第5話 非常事態

 ドンドンドン!!!


 「うおっ!?」

 「うわぁ!?」


 話している途中に突然、部屋の入口のドアを物凄い勢いで叩かれたので、俺達二人はビックリしてしまう。

 一体誰だ……もう夜だぞ……。


 ……あ、もしかして逆に俺達がうるさかったのかな?

 俺達の部屋があるこの宿屋の二階は格安なだけあって、部屋の壁が薄いからなあ……。

 と、思ったが。


 どうやらそうではなかったみたいだ。


 「プライス! 大変なの! 開けて!」 


 声の主はキャロだった。

 めちゃくちゃ焦った様子で、ドアをかなりの強さで叩きながら、俺の名前を必死に呼んでいる。


 それだけではない。

 部屋の入口のドアは俺が鍵を掛けていたのだが、キャロはそんなことはお構い無しにドアを開けて入ろうとしている。


 ……これはただことじゃない。

 キャロがドアノブを必死で回す音が、部屋にガチャガチャ響いているのが、何らかの非常事態が起きているということを証明していた。


 「……キャロにバレるのはマズイよな?」

 「あー……かもね。ベッドの下に隠せば?」


 俺が聖剣に選ばれてしまったということは、キャロにはまだ知られたくない。

 キャロが宿屋という多くの人と関わる場所で働いている以上、キャロを情報源に様々な人間へ知られてしまうリスクがあるからだ。


 もちろん、キャロが人の秘密をベラベラ喋ってしまうような、口が軽い人間だと思っているわけではないけど、人間なんだから思わず口が滑ってしまう可能性もある。


 ……話すのは、今じゃない。

 ここはアザレンカの言う通り、聖剣をベッドの下に隠して……。


 「……絶対、顔に出すなよ」

 「わ、分かってるよ」


 アザレンカに釘を刺し、俺はこのままだとキャロに壊されてしまいそうなドアの鍵を解錠した。

 すると……。


 「大変なの! プライス!」

 「危なっ!?」


 勢いよく開かれたドアから、入ってくるというか……もはや突入だな。

 キャロが部屋に突入してくる。

 危うく俺に激突するところだった。


 「どうした? キャロ?」


 焦っているキャロを落ち着かせながら、何があったのかを聞く。


 「大変なの! 街にホワイトウルフが出たの! しかも群れで!」

 「ホワイトウルフ!?」


 キャロの言葉に、自分の耳を疑う。

 

 ホワイトウルフは、性格が凶暴で、鋭い牙を持っているだけではなく、氷のブレスまで吐いて攻撃してくる厄介な狼型のモンスター……いわゆる害獣だ。

 こんなモンスターが群れで、街を襲うとかたまったもんじゃない。


 ……だが、ホワイトウルフが活発的になる季節は冬だし、遭遇したとしても主に雪山。


 確かに、ラウンドフォレストは山や森に囲まれた街だが、今の季節は冬どころか、これから夏を迎えようとしていて、夏本番前なのにちょっと暑くなってきたなあ……ってレベルの暑さなのに、何故ホワイトウルフが?


 「……ブラックウルフの間違いじゃないのか?」


 ブラックウルフは、ホワイトウルフよりも普通の野生の狼に近いモンスターのため、山や森を歩いていても遭遇することがある。


 まあ普通の狼よりも、牙が鋭く性格も凶暴かつ獰猛な狼型モンスターなので、平気で人を襲ってくる立派な害獣だが、氷のブレスを吐くし、ブラックウルフよりも頭が良くて、身体能力も高いホワイトウルフより討伐はかなり簡単だ。


 しかし、山や森を歩いているだけで普通に遭遇するレベルのモンスターなので、たまに街に現れることがある。

 群れで街に現れるのも、何年かに一回くらいはあるんじゃないかな。


 ……でも、正直ブラックウルフって害獣討伐の入門編というか、新人冒険者がお金を稼ぐために存在してるようなモンスターだぞ。


 ラウンドフォレストは、ブラックウルフが多く出没する森が、街の近くにあるため、新人冒険者達が冒険を始めるにはうってつけの街として、修行と旅の資金稼ぎ目的でラウンドフォレストに来る冒険者が一杯いる。


 だから、ブラックウルフの群れが出たぐらいで、キャロがこんなに焦って俺を呼びに来るわけがないはずなんだが……。


 「プライスと同じ考えで、こんな時期にホワイトウルフが出るわけないって考えた新人冒険者が討伐しようとして、何人も怪我してるの! も、もしかしたら殺されちゃった人もいるかも……」

 「……マジでホワイトウルフなのかよ」


 あ、危ねえ……。

 もし俺がその場にいたら、新人冒険者達と同じ末路を辿っていたな。


 「お願いプライス! プライスは火属性の魔法が得意でしょ? 街の人達も多少の被害には目を瞑るから、ホワイトウルフをプライスに討伐して欲しいってみんな言ってるの!」

 「……い、いや。ま、まず俺の前にこの街にいる騎士と魔法使いに頼めよ。何のためにあいつらがこの街に駐在してんだよ」


 この街に駐在している騎士と魔法使いとは、王家に仕えている騎士と魔法使いのことだ。

 命を懸ける兵士としては薄給かもしれんが、今のイーグリット王国じゃ街を守る程度の業務しかないだろ。

 それなら貰い過ぎなまでもあるから、こんな時ぐらい働けよ。


 ……あと、何で勇者であるアザレンカの方は全く見ていないんですかね?

 キャロさん?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る