第24話

 愛工は叶槻の姿を見ると少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻った。逆に叶槻の方が驚きは大きかった。伊375潜に戻っていきなり遭遇するとは思っていなかったのだ。叶槻はそれを相手に悟られまいと平静であるように努めた。そして先に口を開いた。

「起きていたのか」

「俺は指揮官だからな。部下が上陸しているのに寝ている訳にはいかん」

「真夜中に兵たちを上陸させたのか。そんなにあの彫像が欲しいのか」

「夜明けと同時に出発するからな。それまではできる限り集めたい。あいつらの頑張りで随分手に入った」

 愛工は自分の後ろに手をやって、叶槻に見せた。愛工の後ろには大小の金色の彫像が山積みになっている。叶槻は顔をしかめた。

「こんなに集めるなんて、一体何人上陸させたんだ」

「ほぼ全員だな。一回上陸した兵は気分を悪くして、2度と行きたくないと言い出すから、その度に別の兵と交代させたら結果的にほぼ全員が上陸することになった」

「お前は上陸したのか?」

「まさか。俺は指揮官なんだぜ。艦を指揮する責任がある」

「つまり、あの遺跡を見ていないのか。よかったよ。お前があれを見ていたら、とっくの昔にこの島から逃げ出していただろうからな」

「俺を臆病者と挑発するつもりなら止めておけ。今更お前の言うことなど聞くつもりはないからな」

「指揮権を返してもらうぞ」

 叶槻が小銃を構えて愛工に突きつける。

 愛工は乾いた笑い声を上げた。

「俺を何とかすれば艦を取り戻せると思ったか。だが間違っているぞ。一旦火が着いちまったら、元には戻らない。この反乱は既に全員のものだ。俺がいなくなっても引馬か、他の奴が引き継ぐことになっているんだよ」

 2人の話を聞きつけて甲板にいた見張りたちが集まってきた。何人かは既に小銃を構えている。

「残念だったな。蘭堂がわざと麻酔を少なめにしたのか、お前が麻酔にかかりにくいのか知らないが、今更何をやっても状況は変わらない。出来れば上官殺しはしたくなかったから貨物船に監禁したが、こうなっては仕方ない」

 小銃を構えた兵たちが叶槻を取り囲んだ。

 叶槻は彼らに目もくれずに愛工を睨んでいる。

「お前たちが島から集めてきた彫像は金塊なんかじゃない。只のまがい物だ。あんなものを南米に持っていっても何の価値もないぞ」

「嘘だ」

「嘘なんかじゃない。貨物船に乗っているベイカー教授が言った。彼は専門家だ。お前たちの計画は根本的に崩れた」

「お前もアメリカ人も信用出来ない」

「ベイカー教授が言っていたよ。お前たちが反乱を起こしたのは、この島に眠っている邪神クトゥルフの思念の影響だと」

「こいつはお笑いだ。あんな麻薬中毒者の与太話を信じるのか」

「信じてはいない。だが、今のお前は本当のお前じゃないというのは信じる。お前が反乱を起こした原因は俺にある。俺がもっと乗組員たちと話をしていれば、こんなことにはならなかった」

 叶槻は小銃を下ろした。兵たちは小さくどよめいた。愛工が怪訝な顔をした。

「愛工、お前悔しかったんだろう?だからこんなことをしたんだ。お前たち全員が悔しかったんだろう?だが、悔しいのはお前たちだけじゃない。俺も同じだ。確かに今の上層部は間違っている。だったら前線で戦う俺たちが声を上げよう。今なら全てを不問にする。だから日本に帰って全員で上層部に抗議しよう。その結果軍法会議にかけられるなら、俺が全責任を負う。俺に命令されてやったと言えばいい。だから考え直してくれ、愛工!」

 愛工は少しだけ下を向いていたが、顔を上げると左右に振った。

「もう何もかも手遅れだ。今更俺たちが声を上げても何も変えられない。悪あがきをして大勢の命を巻き添えにして日本は負けるんだよ。俺は巻き添えになるのは御免だ。だが、気が変わった。もうすぐ最後の上陸隊が帰ってくる。そいつらと交代であんたは島に置いていく」

 駄目か……。叶槻は無念さに眼を閉じた。その時、ナンシーが苛立たしげに日本語で口を開いた。

「呆れたわね。反乱を起こしたって聞いたから、どれほど気骨のある奴らかと思っていたけど、結局自分の命が惜しいだけじゃない」

 それを聞いた愛工は腰の拳銃を彼女に向けた。

「言葉に気を付けろよ、ヤンキー女」

「こんなのは反乱なんかじゃない。臆病者の敵前逃亡よ」

「黙れと言ってるんだ」

 愛工の凄みを効かせた台詞などまるで意に介さず、ナンシーは喋り続けた。

「誰だって命は惜しいわ。私たちも同じよ。だけど、アメリカ軍は今も命がけで戦っている。それは、この戦争を一刻も早く終わらせるためよ。もちろん日本も負けたくないから死に物狂いで戦う。それは仕方のないことよ。でも、あんたたちは戦場から背を向けて逃げるんでしょう?偉そうなことを言っても結局戦争から逃げるのよ!」

「貴様……」

 叶槻は黙って見ているしかなかった。ナンシーの言動に困惑するのは何度目だろう?上官の自分が説得に失敗したのに、アメリカ人の金髪美女が愛工に食って掛かっている。そして、愛工はナンシーに何も言い返せないのだ。本当に、これは一体どういう状況だ?

 ナンシーの剣幕に、兵たちもどう対応すればいいのかわからずに狼狽えていた。叶槻が変えられなかったその場の空気を、ナンシーが変えようとしていた。

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