ドキドキしちゃう

なつめ晃

第1話

マジ、ムカつく。

遠足中、山道を歩いている途中で同級生と喧嘩になって、俺だけが先生に怒られた。

俺は悪くない。

あいつが先に俺に突っかかってきたんだ。手を出したのだってあっちが先だったのに、なんで、俺が謝らないといけないんだよ。

目つきが悪いのは生まれつきだし、あいつより足が速いからって恨まれる筋合いはない。母親がいないのが、そんなに変な事かよ。今時、そんな家庭、他にもいっぱいあるわ。

怒りにまかせて歩いていたら、いつのまにか列から離れて山奥まで来てしまっていた。

今日、初めてこの山に遠足に来たので、道をよく知らない。

山の麓の町に住む小学生は、6年になると、この山に遠足で訪れるのだ。

まわりを見回すと木が欝蒼と茂り、鳥の声しか聞こえない。

急に不安になって後ろを振り返るが、同じように木が立ち並ぶだけで、もう自分がどこから来たのか分からなくなってしまっていた。

どうしよう。引き返すにも道が分からない。

きゅるるるる。

なんだかお腹まで減ってきた。

ん? いや、腹は別に減ってないけど。

きゅるるるる。

俺じゃない。

音が聞こえる方を辿って行くと、草の陰に緑色の生き物が見えた。

「ん…っ…うわっ、ヘビ! …じゃない。あれ?」

よく見ると大きさは20cmほどで小さな手足があって頭が大きい。

「…トカゲ? でも、なんか鬣みたいなのもあるな」

背中に沿って鬣があって、身体が木漏れ日にあたって虹色にキラキラ光ってる。鱗?

まじまじと見つめていると、そのトカゲから、きゅるるると音がする。

鳴き声なのか? 横たわって身動きせず、なんか弱ってるみたいだ。

「音の正体は、おまえ? 腹減ってんのか?」

声をかけると、微かに目を開いた。つぶらな細い目が俺を見上げている。

トカゲって何食べるんだろう。虫かな? でも、虫は苦手だから捕まえてやれないな。

背負っていたリュックを降ろして、中からお弁当を取り出した。

自分で握った小さめのおにぎりが3つ入っている。

「ほら、米食えるか?」

口元に持って行くと、ふんふんと鼻を寄せてぱくりと齧りついた。

食べた。よく見ると、顔が長くてちょっとワニっぽいな。

ぺろりと食べ終えると、また上目づかいに俺を見た。

「あ? も一個いく?」

もう一つ差し出すと、小さな両手でオニギリを抱えて又もぐもぐと頬張る。

頬を膨らませて食べる様子はなんか可愛い。ついおもしろくなって、3つともあげてしまった。

それでも、まだ物欲しそうに見ているので、

「もう無いよ」

と、おにぎりを包んでいた紙を振ると、申し訳なさそうにぱくぱくと口を開けて、きゅるきゅると鳴いた。

あれ? なんか大きくなってないか? こいつ。

30cmくらいになってる…気がする。

不思議に思って見つめていると、そいつは、うねうねと動いて俺のむき出しの膝に小さな前足をかけた。

え、と思う間もなく、しゅるしゅるとそのまま俺の左腕に巻きつくと、長い顔を近づけてぺろっと頬を舐めてきた。

「う…ぎゃー! 何すんだ!」

俺は長い身体を掴んで引き剥がすと、山奥に向かって思い切り振りかぶって投げ飛ばした。

野球チームで1番を任されてる俺の剛腕で、あっというまにトカゲの姿は見えないところまで飛んで行った。

俺はリュックを掴むと反対方向に向かってひたすら走った。

恐い、恐い。なんだったんだ今の?

その後、クラスの列に合流し、また先生に怒られたが、ひたすら謝った。

ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません。

もう何に謝ってるのか分からないけど、とにかく謝った。

それぐらい恐かった。



御幸みゆき? 何かあったの?」

家に帰って、俺が暗い顔をしているのに気付いたばあちゃんに、今日あったことを話した。

俺のばあちゃんは物知りで大概の事は解決してくれる、頼りになるばあちゃんなんだ。

「それは、龍神かもしれないね」

「龍神?」

山奥には小さな湖があって、昔は麓の人たちが龍神の住む湖として小さな祠をつくって祀っていたが、やがて信仰も薄れ、誰も立ち入らなくなってしまった。

「ばあちゃんの先祖は、その龍神の巫女の役目を務めていたんだよ」

へえ、初耳。

「俺、投げ飛ばしちゃったけど、大丈夫かな? 祟られたりしない?」

ははは、と笑いながら、

「龍神は悪戯をするって話はあるけど、祟るっていうのは聞いたことないね。不安だったら、オニギリ持って謝っておいで」

と言った。

ばあちゃんの口ぶりだと心配はなさそうだけど、やっぱり不安なので週末にオニギリを握って、再び山に登った。

ばあちゃんに湖までの道を聞き、けもの道に近い道を行くと、突然開けた場所に湖畔が現れた。

「うわ…すげぇ、キレイ」

澄んだ深い緑色の湖面は光を反射してキラキラと光り、まわりを囲む木々の緑が映って、まるで一枚の絵画のようだった。

こんなに綺麗なのに、誰も寄りつかないなんて信じられない。

綺麗な落ち葉を拾い集めて、そこに持ってきたオニギリを置いた。

遠足の時と同じ大きさで、この間は3個では足りなさそうだったので5個を積木のように積み上げる。

そのとき、ぽちゃりと湖から音がしたので視線を向けると、湖の淵から緑色の顔が覗いていた。

あ、と口を開くと、向こうも驚いたように口を開けている。

「えー…と、この間はごめんな。投げ飛ばしたりして。オニギリ作ってきたから、良かったら食べて…」

最後まで言い終わるのを待たず、しゅるしゅると地面を這ってくると小さな手でオニギリを掴み、パクパクと食べ始めた。

オニギリに夢中になっている姿を観察してみると、やはりトカゲとは違う。

鱗は綺麗に重なり合ってキラキラ光っている。頭の方から背中に生えてる鬣もこの間は薄汚れていたけど、よく見ると綺麗な金色だ。目は心なしか細い気がするけど、やはり金色。オニギリを握る指先には鋭い爪がある。

これが龍神か。

合間にきゅるきゅると鳴いているのは、俺に話しかけてるのかな? 全然わかんないけど。

仕種といい表情といい、よく見ると愛嬌があってカワイイ。

「はは、おまえ、ご飯粒ついてる」

鼻の頭についた米粒を取って見せると、指をぱくっと咥えられた。

「ぎゃー!」

咄嗟に尻尾を掴んで、湖に放り投げてしまった。遠くでぱしゃんと水音がした。

やばっ。またやっちまった。

けど、龍神は怒ったふうもなく、再び陸に上がってきた。

「わるい…。でも、急に舐めたり噛んだりすんなよな。びっくりするだろ」

小首を傾げる姿は小動物っぽいけど、その鋭い歯や爪は凶器になるから恐い。

おずおずと近づいてきた龍神は、残っていたオニギリを手に取ると両手で俺に差し出してきた。

「え? いや、おまえのために作ってきたんだから、俺はいいよ」

ぐいぐいと押しつけてくるのに根負けして受け取ると、早く食べろと言うように見ているので仕方なく一口齧る。

と、ぱあっと嬉しそうな顔になった。

なんなんだ。

オニギリを食べ終わるのを見届けてからリュックを背負った。

「そろそろ帰るわ」

立ち上がると、ひし、と脚にしがみついてきた。

その様子があまりに必死な感じなので、思わず視線を向ける。

あれ? また大きくなってないか。後ろ足で立つと50cmくらいある。

「えーと…また来るよ」

そう言って、頭を撫でるときゅるきゅると鳴いた。

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