少しカチンとくる。


「それより上位魔法を複数覚えて、剣や馬術も好成績を修める。それが公爵家としてあるべき姿というものさ。上位魔法の分野でまずアンジェリカ姉さんに追いつきたいね」


「さすがですね! 自身の実力を見誤らず、適切な努力を続ける。尊敬します!」


 空気が少し微妙になったものの、取り巻きの一人のフォローで戻った。


 マギカ・パブリックスクールでの成績は卒業後の進路に直結する。


 公爵家という王の一族である彼らには、学園で好成績を修めて卒業することが他の誰よりも求められるはずだ。


 そのためには上位魔法と剣術や学問の習得を優先するべき、という理論は公爵家の

跡継ぎとして間違ってはいない。


 アンジェリカも似たような質問をされたが、弟と違って曖昧に笑うだけだった。


 水浸しな上に穴だらけ山だらけ、爆散したり切断された丸太が転がっていた運動場を整地した後、全員が整列するために担当の先生の前に並ぶために歩いていく。


 これで試験と、今日の授業も終わりだ。


 クラスメイト達は腕を伸ばしたり、放課後の予定を話したりしている。


 凛とした雰囲気のあるアルバートやアンジェリカのすら、弛緩した空気が流れていた。


 ふと上を見上げる。空を駆けるねずみがその数を増やし、太陽を通せんぼし始める。


 陰った大地の色が、一斉に薄い黒に染められていく。


 それとともに風が舞う。


 普段なら気にも留めない、ありふれた自然現象。風に吹かれて、運動場の土ぼこりが舞っていくのが見える。


 だが一部、不自然な形に巻き上げられる運動場の土ぼこりがあった。


 その不自然な形は急速に動き、僕らが整列しているほうに向かってくる。


 これと似たことは、今までにもあった。またか、という思いと。


 とてつもなく嫌な予感。


 さっきの授業で使用された魔法を思い出し、一瞬で全身の血が冷たくなるのを感じた。


 腰のベルトに手をやって、トネリコの杖を引き抜いた。


「アース・ウオール!」


 地面が盛り上がり、列の最後尾に並んでいたクリスティーナの後ろに魔法の防壁を作り出す。何かが裂けるような音と共に、分厚い板状の土の壁に数本の裂け目が走っていた。


 授業が終わったのに突然魔法を行使した僕に批判の目が向けられるが、土壁にできた裂け目を見ると一様に表情を変えた。


「アース・ウオールを切り裂いた?」


「誰だ、これ……」


「一瞬でも遅れたら大けがだったわよ?」


 犯罪の現行犯でもない人に向かって魔法を放つのは重罪だ。


 ざわめく生徒たちを静かにさせようと担当の先生が声を張り上げたり、手を打ち合わせて必死に注意を引くが騒ぎは収まる気配がない。


「怪我は…… してない?」


 女子の一人が、おずおずとそう問いかけてくる。


 他の女子からも、さすがにクリスティーナに同情の視線が向けられていた。


 だがそれを受けてもクリスティーナは、死んだ魚のような目でクラスメイト達と目を合わせる。


 恐怖も怒りも、その目にはない。感情を押し殺すことに慣れ切った、彼女の特技。


 似たようなことはあった。机への落書き、火で服を焦がされ、水で書物をずぶ濡れ

にされる。


 でも高等部に入ってからは飽きてきたのか、クリスティーナが上位魔法を習得したための恐れか、ほとんどなくなっていた。


 高等部二年になって、しかもこんなひどい嫌がらせは初めてだ。


 アルバートはアース・ウオールに刻まれた傷跡を見て怒りに顔を歪めていたが、ざわめくクラスメイト達にヒノキの杖を構えて一喝した。


「誰かは知らないが、陰からこそこそ魔法を放つなど、貴族の風上にも置けない」


 アルバートの切れ長の瞳は、その爆発以上の迫力がある。


 その眼力にさっきまでざわついていたクラスが静まり返り、担当の先生までアルバートに目を向けていた。


 ツーブロックの赤髪イケメンは、軽く息を吸ってクラスメイトをぐるりと見渡す。


「犯人が誰かなど、ぼくは問わない。怪我がなかったことだし、これで反省するのなら貴族の名に免じて良しとするべきだ。だが二度目が、もしあるのなら」


 杖の先に小さな灯がともった。


「その時はぼくが相手だ」


 運動場を、一陣の風が吹き抜ける。自然な形で巻き上がった砂ぼこりを、差し込んだ太陽が照らした。


「先生も、それでよろしいですね?」


 公爵家であるアルバートは、ほとんどの先生より家柄が上だ。


 家柄に伴った実力と言動に、だれも異論はなかった。


 そのままいつも通りに整列し、いつも通りの訓示と、いつもと違う締めの言葉となる。


「試験日程も今日で終わりだ。夏季休暇に入るからと言って気を緩めずに、勉学や貴族の務めに励むように。では解散!」


 さっきまでの緊迫した空気が嘘のように、リラックスした空気が流れる。


「アルバート様、かっこよかったです!」


「咄嗟の事態にも凛としたお姿、憧れました!」


 休暇の予定を話しあうクラスメイトも多かったけど、それ以上の数の女子がアルバ

ートの周りで彼を褒めたたえる。


 僕の周りにはクリスティーナが一人いるだけだ。


 でもアンジェリカだけは弟であるアルバートの様子を、苦笑いして見ていた。


 人の波が途切れたころ、僕とクリスティーナはアルバートに近づいてお礼を言う。


「ありがとう……」


「別に気にすることじゃないさ。クリスティーナさんも」


 女子ならば誰もが見とれるアルバートのスマイルを、水色の髪の少女は死んだ魚のような目で返した。


 アルバートはわずかに苦笑いを浮かべながら、その場を後にする。


「クリスティーナへの嫌がらせや陰口は今までにもあったけど…… 今日のはとくにひどかった。下手すれば大ケガだったよ。誰だ?」


 高等部二年になってから、こういう魔法による攻撃が増えてきた気がする。僕は怒り冷めやらず、さっきアルバートが上手く収めたのに愚痴ってしまう。


 だが狙われた当人のクリスティーナは、死んだ魚のような目でつぶやいた。


「私を見下してる人間なんて腐るほどいる。気にしてたら身が持たない」

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