第14話

 貨物船シルバーキーから伊375潜へ移る際、機関長の引馬もボートに同乗した。彼は今までシルバーキーの船体を調査していた。

「あの船の機関や操舵系に異常はありませんでした。通信系も大丈夫です」

 ボート上で報告を聞きながら、叶槻はベイカー教授とナンシーの処遇について考えていた。

 島で乗組員を拘束したら、彼らを尋問する。そして貨物船に積んでいる爆雷を全て投棄、爆雷投射機と通信系を破壊した後に彼らを船ごと解放しよう。

 その後、伊375潜は再びトラック諸島を目指す。ここに来るまでは謎の海流に乗っていただけなので、幸いにも燃料は充分に残っている。どうにか目的地にはたどり着けるだろう。

 不可解なことの多い数日間だったが、それも終わりだ。もうすぐ本来の任務に戻ることができる。叶槻はそのように思っていた。少なくとも彼だけは。

 艦に戻ると甲板には既に5名の兵たちが小銃を肩にかけて待機していた。伊375潜の周囲にはシルバーキーから移されたボートが数隻浮かんでいる。叶槻はボートに乗ったまま兵たちに命じて、自分のボートを含めた2隻に分乗させた。

 引馬は兵たちと入れ替わりに甲板へ上がる。彼はボートに乗り込もうとする兵の1人に笑顔で声をかけて、何かを言ってから艦内に消えた。

 引馬に声をかけられた若い兵が自分と蘭堂のボートに乗ってきたので、何の気なしに叶槻は彼と話した。

「君は機関担当か」

「はい。団逸だんいつ機関兵です。兵科ではありませんが射撃には自信があります。任せてください」

「引馬機関長と仲がいいのか」

「自分は初任務ですが、慣熟訓練の時に機関長が気に入ってくれまして。今も頑張れと言われました」

「そうか。既に聞いていると思うが、相手は武装している。しかも元軍人で数も多い。油断するなよ」

 叶槻のボートに2人の兵、もう1隻に3人が乗り込んで上陸隊は島を目指した。距離は約1000メートル、双眼鏡で見たところ、黒々とした浜辺には無人のボートが数隻放置してある。シルバーキーの乗組員は全員島の奥に入ったようだ。島の正確な広さを把握している訳ではないが、貨物船に接触するために伊375潜で移動した時にはごく小さな島だと感じた。捜索にはそれほど時間はかからないだろう。

 ボートが浜辺に到着したのと同時に上陸隊はひどい悪臭に包まれた。浜辺は一面が黒いヘドロに覆われ、所々に目玉の異様に大きな深海魚が力なく横たわっている。何億年も海の底だった土地が突然に隆起して、巻き添えになったのだ。島が現れて1日以上経過しているので魚たちは生きてはいない。そういうヘドロと魚の死骸、そして火山から噴出する硫黄性のガスが混じりあって実に嫌な臭いを放っているのだ。

 叶槻と蘭堂が降りると、兵たちは臭いのために顔をしかめながら波に流されないようにボートを引き揚げた。

 1歩進むごとにヘドロまみれの地面には深い足跡ができる。一々足を取られて歩きにくいことこの上ない。島全体がこんな感じだと思うとげんなりする。しかし、この地面は思わぬ効果をもたらした。

 先着のボートから複数の深い足跡が島の奥へと続いているのがはっきりとわかる。シルバーキーの乗組員たちのものだ。これを辿れば連中の居場所に簡単にいける。

 一行は叶槻を先頭にして注意深く足跡を追った。叶槻はふと、思いついたことを後ろを歩く蘭堂に聞いた。

「ベイカー教授の考えでは、1925年にこの島は1度出現したことがあるそうです。軍医殿はその頃アメリカにいたんでしょう?何か知っていますか?」

「20年前に?そう言えば、留学していた時に大学の友人たちが冗談気分で購読していた三流のゴシップ新聞を読ませてもらった時に、謎の島のことが書かれていたような。ノルウェーの船員が太平洋沖で地図にない島を発見したけど、直ぐに沈んでしまったとか。しかし、この島のことかはわかりませんね」

「そうですか」

「あの手の新聞はしきりにアトランティスとかムーとかを記事にしていましたからね。信用するだけ無駄ですよ」

 麻薬中毒のベイカー教授がそういった記事を真に受ける可能性はある。世界中にある真偽不明の伝説や風説を元に想像を膨らませて、あのような仮説を打ち立てた。叶槻はそう結論付けた。

 解放前に、ナンシーに教授を病院に入れるように提案しよう。この島が偶然出現したから彼は自分の考えは正しいと信じきっているが、病院に入って治療をすれば全て誇大妄想であることに気づくだろう。それまで彼の命がもてばいいのだが。

 気がつくと、行く手は傾斜を増して小高い丘になっていた。火山はまだかなり遠方にあるので、ただの丘だ。足跡はそこを登っている。一行もそれに倣おうと丘を登り始めた。その時。

 丘の上から銃撃を受けた。

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