3日目
第12話 道中の写し絵
自然に囲まれた水族館から、街の中にある式場へ向かうには、一度ヨウスケの自宅近くまで行った方が近かった。
うっすらとした木々が多数映える道沿いには、ポツンポツンと立つ街灯と優しい月明かりだけが頼りになる。そんな道を歩いては止まってを繰り返す。
道中見つけた美しい景色に目を取られたり、小さな公園のブランコに揺られたり、脇道にそれつつも、着実に目的の場所へと近づいていく。
「ねー、まだー? 野良ちゃんもお疲れだよー」
エミリは疲れるはずのない体で、縁石に座り足を伸ばしている。そして、その膝上にちょこんと野良が手足を丸めてのっている。
決してエミリに賛同したわけではなさそうな野良は、口を大きく開けてあくびをした。
もう太陽が昇り、人や車が行き交うほど明るくなってきているが、目的の式場はまだ見えてはいない。
「うーん、確か大通りを真っ直ぐ行って曲がったら、見えてきたんだけどなぁ。こう……緑がぶわっと映えるところで……」
曖昧な記憶を頼りに進んでいたため、たどり着けるのか不安になりつつあった。しかも、ヨウスケが結婚式に参列したのは二年前。それ以降、式場が経営不振になり取り壊されているかもしれない。
「にゃあ」
既に取り壊されていたらどうしようと考え始めた直後、ぐぐっと体を伸ばし、急にエミリの膝上から立ち上がって、地面に降り立った野良がスタスタと歩く。
「野良ちゃんめちゃくちゃ元気じゃん。マジウケる」
語彙力のないエミリの言葉が聞こえたのか、少し進んだところで野良はヨウスケたちを見るように振り返った。
そして、ジッと見つめたまま進もうとはしない。
「もしかして……着いてきてほしいんじゃないですか?」
ミヤビは野良とヨウスケを交互に見て言った。
「いやいや。そもそも野良のネコだぞ? そんな行動するはずないよな?」
ヨウスケの言葉に、野良は何も応えない。
「野良ちゃん、もしかして案内してくれるんですか? だから野良ちゃんの後を着いてきてほしいんですよね?」
今度はミヤビがしゃがみ、野良と目を合わせながら聞いた。
「にゃあ」
すると、ミヤビの言葉を理解したかのように返事をしたのである。
「ほら! やっぱり野良ちゃんは、着いてきてほしいんですよ! 行きましょう!」
「ミヤビちゃんやば。ネコ語分かるとか、マジリスペクト」
「何となくですよー。そんな気がするんです。あ、間違っていたらごめんなさい」
そう言ってミヤビは信じることをやめずにスタスタと野良の後を追った。
野良も着いてくると分かったからか、また歩き始める。そして、ヨウスケたちもぞろぞろと歩いた。
サラリーマン。学生。主婦。老人。
色々な人が四人に目を向けることなく、すり抜けていく。人だけではない。自転車も車も、鳥だって体をすり抜ける。
初めこそはそれに驚いていたが、何度も繰り返すうちに慣れてくるのが人間である。
「見てみて。合体」
ヨウスケは信号待ちをしている杖をついた老人に重なって見せた。高校生らしい、悪ふざけだ。
真顔でまっすぐ立つヨウスケの腰のあたりから、しわくちゃな白髪の老人の顔が出る。その奇妙な見た目に、エミリが腹を抱えて笑い始めた。
「あははははっ! ヤバい、キモすぎる! ウチもやろ」
エミリも老人の隣で同じく杖を使っている老婆に重なって立つ。そしてヨウスケと同じく、真顔になってみせた。
「何で真顔っ……! 写真とっとこっ」
イツキはポケットから取り出したスマートフォンで、何枚も様々な角度から真顔のヨウスケとエミリをカメラにおさめる。
「あれ? イツキさん。私たちってカメラに写るんですか?」
信号が青になり、老人たちはゆっくりと歩いて行く。それを見送り、イツキが撮った写真に全員の注目が集まる。
「うん。これは僕が死ぬときに持っていたものだから、触れるし、使える。だから写真も撮れる。でも、ネットには繋がらないけどね」
茶色の皮のような生地で出来た手帳型ケースに収められたスマートフォンには、確かにふざけるヨウスケたちの写真が残されていた。
イツキが画面を横にスライドさせると、以前に撮影された写真も表示される。
毛づくろいをする野良も、スキップするエミリとミヤビも、そしてミヤビと話して笑い合うヨウスケの写真も残されていた。
「こんなの、いつ撮ってたんだか……てか、死ぬときに持ってたものなら、使えるってこと、ですか?」
「うん。そうみたいだよ。僕が持ってたのは、スマホと教科書とか……学校から帰る途中だったから、他に使えるものはほとんどないんだけどね」
そう言いつつ、写真を次々に見せてくれた。
中にはイツキたちがヨウスケと出会う前の写真もあった。
真っ暗なショッピングモールの中を歩くエミリや、人が多くいる昼間の遊園地でメリーゴーランドに乗るエミリとイツキのツーショット。人物画だけじゃない。満点の星空を写した写真もあった。
そしてさらにさかのぼり、表示された写真でイツキの手は止まる。
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