第9話

 一体どのような感性の持ち主が何のためにこんなものを作ったのだろう。そう疑わざるを得ないほどに、叶槻の目の前にある彫像は異色だった。普通、何かの像を作る時は美しいものにするはずだ。叶槻は芸術方面に明るい訳ではないが、彼が今まで目にしてきた古代の彫刻、神像、仏像には美しさがあった。たとえ奇抜なデザインの前衛的芸術のオブジェでも、そこには製作者が込めた美が内包されており、それを見た者はその片鱗の幾つかでも感じ取ることができる。彫像とはそういうものだ。

 だが、これは明らかに違う。こんな醜怪なもの、見たことがない。初見の感想はそれしかなかった。

 なにかの生き物のように見えるが、明らかに架空の存在だ。あるいは伝説上の怪物か。

 近寄って更に観察しようとしたが、背後から声がかかった。

「艦長、大変です!」

 振り向くと甲板を調べていた兵たちの1人が立っていた。

「甲板に爆雷が積んであります!」

 その言葉に仰天した叶槻は兵に駆け寄った。この時点で彼の頭からは奇妙な彫像はかき消えていた。

「爆雷だと?」

「とにかく、来てください」

 叶槻は兵と一緒に駆け出した。途中、鍵のかかった船室を通りすぎたが閉ざされた扉はまだ開いていない。

 兵は叶槻を甲板の最前部に連れていった。そこには大きな帆布がかけられており、その一部が捲れ上がっている。そこから金属製の樽のようなものが見えた。叶槻は足を止めた。残る2人の兵たちが叶槻を待っていたらしく、強張った顔で自分たちの艦長を迎えた。

「やけに大きな帆布だと思って剥がしてみたら、こいつがあったんです」

 兵たちは帆布を全て剥がした。甲板一面に置かれた、同じ金属製の樽が現れる。米軍の爆雷だ。

「こっちにはこんなものまであります」

 叶槻がその声を聞いて島側の舷側に目を向けると、そこには爆雷投射機が据え付けてある。

「誰か、副長と機関長を連れてきてくれ。機関長にはこの船の動力を調査してもらえ」

 叶槻はそう言った。兵の1人が海面に通じるタラップを駆け降りてボートに飛び乗った。

 驚くべき報告はまだ続いた。船倉を調べていた一隊が更に多くの爆雷を発見したのだ。

 貨物船シルバーキーには少なくとも200トンを越える爆雷が積載されていた。米軍の駆逐艦でも、これほど大量の爆雷は積んでいないだろう。

 一体この船はなんだ?ただの貨物船ではない。

 叶槻は背筋に冷や汗が流れるのを感じた。

「艦長、鍵を壊しました!」

 ブリッジを降りてきた兵が報告してきた。そっちもあったのか。叶槻は再びブリッジへ走った。色々なことが一度に起きて目が回りそうだった。

 例の部屋の前に叶槻が来ると、蘭堂が報告してきた。

「部屋の中はまだ確認していませんが、声からして老人と若い女です」

 叶槻は部屋の中に向かって英語で語りかけた。

「こちらは日本海軍の潜水艦だ。現在この船を臨検中だ。武器を持っているなら床に捨てろ。抵抗する場合はこちらも応戦する」

 部屋の中から若い女の声が返事をした。

「武器は持っていないわ。そちらの指示に従います」

「部屋の奥に移動して両手を上げろ、今から扉を開ける。こちらが許可するまで動くな」

「わかったわ」

 叶槻は兵に命じて扉を開けさせた。

 予想はしていたが、狭い部屋だった。木製の小さなベンチが1つだけ縦置きされており、それ以外には何もない。突き当たりの壁には2人の白人の男女が両手を上げて並んで立っている。長い白髪の背の高い老人と、ウェーブのかかった金髪を持つ20代の女だ。

 叶槻は拳銃を構えたまま中に入って質問した。

「あんたたちの国籍と名前、身分を聞こう」

 若い女が答えた。

「2人ともアメリカ人よ。こちらはミスカトニック大学考古学部のベイカー教授、私は助手のナンシーです」

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