第21話 ミヤビの過去


 少しずつ土地勘のある場所へ近づくにつれて、緊張感が生まれる。


 何が起きたのか、自分の死について知りたい。

 普通の高校生として過ごしてきた自分の未来がどうしてなくなってしまったのか。


 だけど同時に、知ってしまうのが怖い。

 もし全てを知ったとき、果たして冷静にいられるだろうか。

 自分が自分でいられるだろうか、という不安が混じっていき、足取りが重くなっていき、体が冷たくなっていくのをハッキリと感じる。


 少しずつ歩幅も狭くなり、スピードも遅くなっていったことで異変に気付いたのか、ミヤビは長い髪を揺らしながらヨウスケの顔を覗き込んだ。


「あの、ヨウスケさん。大丈夫ですか? 顔がすごくこわばっていますけど……」

「あ、ああ……そのちょっと、怖くて」

「そうです、よね。でも、何があっても私がついていますから! なんでも言ってくださいね」


 ミヤビに励まされると、少しだけ勇気が出て、固くなっていた顔がほころんだ。

 どんな事実があったとしても、隣にはミヤビがいてくれる。だから初めて死んだことを知ったときの状況とは違うのだと言い聞かせ、ヨウスケは前を向く。


「あと三日……俺に残っている時間はちょっとだから、前に進まなきゃ。じゃないと、アドバイスもくれたイツキさんたちにも悪いしな」


 ヨウスケにとって今は四日目の夜。残された時間はもう長くはない。だからこそ、前に進んで、そして後悔のないようにしていきたいと考えていた。


「三日、ですか……」

「どうしたの?」

「私は、あと二日なんです。ヨウスケさんより先に死んでいるので……」


 ミヤビは肩を落としてしゅんとし、曇った顔をした。

 ヨウスケはミヤビと出会ってから色々話しているが、ミヤビのことは何もしらない。


 なぜ、パジャマなのか。

 なぜ、死んだのか。

 なぜ、死後残された時間の話を聞くことができたのか。


 話を聞いてもらうだけで救われたというイツキの言葉。

 ミヤビも話すことで救われるのではないか。そんな理由と、少しの興味からあることを提案する。


「そうだったんだ……よかったら、ミヤビちゃんも話してみない? 話したらスッキリするかもしれないし。あ、でも、嫌だったらいいからね?」


 歩きながらの話題。

 どんなときでもヨウスケの背中をそっと押してくれるミヤビのことをもっと知りたい。

 そんな提案に対し、一瞬だけミヤビは驚いた顔をしたが、すぐにニコッと笑った。


「そうですね。誰かに話しては来なかったですし、聞いてもらえますか? 私の話を」


 そう言ってミヤビはゆっくりと語り始めた。




 ――私は、幼いころからとても体が弱かったんです。

 未熟児で生まれたことも理由の一つかもしれません。

 退院してもすぐに入院。

 何度も入院と退院を繰り返していたので、ろくに学校にも通うことができませんでした。


 だから同じ年の友達も全くいなくて、病院の先生や看護師さんの方がずっと顔なじみになっていました。


 ちょっとした風邪でもこじらせて入院するので、長い病院生活。

 それでも毎日毎日、仕事の合間をぬってお母さんがお見舞いに来てくれていました。

 でも、そのお母さんもだんだん疲れてきているように見えて。週末にはお父さんも一緒に来てくれましたが、二人ともすごくやつれているようでした。


 その理由もわかっていたんです。

 だって、ずっと入院しているのでかなりのお金がかかっていましたから。薬だけじゃなくて、入院費も馬鹿にならない。全てを含めた治療費が高い。

 そのお金を払うために朝から晩まで働きつつ、私のお見舞いにも来てくれていた。


 家計はきっと火の車だったでしょう。

 働きづめでお父さんもお母さんも疲れていたことは間違いありません。

 その疲れからか、二人の仲が悪くなってしまいました。

 ある日、病院のベッドで私が眠っていると思ったのか、二人が喧嘩をしているのを聞いてしまったんです。


「私だって疲れているのよ? あなたがもっと、私の代わりに病院に来て、ミヤビの面倒を見てくれたっていいじゃない! 仕事に行って、病院に来て、帰ったらご飯を用意して……いつも私がミヤビのところに来てるんだからね!」

「そんなこと言うなよ。俺だって朝から晩まで働いてるんだぞ? 入院費だって俺が稼いでいるんだぞ」

「ほら、あなたはすぐにお金の話にする! この子よりお金の方が大事なの!?」


 私が健康な体で生まれてきたらよかったのに。私が生きているせいで、迷惑ばかりをかけてしまう。

 私なんて、生まれてこなければよかった。

 そう思ってから、治療を全て拒んで、治るものも治らなくなってしまいました。

 呼吸もうまくできなくなって、食べられなくなったときには、血管から栄養を入れて。それを私は無理やり引き抜いて……。


 先生も、看護師さんも、頑張って治そうとしてくれていたのはわかっています。でも、私が生きている限り、お父さんとお母さんに迷惑をかけちゃう。だから、治療なんてしたくなかった。


 そしてそのまま悪化して今に至ります。

 私の動かない体を抱きしめて泣く両親を見て、死んでしまったとわかりました。

 でも安心もしたんです。もう誰にも迷惑をかけなくて済む、二人が喧嘩をする理由がなくなる、そしてしっかり休むことができるのだから。


 両親を悲しませてしまったけれど死んでよかった。そう思った時に、別のある考えが浮かびました。

 散々、我が儘を言って両親や病院のスタッフさんに迷惑をかけて、それでも何度も助けて支えてもらっていたのに、そのお礼を誰にも何も返せていないんじゃないのかって。


 ありがとうすら言ってません。

 言っていたのは近寄らないで、もう来ないで、気持ち悪い、死にたい、みんな嫌い……そんな暴言ばかり言っていました。


 酷い言葉を何度も言ってしまったので、謝りたかったですが、それ以上に支えてくれたお礼を伝えたい。いつも来てくれた看護師さんに言葉をかけても、私の声はまったく届きませんでした。

 それはそうですよね。死んだあとの私は、いわば幽霊そのもの。


 もしかしたら、霊媒師とかお坊さんとか……すごく一部には幽霊が見える人もいるのかもしれませんが、大半の人は見えませんし、聞こえません。

 恩を返そうにも生きている人たちには、触ることができないし、話すこともできない。


 死んでしまった後に、どうしたら恩返しできるだろうかと思って、病院の中を歩き回りました。

 そうしたら病院で亡くなった人たちがいっぱいいて、いろんな話を聞きました。


 死後七日で、私達は本当に人生を終えるということもそこで聞きました。

 生きている人には何も恩返しできないかもしれない。だけれども、私と同じくすでに死んでしまった人になら、恩返しできるのではないかと。


 私が受け取った恩を誰かに返すことができるのはこの期間しかないと――……。



「それで、今の私があるんです。死んだこと自体には、後悔はしていません。増えていく薬と、体に繋がれたいくつもの機械を見てベッドの上から薄々、死が近いことは気づいていましたので。それでも、私が助けられた分は、誰かを助けたいのです。そしてその助けの輪が広がればいいのにって」


 過去を話したミヤビの顔は暗く落ち込むかと思いきや、目を輝かせており明るかった。

 未来に希望を寄せているように見えるその瞳を見つめることができず、ヨウスケは思わず目をそらす。


 ずっと見ていたら、ヨウスケ自身の心が真っ黒に染まっていくような気がした。

 人助けをすることを最期のやりたいことに入れるなんて、ヨウスケでは考えられなかった。


 しかし自らが死んでも、人を助けたいと思って行動するミヤビ姿がヨウスケにとって、かっこよく見えた。

 人助けをすることを最期のやりたいことに入れるなんて、ヨウスケでは考えられなかった。


 それに加えてちょっと前に聞いた、ミヤビのやりたいこと。

 それは人助けばかりをするミヤビの唯一のやり残したことのように聞こえた。

 それならばヨウスケでも叶えられると思い、今、歩いている。

 大変な過去を持っているからこそ、願ったやりたいこと。当たり前にヨウスケがやっていたことでもある。だからヨウスケでも叶えられると思い、今、歩いている。


「ミヤビちゃんって、大人だなあ……女の子に聞くものじゃないってイツキさんに言われそうだけど、ミヤビちゃんって何歳?」


 あまりにも強くたくましいミヤビの生きざまに、黒く染まりそうなヨウスケの心。

 それをそれ以上黒く染まらないように、こっそり拳を強く作って隠し、唐突にミヤビへ質問する。


 女の子を待たせないように行動するなど「レディに対するマナー」として色々とイツキの教えを受けていたが、さっそく違反しているため少しばかり気が引けた。

 だが、自分自身を守りたくて話題を変えようと切り出した問いかけだった。


「私は十五でしたね。学校には行っていませんでしたが、中学校三年生の代ではあります」

「やっぱり、年下かぁ。それなのに、俺よりもずっとかっこいい大人だね」


 やっぱりと言っている時点でも、ミヤビに対して失礼であることにヨウスケは気づいていない。人とのコミュニケーションをあまりとってこなかったためか、ミヤビもその発言の失礼さには気づいていなかった。


 見た目と中身の年齢は全然違う、そう思わざるを得ず、ヨウスケの口から小さく息がこぼれる。


「そっ、そんなことないですよっ! ヨウスケさんだって、かっこいいですもん! だって、知り合ったばかりのエミリさんやイツキさんを手伝ったり、自分に起きたことを知ろうと、ちゃんと前を向いていく姿はとてもかっこいいです! 素敵です! 私、好きですもん!」


 指を折りつつミヤビの思う、ヨウスケのかっこいいポイントを言い終わってから、自分がヨウスケへ向けた告白のようなことを言っていることに気づいたミヤビは顔をリンゴのように真っ赤にした。それを隠すように、両手で顔を覆うが、隠しきれていない耳が赤い。


 あわあわと慌てふためくミヤビを見て、ヨウスケも恥ずかしくなり、ボッと顔に熱が集まっていく。思わず顔を片手で覆って、ミヤビから目をそらした。


 でも、やっぱり気になってミヤビを見てしまい、同じく赤くなっていることを確認すると、どこか安心した気持ちになっていた。


「っと、とりあえず……先を急ごうか? 早くしないと、夜が終わっちゃうもんね。まだまだ歩かないと図書館にはつかないし……」

「そ、そうですねっ。行きましょうか」


 恥ずかしさで目を合わせることができず、互いに顔をそらしながら足を進める。

 そんな二人を、星たちがそっと見守っていた。

 この時はまだ、ヨウスケの体を蝕む黒い影に誰も気づいていなかった。


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