ビールと共に。

麻木香豆

小学二年生の息子が作ってくれた卵焼き。(大根おろしはあとのせで)

 金曜の夜、仕事帰り。今日も忙しかった、と独り言を言いながら玄関を開けて廊下を抜けて台所に行く。そこにはエプロンを着た息子がいた。届かないから踏み台に乗っている。卵を割っていた。シンクの上には不器用な割れ方をした卵の殻がいくつか。


「おい、料理するのか。一人で台所に立つのはダメだと言ったろ?」

「いいじゃん、お父さんのおつまみがないなーと思って」

「今は呑まないからいいよ」

「たまには呑んで。明日はお休みでしょう」

 小学二年生ながらしっかりして大人びた息子。何を作ろうとしたのか。普段は自分が休みの日に平日の夜の分の料理などを作り置きしたり朝の時間のある時に夜ご飯を作ったり、最悪レトルトやレンチンのものを用意しておく。全部息子がレンジで温めれば食べられるようにしてある。火を使うときは1人ではダメだというのは約束している。

「卵焼き作ろうかなって」

「おお、作れるのか。じゃあ一緒に枝豆茹でたらさらに美味しそう」

「呑まないって言ったくせに」

 そうだが息子が作る卵焼きときたら美味しそうじゃないか。作ったことないし、作ってるのを横から見てたようなそうでないような。あ、ビールは冷えてるか?

 冷蔵庫開けたらちゃんと置いてあった。しばらく仕事が立て込むからと禁酒しようと床下収納に保管しておいたのだが。息子がわざわざ冷やしてくれたのか。あんなに床下収納開けるの怖い、お化けや妖怪が出そうって嫌がっていたくせに。気の利いた息子だな。



「冷蔵庫開けたついでに卵とって」

「お、おう。あ、ビール用意してくれてありがとうな」

「うん……いいから早く。枝豆は冷凍のでいい?」

「ああ、父さんが茹でるから」

 男二人で台所に立つ。小さい手ながらも器用に卵を割る息子。誰に教わったのだろうか。こいつの母親はもういないのに。病で死んでしまった妻が料理を作っていた姿を重ねてしまう。彼女はあまり料理を作るのを見られるのが嫌で一緒に台所には立たれるのが嫌だ、1人で料理がしたいと台所から追い出されてしまってたがこっそりのぞいてはいた。

「作り方は本を見たんだよ」

 少し照れ臭そうな顔をしている。息子も見られるのが苦手なのか、いやそうでもないか。不安だから見て、という感じもするが。それにしても最近はネットで調べればすぐなんでも出てくるしいろんなレシピもあるだろうに、本で探してくれたのか。パソコンの使い方も教えてないが、学校で教わったのだろう。たまに学校から支給されたノートパソコンを持って帰ってきては人差し指でカタカタと不器用にキーーボードを打っていた。まだローマ字で打つ方法は知らないのだろう。そうやって調べたのだろうか。すごいなぁ今の小学生は。


 出来上がった卵焼きは少し焦げてるがいい形である。その上に大根おろしをかけるか、いや、素の卵焼きを味わおう。

「お父さん、大根ある?」


 大根は近所の人からもらっていたからたまたまあり、おろしがねを渡すと尖ってるのがいっぱいだからとそこは俺がやるのかっと思いながらも大根をすり下ろす。変なところで怖がりなんだな。そこは小学生だな。おかしくて笑ってしまう。

「なに笑ってんだよぉ、お父さん」

こういう喋り方もどこで覚えてきたんだか。何年かしたら口も聞いてくれなくなるのかなんか心配になる。



 作り置きしておいたご飯たちを並べてあたため、それと共に息子の卵焼きと俺のすった大根おろし、生姜チューブ。

 そして冷えたビール。息子はもちろん飲めないから夕時には飲ませないオレンジジュースを注いでやった。お礼も込めて。

 いつも以上にビールが美味しい。大根おろしをつける前に息子が作ってくれた卵焼き。卵そのものの味と少し焦げもあるけども今までの卵焼きの中でも一番美味しく感じるのは父親の親バカ採点が入ってるからだろうか。もしそんなこと言った時には亡くなった妻にはヤキモチ妬かれてしまうからその時は君の卵焼きの方が一番美味しいよって息子が寝静まった時に言ってやらないとな。


「また作ってくれよな」

「またね」

「お前が20歳になったらそのオレンジジュースはビールになって、一緒に飲めたらなぁ」

「やだよ、オレンジジュースがいいよ」

「そんなこと言って、絶対ビールが好きになるぞ。父さんと同じ呑んだくれになる」

「こうやって? へへへ〜」


 と息子は酔った真似をして笑う。息子も知ってる、俺が呑んだくれって。妻が死んでからしばらく週末泣きながらビールを飲んでそのまま台所で寝て。次の日の昼まで寝てしまってたこと。とある日、気づいたら毛布を肩にかけられていた。息子がかけてくれたのであろう。

 それからは反省して夜な夜な呑むのは、と思ってほどほどにしてたんだが。息子にはあんな風に映ってたのか、恥ずかしい。


 でも今日は特別にあともう一本、呑もう。

「お父さん、なんで泣いてるの? やっぱりお父さんビール飲むと泣くね」

「んー、大根おろしがツーンとくる」

 てごまかしてみたが……。二年生の息子は気づいても気づかぬふりをしてくれた。優しいな、そんな気遣いが妻に似ている。


 終

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ビールと共に。 麻木香豆 @hacchi3dayo

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