第10話 エミリとイツキ


「さぁさぁ、エミリ。僕たちがうるさく騒いで二人の邪魔をしてしまうのも悪いし、もう行こう?」

「えー! やだー。だって、初めてウチら以外の人に会ったんだしぃ? もっと話したいー! それに見た目的にほら、年も近いだろうし? ね、ちょっとダベろうよ?」

「ふぇ? へ? ふぁい?」


 カップルならば、暴走しがちな彼女を彼氏が押さえつけてほしかったが、そうはならず、ミヤビにグイグイと迫る。

 その圧に負けたミヤビは、驚きと戸惑いからおかしな声で返事を返す。その返事が、これから色々話すことへの同意と受けとった女子はヨウスケに立つよう促すと、代わりに空いたベンチへと腰を下ろした。


「ごめんね。エミリはちょっと強引だから……」


 そう男子に言われなくても、そうだろうなと思う。自由奔放と言えばそうだが、ワガママといえばそうだろう。

 言い方を変えれば自分を貫いている、それが少しうらやましくて唇をかんだ。


「ウチね、エミリっていうの! で、こっちのイケメンがイツキ。よろっ! 二人の名前は?」

「俺は……ヨウスケ」

「わ、私はミヤビ、ですっ」


 名前だけの簡単な自己紹介。エミリが苗字を名乗らなかったので、ヨウスケも同じく名前だけで返した。

 すると、エミリはじっと眠る野良へと目を向ける。


「ああ、こいつは……俺に着いてきた野良ネコだ。って、こいつも死んでるんだよな」


 ヨウスケの声に反応し、尻尾をゆらりと動かした。おそらく野良なりの返事なのだろう。


「へぇ、ネコも人間と同じで死んでも残るんだね。知らなかったなぁ」

「ウチら、今日までネコもイヌも見なかったよねー。ミヤビたちが特殊なんじゃね? ウチら全員特殊っちゃ、特殊だけどねー」


 たまたま、ヨウスケが過去に助けたネコが、たまたま死んでしまったヨウスケの元を訪れた。

 偶然に偶然が重なり、ここにいる野良。そこまで疑問に思ったことはなかった。


「そのことなんですけど」


 ミヤビが何か言いたそうにしている。ヨウスケたちの視線が一気にミヤビに集中した。だが、言葉がまとまらないのか、それとも勇気がないのか、なかなか言い出さない。


「え、っと。その……」


 一番年下であろう、ミヤビの言葉を待つ。

 そして、大きな深呼吸をしてからミヤビは話し始める。


「多分なんですけど、ネコちゃんと私たちが死んでもここに残るのは、神さまが最後にくれた贈り物だと思うんです」


 先ほども聞いた、ミヤビの考え。まるでファンタジーだが、今の自分が置かれている立場を考えればすんなりと受け入れられる。

 エミリとイツキも、「なるほど」といったような表情を浮かべていた。


「私、何人も同じように死んだ人に会ったんです。そこで色々とお話を伺いました。そうすると、皆さんが口を揃えて言うんです」


 ヨウスケはついさっき、ミヤビから聞いているのでその先の言葉を知っている。しかし、あれだけ喋り続けていたエミリが静かにしているので、おそらく知らないのだろう。

 イツキもじっとミヤビを見ては、続きを待っていた。


「この世に残るのは、七日間。それを過ぎれば、魂は消滅するって」

「七日だけなの? え、マジ? ヤバ」


 語彙力のないエミリは、短い言葉で感想を述べた。


「七日……僕たちが死んだのは五日前だから、大変だ。エミリ、ミヤビちゃんの言うことが本当だったら、僕たちにはあと二日間しか残ってないよ」

「マジ? ヤバ。ちょーウケる」


 さっきと全く同じエミリの反応。しかし、さっきよりも少しだけ目を大きく開いてギョッとした表情をしているようにも見えた。


「あ、いや。僕はミヤビちゃんを疑ってるとかっていう訳じゃないんだ。でも、本当にそうなのかなーって考えると、よくわかんなくてさ。直接見たらわかるんだけど、人のまた聞きだと、話が曲がっていきやすいからね……あ、ミヤビちゃんを信じないわけじゃないからね! そういう可能性もあるとは思うけど……」


 イツキは申し訳なさそうな顔をしつつ、ミヤビにそう言う。確かに、突然七日で消滅すると聞いても、しっくりこないだろう。

 このまま死んだ後もこの世に残り続けているとすれば、この世界は死者の魂ばかりが漂っていることになる。だが、今までここへくる途中でそんなにたくさんの死者たちの魂を見たわけではない。ということは、このままの状態で残るという説は限りなく薄くなる。


「私も最初は疑いました。でも、あまりにもみんなが同じことを言ったんです。もし、七日経ってもこのままだとしたら、それはそれでいいかなとも思えます。だけど本当に七日しか私たちに残されていないとしたならば、私たちはやり残したことを全部やらなくちゃいけないと思ったんです」

「それも一理あるよね。そもそもやり残したこと、ねぇ……ミヤビちゃんは何をやりたいの?」

「わ、私ですか!? えっと。えっと……」


 ミヤビがやりたいこと、やり残したことに興味があったヨウスケは口を挟まずに、耳を傾けた。


「私は、いろんな人を助けたいんです、今までずっと、人に助けられてきたので。だから今度は私が助けたい……!」


 小さな拳を握り締めたその姿は、力強く、たくましい。

 そんなミヤビに驚いた表情を向けたのは、ヨウスケだけでなく、エミリもイツキも同じ。小さな少女の言葉に、目を見開いて動きが止まる。


「マジ? ウチらより年下なのに、ウチらよりちょー中身が大人なんだけど」

「うん、僕もそう思うよ。僕はともかく、エミリよりは大人に見えるね」

「そんなっ! そんなことないですよ! お二人とも大人な雰囲気ですし、いかにも高校生って感じで素敵ですっ!」


 恥ずかしくなったのか、ミヤビは褒めているのか分からない言葉を口にする。


「そ、そういうお二人はやりたいこと、あるのですか?」

「うーん……ウチら、死んでから色々やってきたしなぁ」

「確かに色々やったね。もうあらかたやりつくしたんじゃない?」


 何も思いつかずに、エミリは斜め上を見る。うーん、と考えるものの答えられない。

 そして誰も何も言わない、無言の時が流れた。最初に静かな時に耐えきれなかったのは、エミリではなく、ヨウスケだった。ふと気になったことを口に出す。


「あ、そういえば。二人はいつ、どうやって死んだんだ?」


 言ってから気づく。

 もしかしてこれは、不謹慎もしくはデリカシーのない質問ではないのかと。死後にデリカシーも何もないが、言いたくないことかもしれない。


「あー……ウチら、ねぇ……」


 やはり言いにくいようで、エミリの表情は曇り、イツキの顔を伺った。その視線に気づいたイツキは、エミリの代わりに答える。


「僕たちは事故に遭ったんだよ。結構近くで起きた事故だったんだけど、知らない?」


 ヨウスケが死んだとされた日は二日前のこと。それより後に起きた事故ならば知るよしもなかった。だが、ヨウスケの脳裏にあるニュースが思い浮かぶ。


 隣の市で起きた事故。

 スマートフォンを操作しながら運転していたトラック運転手が、ハンドル操作を誤り路上にいた歩行者をはねた。たまたまその場にいたために、事故に巻き込まれて二人の命が失われ、数名の負傷者を出した。


 ニュース番組で見かけた、亡くなった人の名前。ハッキリとは覚えていないが、男女で、年齢が近いことだけ頭に残っていた。

 もしかしたら、その事故の被害者がこの二人なのかもしれない。理不尽な死に方をした二人を可哀想と思った。


「すみません、私は知らないです……」


 ミヤビは悲しそうな顔で謝った。

 自分の発言が、小さな彼女を悲しませるきっかけになってしまったことが申し訳なくて、場の空気を変えたかったが何も言えずに再び静かな時が流れる。


「ま、ウチらのことはいいってことよ。気にしないでってーの!」


 元気出してと言うように、エミリは優しくミヤビの肩を叩く。ヨウスケは自分にはない明るさが、少し羨ましく感じた。


「ヨウスケくんも気にしなくていいからね。僕らは僕らで、死んだのも受け入れたんだし。死んでからもやりたいことやってきたしね」


 エミリの明るい声とは違い、落ち着いた声でヨウスケにも気を配るイツキの目は、とても優しかった。

 自らの死を受け入れたエミリとイツキ。

 死んでも人を助けたいと言うミヤビ。

 それに対し、未だに自分がどうやって死んだのかわからず、場を荒らすことしかできないヨウスケ。


 あまりにも違う三人に、自分も早く死んだことを受け入れなければならないのだ

と焦りが生まれる。


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