第4章 江戸家老

ドーンという音が城に響いている。


朝の務めの始まりを知らせる太鼓の音に合わせるようにして、江戸家老の剣持はゆっくりと廊下で足を進めている。

謁見の間に来ると、平伏したままにじり寄っていった。


「おお、剣持か、苦しゅうない面を上げい・・・」 

藩主の言葉に剣持はゆっくりと顔を上げた。 


「これは上様、恐悦至極に存じます。 

 さっそくですが・・・」


剣持の声を聞きながら、筆頭家老の左近は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

噂では近頃、泰正のいとこである中戸藩主と妙に親密になっているという事である。


代々筆頭家老の豊川家と江戸家老の剣持家は仲が悪く、何かと争いの種が絶えないのであった。

剣持の話では幕府から密命が下って、ある密書を京の所司代に届けるという事であった。


「これは、次期藩主であらせられる定康様に対しての幕府の試験も兼ねているという、御老中のお達しにござります」


定康はじっと剣持の方を見つめている。

リンとした、いい表情であった。

切れ長の瞳に、長いまつ毛がかぶさっている。


「あいわかった。定康、無事この任務を終えるよう、和正と共に京に行ってくれるか?」 

「はい、父上。定康、この命にかえましても密書を無事届けてまいります」


二人のやりとりを剣持は、不敵な眼差しで見つめている。

そして、うやうやしく幕府の紋が入っている包みを開け差し出した。


「これが密書でございます。尚、封がしてございますので中身は確認できませぬ・・・。お気をつけて下さいませ」


一同、その包みを緊張の眼差しで見据えていた。

これから起こる事件の予感に、和正は思わず身震いしてしまった。


閉め切った障子の格子が、朝の日差しに長い影を作っている。

二人の旅が始まろうとしていた。


定康十七歳、和正十八歳。

青春への旅立ちであった。

 

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