第3章 わらべ唄

「赤いかえでは流れ落ち、やがて里に着くじゃろなぁ」


小さな手が和正の目をふさいでいる。

忍び笑いの声が幾重にも重なって、くすぐるように聞こえてくる。


「青いあやめはゆらゆらと、かえでが来るのを待っている」


和正は手の柔らかさから、大きな声で名前を言った。

いい匂いがする。


「早苗様じゃー・・・」


小さな手がはなれ、眩しさにくらんだ目を開くと、天女のように愛くるしい笑顔の女の子が立っていた。


「当たり。どうしてわかるのじゃ、和正・・・?」 

のぞき込むようにして言う、少女の問いに顔を赤くして、和正はうつ向いた。


(それは・・・姫様が好きじゃからだ)

和正はその言葉を口に出せなかった。


「あーっ、兄様、赤くなってるー・・・」

これ又、愛くるしい女の子の静香が言うと、鼻をたらした定康も一緒にはやしたてた。


「赤いぞ、赤いぞ。まるで柿みたいじゃー・・・」

そして静香と一緒になって騒いでいる。


「やめて下され。若・・・若・・・」

 

 自分の声に驚いて、和正は目を覚ました。

 日が少し傾き始め、部屋は薄暗くなっている。


 ふと見ると、定康がわらべ唄を口ずさんでいる。

 

 「赤いかえでは・・・」

 柱にもたれ、じっと遠くを見つめている。


 「若でしたか・・・」


 和正はやっと我にかえり、つぶやいた。

 和正に気がついて、定康は大きな声で言った。


 「おう、起きたか。よー寝とったのぉ?」 

 「夢を見とりました、幼い頃の・・・」


 二人は、しんみりとした表情になった。 


 「姫様・・・お綺麗じゃったのぉ・・・」

 「よく覚えとらんが、静香も・・可愛かったぞ」

 

 二人には、それぞれ一つ違いの姉と妹がいた。

 名前を早苗と静香といい、四人はいつも仲良く遊んでいた。


 だが、4つと5つの時に何者かの手によって、早苗と静香は忽然と姿を消したのであった。

 

 「今頃、どうしとるじゃろうなー?」


 「本当に。でもきっと生きていると思います。必ず我らの手で見つけ出しましょうぞ」 


 「うむ、手がかりはあるし・・・な」


定康はそう言うと、着物をまくりあげ肩にあるアザを見せた。

和正も頷くと肩を見せた。


定康にはかえで、和正にはあやめの刺青があった。

代々、松島藩では藩主と筆頭家老の長男、長女にはこの刺青が施されるしきたりになっていた。


元々、幕府とも縁続きで由緒ある家系のため、誘拐される事も多かった。

その為特殊技法の刺青を、赤ん坊のうちに肩に施される。


その刺青は独特のもので暗くなると、ボーッと光るようになっている。

今も二人の肩から闇に浮かぶようにして、見えている。


カラスが一羽鳴いた。

それが合図かのよう、に夕暮れの逆光に真っ暗になった森から鳥の一群が飛びだっていった。


二人はそれを見つめながら、それぞれ愛しい少女達を空に写している。


定康十七歳、和正十八歳。

冬、終わり間近の事であった。

 

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