『婚約破棄アグロ』VS『聖女コントロール』、デュエル・スタンバイ!

ななみや

一話完結

□□用語解説□□



アグロデッキ:

小粒な生き物をとか呪文を使って、序盤のうちにゲームを決めきるデッキのこと

序盤に決めきれなければ大体負ける



コントロールデッキ:

アグロとは逆に、序盤は攻撃に耐えて後半に逆転するデッキのこと

序盤に攻撃されすぎると大体負ける



コンボデッキ:

必要なカードを揃えて、一撃必殺のような攻撃を決めて勝利するデッキのこと

必要なカードが揃わないと大体負ける



□□用語解説終わり□□





「公爵令嬢ミリアルよ、今日は我が婚約者であるお前に、言うべきことがある」


 王太子リエルド殿下が私に対してそう言いながら、カードの束をシャッフルしています。



「いいでしょう。ここでの流儀は全て決闘デュエルで決める。受けて立ちますわ」


 リエルド殿下の誘いならば受けて立たねばなりません。


 同じく私もカードの束をシャッフルし、デュエルディスクにセットしました。



「さあさあ始まりました! 王太子リエルド殿下とその婚約者ミリアルとの世紀の一戦です! 解説はスペシャルゲストとしてエリーゼ王妃。そして実況は私、王立騎士団副団長のガーナードが務めて参ります! さあ、ヘヴン・オア・ヘル! デュエル・スタンバイ!」



 今宵は学院の卒業パーティの日。


 観客は貴族の子弟から王宮の近衛兵まで事欠きません。


 いつも司会を買って出るガーナードさんも、いつになく気合いが入っているようです。



 ……こちらとしてはできるだけ穏やかに事を運んで欲しいのですけどね。



「リエルド様! クソ生意気な姉の鼻っ柱など粉々に砕き潰してやって下さいませ!」



 今叫んだのは私の妹であるミレット。


 身内でありながら私の正式な婚約者であるリエルド殿下に横恋慕をしている不届きな妹です。


 最大限まろやかに申し上げて恋敵みたいなものですが、教養がなく口が悪いのは相変わらずですね。



 と言いますかミレットやめなさい。


 淑女が「殺せー! 奪えー!」などとコールを上げるものではありません。


 それに、今ここは神聖な決闘デュエルの場なのです。



「俺のターン! 『婚約破棄こんやくはき』をセットしエンドだ!」


 先攻のリエルド殿下が最初のターンで『婚約破棄こんやくはき』を場に出し高らかにエンドを宣言しました。


 殿下のデッキは『婚約破棄こんやくはきデッキ』、オーソドックスなアグロ型ですね。



 いいでしょう。


 私の独自チューニングを施した『聖女せいじょコントロール』で、返り討ちにして差し上げます。



「私のターン、ドロー。第一ターンは何もせずエンドです」




「低速デッキで俺に勝てると思うのか? 俺のターン、ドローの後に『おまえいもうと不当ふとうにいじめたな』を場に出してエンドだ」



「さあここで王太子側は『おまえいもうと不当ふとうにいじめたな』を出してきた! この展開、どうですか? 解説のエリーゼ王妃」


「アグロデッキの動きとしては理想的な動き出しと言えます。『おまえいもうと不当ふとうにいじめたな』は序盤からクロックダメージ刻んであたえていけますので、受け手に回る公爵令嬢ミリアルにとってはプレッシャーになるでしょう」



 無責任な実況と解説の声が会場に響き渡ります。


 こちらは必死に思考を巡らせていると言うのに全く……。



「私のターン、一枚ドローします。そして『おまえいもうと不当ふとうにいじめたな』を対象にして『あらぬ誤解ごかいです』を撃ってエンドです」


「む……除去札を握っていたか、良かろう」



 流石に『おまえいもうと不当ふとうにいじめたな』は野放しにできない……除去はもう少し残しておきたかったのですが、ここは使わせて頂きます。



「俺のターン、『公務こうむいていたな』と『おまえいは婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしくない』を展開してエンドだ」



「私のターンです。『公務こうむいていたな』については『他者たしゃ尻拭しりぬぐいにいていただけです』で対処させて頂きます。『おまえいは婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしくない』についてはスルーで」



 流石の展開力ですね。


 伊達に環境最速のアグロデッキを名乗っているわけではないと言うところですか。



「俺のターン! ドロー! そして『おまえいは婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしくない』でアタック!」


「受けましょう。ライフに3ポイントのダメージです」



 3ポイントのダメージを受け続けるのは中々痛いですね……。



「更に『貴様きさまごときに王妃おうひつとまるものか』と『いもうとほう婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしい』を場に展開してエンドだ!」



 相手の場には『おまえいは婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしくない』、『貴様きさまごときに王妃おうひつとまるものか』、そして『いもうとほう婚約者こんやくしゃとして相応ふさわしい』の3つ……。


 かなり厳しい展開ですので仕方ない……。



「私のターンです。ドローの後に『聖女せいじょたるわたし』を場に出します。『聖女せいじょたるわたし』の効果で王太子殿下の場のカードは全て捨て場に送られます」



「でたー! ここで『聖女コントロール』のキーカード、『聖女せいじょたるわたし』でリエルド殿下のダメージソースを一気に捨て場に送りました! この展開は予想できましたか? 解説のエリーゼ王妃!」


「これは逆転の一手と言えるでしょう。リエルドは相当苦しいはずです」



 ……いえ、残念ながら正直『聖女せいじょ』着地を前倒ししなければならなかったと言う展開ですね。



 出来る事なら、もう少し引き付けてから『聖女せいじょ』を撃ちたかった……。


 しかし、リエルド殿下の展開力が思いのほか強く、早めに全体除去兼エンドカードである『聖女せいじょ』を使わざるを得なかった……と言うのが実情です。



 そしてミレット、やめなさい。


 唐突に「全体除去とは卑怯だぞ! 人の心が無いのかこのフィギュアオタクが!」などと叫ぶのは。


 姉が密かに嗜んでいる趣味を皆様にばらすのは本当にやめなさい。



「くくく……『聖女せいじょ』を使ったな?」



 リエルド殿下が不敵に笑います。


 そう。アグロにも関わらず、殿下の手札はまだ潤沢なのです。


 やはり……『聖女せいじょ』を切るのが早すぎましたか……。


 『聖女せいじょ』と婚約破棄アグロのダメージレースとなるのは致し方ないところですね……。



「俺のターン! 『聖女せいじょ』に対して『ここでワシのマシンガンがくんじゃ!』を撃つ! これでお前の『聖女せいじょ』は捨て場送りとなった!」



 ……な!?


 婚約破棄デッキに『ここでワシのマシンガンがくんじゃ!』!?


 確かに『ここでワシのマシンガンがくんじゃ!』は優秀な除去カード……。


 『ファンタジー』属性のあらゆる除去を撥ね退ける『聖女せいじょ』であっても、『アクション』と『コメディ』の二属性であるこのカードには無力です。



 ですが、婚約破棄デッキに入れるにはいささか無理を通すと言うもの……まさか、デッキを歪めてまで『ここでワシのマシンガンがくんじゃ!』を入れるなんて……。



「そして『真実しんじつあいつけた』を場に出しターンエンドだ!」



「ここでリエルド殿下、難攻不落と思われていた『聖女せいじょ』を切り崩したー! いやー、予想外の展開ですねエリーゼ王妃」


「はい。たとえ『聖女せいじょ』であっても、マシンガンの乱射には勝てないと言う事ですね。キーカードである『聖女せいじょ』を失ってしまった今、公爵令嬢ミリアルが挽回するのは厳しいでしょう」



「く……。私のターン! ドロー! ……エンドです!」



 この展開はまずいですね……。


 除去を『聖女せいじょ』に頼り過ぎていた……。


 何とか……何とかを揃えなければ……!



「俺のターン! ドロー! 『真実しんじつあいつけた』でアタック!」



「……ライフに4ポイントのダメージです」



「そして『おまえをこの城下じょうかから追放ついほうする』と『もはやこのくににおまえ居場所いばしょはない』を出してエンドだ!」



 一度は『聖女せいじょ』によって流された場を、リエルド殿下は再び盤石のものとしてきます。


 次のドローで対抗策を引かなければ、私の敗北です。


 願わくば決闘デュエルの女神よ……私に微笑んでください……。



 あと、ついでなので言っておきますがミレットやめなさい。


「早く諦めろー! お前の部屋にあるカメラのレンズを片っ端から捨てるぞこの沼女!」と叫ぶのはやめなさい。


 まだレンズは12個しかありませんし、フィギュアを撮るのにそれぞれ最適なレンズが必要なのです。


 姉はレンズ沼に嵌まってなどいません。




「私のターン! ドロー!!」



……。




「どうした? 何を固まっている? 投了するならそう宣言しろ」



 ……神よ。



「いえ……失礼いたしました、私のターンでしたね。『辺境へんきょうへのみち』を唱えます」


「……む?」



「そして『辺境へんきょうへのみち』の効果でデッキから『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』を探して場に出します」


「な……まさか……!」



「場にある『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』に対して『王都おうと知識ちしき』を付与します」


「『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』は『即時行動そくじこうどう』の能力がありますので、場に出たターンから行動できます。『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』でリエルド殿下本体にアタックです。5ポイントのダメージで宜しいですね」


「ぐ……」



「そしてプレイヤーにダメージを与えたことで、『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』に付与した『王都おうと知識ちしき』の効果が発動いたします。『おたがいのデッキの一番上いちばんうえのカードをて、コストのおおきいほう追加ついかターンをる』と言う効果です。それでは、デッキトップを見ましょうか」



「私のデッキトップは『聖女せいじょ祝福しゅくふく』、リエルド殿下のデッキトップは『いもうとよ、おれ結婚けっこんしてくれるか』ですね。『聖女せいじょ祝福しゅくふく』の方がコストが高いので続けて私のターンです」


「ま……待ってくれ、待ってくれミリアル……!」



 リエルド殿下も慌てておりますが、残念ながら最早遅きに逸しました。


 私のデッキに組み込まれたコンボ、これで完成です。



「私の追加ターンです。『剣聖けんせい、そして辺境伯へんきょうはく』には新たに『都市としをここにつくりましょう』を付与します。加えて『民衆みんしゅう掌握しょうあく』、『王都おうとからの人口流入じんこうりゅうにゅう』を唱えます」


「な……なにぃ!? 『辺境へんきょうがり』コンボだと!? お、お前のデッキは『聖女せいじょコントロール』ではないのか!?」



 そう、『辺境へんきょうがり』。


 リエルド殿下のマシンガンと同じく、『聖女せいじょコントロール』に組み込むには少々難しいものです。



 『聖女せいじょコントロール』の勝ち筋は『聖女せいじょ』と『辺境伯へんきょうはく』だけで何とかするか、デッキに入れても無理のない『辺境へんきょうスローライフ』系のコンボが基本です。



 しかし、現在の混沌としたメタ環境の中では、それだけではあまりにも勝ち筋が細すぎる……。


 現に今日も唐突なマシンガンで『聖女せいじょ』はやられてしまいました。



 故に私はデッキ構築やプレイングが多少難解になろうとも、あえて『辺境へんきょうがり』要素を入れさせて頂きました。




「これでコンボ完成です。いきます! ドロー! 『恋愛れんあい』系統! リエルド殿下に3ダメージ!」


「ぐああぁ!」



「更にドロー! また『恋愛れんあい』系統! リエルド殿下に3ダメージの追撃!!」


「がはぁ!!」




「公爵令嬢ミリアルの『辺境へんきょうがり』コンボが炸裂したー! ドローで『恋愛れんあい』系統を引く度に、リエルド殿下に3ポイントのダメージが入っていくー!! ダメージが入る度にドローが発動するのだからもう止まらないーー!!!」


「流石にもうやめてあげた方がいいのではないでしょうか。リエルドのライフポイントが0を下回っていますね」



 ギリギリでした。


 あそこで『辺境へんきょうへのみち』を引けなければ負けていたのは私でした。



 そしてやめなさいミレット。


 勝ち馬に乗ろうとして「流石はお姉様! 私はずっと信じておりましたわ!」などと今更言うのはやめなさい。


 貴女の私に対する罵詈雑言は生涯忘れることはありませんよミレット。




「ぐ……何と言う事だ……。あそこまで追い込んでおきながら予期せぬ手で敗れるとはな……」


「紙一重でした……流石はリエルド殿下と言ったところです。いい勝負でした」



 私はリエルド殿下に手を差し伸べ、リエルド殿下もそれに応え固い握手を結びます。



「僅かな勝ち筋を手繰り寄せた公爵令嬢ミリアルも、そのミリアルをあと一歩のところまで追い詰めたリエルド殿下も見事でした! 皆様、どうか激闘を演じた両者に惜しみない拍手をお与え下さい!!」



 握手を交わす私とリエルド殿下に、パーティ出席者の皆様から万雷の拍手を頂きました。


 卒業パーティという特別なときの中で、このような白熱した催しをさせて頂けるなどと、身に余る光栄でございます。







 ……ところで余談ですが、婚約は普通に破棄されました。


 次回『リエルド殿下 死す』。デュエル・スタンバイ。

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