2、観察をして、話をして


 あれから俺は、姉ちゃんに言われた通り、心の隙間を埋める努力をスタートした。

 

 「朱莉っ、その……隣に座ってもいいか?」

 「いいわよ」


 いつもは別々のソファを使うけど、恋人同士なのだからそれはおかしいのではないか。

 そんな風に考え提案したら、あっさりオーケーを貰ってしまった。姉ちゃんの隣に腰かけさせてもらう。

 ちょっぴり緊張してる俺に対し、姉ちゃんはいつも通りにスマホを弄ってるだけだ。つーか、一瞥すらくれないんだけど。

 しかたない、ここは会話でつなぐか。


 「今日さ、クラスメイトがエロ本もってきててさ。見つかって先生に没収されてたんだよな」

 「ふぅーん」

 「授業中にシャーペン落としちゃったんだけどさ。拾ってくれた子がなかなかの巨乳でさ」

 「あっそう」

 「……朱莉ってば、さっきからそっけなくないか?」

 

 指摘してやったら、姉ちゃんがさもどうでも良さそうな目を向けてくる。


 「あんたね、話しかけてみろとは言ったけど、なんでもいいわけじゃないのよ」

 「え、そうなのか?」

 「興味のない話を振られて喜ぶ人がいると思う? 例えばそうね……あんたがあたしにメイク術について話されたら、どう思う」

 「もとがいいんだからそんなことしなくてもいいだろと思うけど」

 「っ、そ、そう……。ごほんっ……まぁ、いまのは例えが悪かったから参考になんなかったかもだけど。興味のない話は相手から遠ざけられる原因にもなるわ」

 「えぇ……じゃあどうすりゃいいんだよ」

 「それを考えられる男になれたら、あんたにモテ期が来るかもね」


 なんだよそれ、結局は俺次第ってことじゃないか。いきなり突き放すなんて姉ちゃんひどいやつ!

 

 モヤモヤした気持ちを抱えながらも、姉ちゃんの隣に座り続ける。チラ見すれば、もう視線がスマホに向かってた。俺よりスマホ優先かよ。

 くそっ、こうなったらじろじろ見てやる! 上から下までねぶるみたいに見つめてやるぞ。


 「じー…………」


 んー、こうして眺めてるとやっぱ、綺麗だよなと思う。整った顔立ちとか、すらっとしたスタイルとか、色白すぎる肌とか。


 「……朱莉ってさ、肌とかめちゃくちゃ綺麗だけどなにかやってるのか?」

 「んー、化粧水と保湿はかかさずやってるけど」

 「そうなのか。じゃあさ、今度俺にも教えてくれよ! なんか最近、肌がガサガサするっていうか」

 「いいわよ。なんならオススメのやつ貸してあげるから、使ってみなさい」

 「おっ、ありがとう! 助かる」

 「ま、初めてじゃ難しいだろうし、あたしのやり方を見て真似するといいわ」


 あれ、さっきまでスマホ見てたのに、いつの間にか俺の目を見てくれてる。なんか楽しそうに話してる。

 そんな姉ちゃんを見てたら、モヤモヤしてたはずの気持ちがふっと軽くなったような気がする。

 これが心の隙間を埋めるってことなのか? だとしたらなんか、楽しいな。


 「そういやさ、さっきからスマホでなに見てるんだ?」

 「イン〇タよ。ほら、こうやってオシャレな服を乗っけてる人のツイートを見てるの」

 「ほへー、なんかいろんな服があるな。お、これとか朱莉にも似合いそうだけど」

 「そう? 優介の目から見て、他にはどれが似合うと思う?」

 「これとこれ、あとこれも捨てがたいな。朱莉は美人だからこういう」

 「ふふっ」


 え、なんだ、急に。笑い出したんだけど。

 キョトンとする俺に、姉ちゃんがはにかんでくる。


 「あんたのそういう真っすぐなとこ。あたしは好きよ」

 「――っ!」


 姉ちゃんの言葉に心臓がバクンと跳ねた。顔が火照ってきて熱い。あの時と同じだ。

 理由はさっぱりだけど、嫌な感じじゃなくて。むしろ心地よく思えてくるっていうか。


 「優介ったら顔真っ赤。マジの照れじゃない」

 「そうだ、俺照れてるんだ……! じゃあ朱莉も照れてるのか、頬っぺた赤いし」

 「っ、そういうのいちいち指摘しなくていいのよ!」

 「なんでだよ? 自分だってしてるし、それに……べつに悪いことじゃないだろ」

 「だ、だって……恥ずかしいじゃないの」


 ふいとそっぽを向く姉ちゃんに、胸がざわざわさせられる。

 なんだこの姉、こんなに可愛かったか? いつも近くで見てきたはずなのに、いまが一番そう思わせられるんだが。

 じろじろ見つめてたら、顔を覆い隠された。


 「なっ、なにするんだよ!」

 「そんなに見んな! 向こう向いてなさい!」

 「やだよ。だって朱莉が可愛く思えてきたから、もっと見てたいっていうか」

 「~~~~っ!」


 俺は覆い隠してくる手のひらを掴んで押し退けた。視界いっぱいに広がるのは、顔が真っ赤になった姉ちゃんの姿。

 抵抗したいみたいだけど、力は男である俺の方が上だ。負けじと睨み返してくるけど、そんな姿もなんか可愛い。

 まつ毛が震えてる。唇をギュッと食んでる。俺の知らない姉ちゃんの顔。


 「も、もういいでしょ……いい加減離しなさいよ」

 「あ、うん……」


 掴んでいた手を離すと、姉ちゃんに頭を叩かれた。痛いっ!


 抗議の声を上げようとする前に、姉ちゃんは走ってリビングを出て行ってしまった。

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