[じゅ〜ごっ]思う気持ちは見ているだけじゃ満たされないものらしい




 なんてことのないような、平日の帰り道。


だがしかし、今このときが僕にとっては特別なのだ。


「今日、ちょっとだけ家に寄って欲しいんだけど……良いかな?」


思い切って夕原さんを誘ってみる。


「え、良いけど……急にお邪魔しちゃって大丈夫?」


「問題ないよ。ちょっと渡したいものがあってね。学校だと目立つし、邪魔じゃまになっても悪いからさ……」


「……何かしら?」


「ん? えっと、見てのお楽しみかな」


母にも美咲にも根回し完璧。


帰宅後三十分は接近禁止と言ったら、二人に揃ってニヤニヤされた。


言っておかないと、面白がって直ぐに飲み物やら菓子やらを差し入れに来るんだよ。


いや、大丈夫。落ち着け自分。


何度も彼女を部屋に呼んだことはあるだろが。


部屋の掃除は抜かりなく。


アヤシイお宝も撤去てっきょ済み。


え? 僕だってオオカミの端くれですよ? 


ええ、もちろんそうですともさ。








 




 見慣れた我が家の玄関をただいま〜っと通り過ぎ、二階の自室へ案内する。


階下からは母さんの、飲み物はあとから持っていくわよ〜って声が響く。


部屋の机の上には、正方形Sサイズ(220×220)の小さなカンバス。


それを母さんにもらった小洒落た風呂敷ふろしきで包んでみた。


ぎこちない手の動きで持ち上げて、そっと彼女に渡す。


「……これ、君に」


照れくさくって言葉が出ない。


で、やっと伝えた台詞がコレだ。


めちゃくちゃ格好悪いぞ、僕。





 彼女は、緊張した面持ちで受け取ってくれた。


「……開けてみても良いかしら?」


上ずった声で問うてくる。


こくこくうなずいで、ようやく応答。


「うん。……どうぞ」


無言の十数秒が長く感じた。


はらりと包が解かれて、現れたのは一枚の小さな絵。


あの事件から難を逃れた作品だった。




 えっと……えっと……、脳内で思考と言葉が空回り。


なんて言って渡そうかと散々さんざん悩んで繰り返し練習していたというのに、この体たらくっぷりである。


「えっと……さ」


台詞セリフがクルクル回りだし……かすれた声が、やっとの思いで脳内録音を再生開始。


「ずっと、君を見ていたいんだよ。おはようから、おやすみまで……」


言いながら、あれ? とらえようによっては、コレじゃ変態発言ストーカーじゃね? って、ハッっとするが手遅れだ。


ダメだ。……再生が止まらない。


停止ボタンが見つからない。


「……それでも足りなくって、夢の中までご一緒したいほどなんだ。……いや、ごめん。なにを言ってるんだ僕は。……じゃなくって、真剣に君が好きだから…………これからも、ずっと。ずっと好きだからっ」


ぎゃーーー。


どうすんのさ、コレ。


言っちゃったじゃんかっ、コレ。







 そこに描かれているのは小さな花輪をつけた一羽のうさぎ


背景は新緑の草原と小さな花たち。


愛らしい兎は、じっとはるか上を見据みすえて跳躍ちょうやくの姿勢。


見る人が見ればわかるだろうけど、またしてもモデルは彼女。


まぁ、瞳を同じ色でえがいたからね。


自分の思うそらへ跳ねて欲しいと思ったんだよ。


照れくさいけど、これは彼女へのプレゼント。


あからさまに肖像画ポートレートを贈られても扱いに困るだろうし、どうせなら可愛い方が良いんじゃないかってこうなった。


付き合い始めて一年目の記念日に。




 次は僕も兎になって、楽しく遊ぶ姿を描いてみようかな。


取材と称して動画を見まくったり写真集をながめたり、モフモフ三昧ざんまいしたことが懐かしい。


めちゃめちゃ楽しくやされたっけ。




 …………はっ。


あまりにも静かな彼女に、照れくさすぎて、たまれなくって、現実逃避を始めていたよ。


えっと、気に入ってくれるかな?







 ボフッっと胸に熱いなにかが飛び込んだ。


胸元がちょっと湿っぽいのに気がついたけどノーコメント。


もちろん、ぎゅうっとハグで包み込む。


見ているだけじゃやっぱり嫌だ。


こうしてやっと満たされる。


ちゃんと向き合って、わかり合いたい。





 今までの思いも、これからの僕たちも。


ずっと、ずっと一緒に進んでいきたいんだ。

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