冒険士ギルドの持ち込み食材飯

綿野 明

黒い根っこと変なハリネズミ 前編



 ローデは、冒険士組合ギルド「竜の巣」の冒険士だ。


 冒険家、ではなく、冒険士。普通じゃないが、竜の巣に出入りする猛者達はみんなそう名乗る。なぜなら、なんとなく「士」の方が使命を背負ってるっぽくてカッコいいからだ。


「俺達は世界の謎を解き明かす使命を背負ってる……そうだろ? 塔の賢者様は生ける叡智と呼ばれてるが、塔から出てこない。前人未到の秘境に立ち入り、謎という名の宝物ほうもつを発見するのは俺達の役目だ……俺達は書物を書けないが、後世に残る叡智の発端をかの賢人へ与えているのは俺達ってわけ」

じゃなくの間違いだろ。書いてるやつは書いてるぜ、遺跡の研究に関する論文」


 カウンターに頬杖をついた髭もじゃドワーフが、退屈したように片眉を上げて言った。いや、実際退屈しているのだ。ローデがこの手の陶酔した語りを始めるのはいつものことだから。


「う、うるせえな!」


 ちょっと顔を赤くしたローデは、通りすがりにクスッと笑ってゆく女性冒険士達をちらっと見て、更に耳まで赤くした。咳払いして、抱えていた大きな袋をドサッとカウンターに乗せる。


「そんなことより、今日も持ってきてやったぜ」

「『持ってきてやった』ってなあ……お前、代金値引いて欲しいだけだろ」

「んなこたねえよ。ゴムのおっさんだって結構楽しんでんじゃねえか。だからわざわざ看板まで作ってんだろ」


 カウンターの横の壁に乱暴に傾いて打ちつけられた板を顎でしゃくる。板には赤い塗料で「食材持ち込みで割引。良質・希少なら差額支払いあり」と殴り書かれている。


「まあな。てか厨房長様と呼べ、厨房長様と」


 賑やかなギルドの食堂を切り盛りするドワーフの厨房長ゴムは、きっちり編み込んだ髭をひと撫ですると、彼の身の丈ほどある丈夫な帆布の袋を引っ掴んでズズッと引き寄せ、固く結ばれた紐を解きにかかった。


「で、今度は何拾ってきた」

「拾ったんじゃない、狩ったんだ」

「はいはい」


 太い指で器用に紐を解いたゴムが、袋の口に片手を突っ込んだ。引っ張り出したのは、ひょろっと長くて真っ黒なもの。


「木の根っこじゃねえか。こりゃまた、さぞ勇猛果敢に戦ったんだろうなあ」

「先にそっちを出すなよ! 大物があんだろ大物が……ていうかそれも美味うめえんだって、しゃぶってるといつまでも旨い味が滲み出てくんの」

「おい、まさか既にお前がしゃぶった後じゃねえだろうな」

「ちげえよ。それはこっち」

「出すな!」


 怒鳴られて、ローデはちぇっと唇を尖らせながら先の方が噛み潰された木の根をポケットにしまい直した。ゴムが「んなとこに入れんなよ……」とため息をつく。


「しっかし、木炭みたいに真っ黒だな」

「なあそれはいいから、早く獲物」

「はいはい」


 ドワーフは袋の口を大きく開けて中を覗き込み、そして顔をしかめた。


「……なんだこれ?」

「変なハリネズミ」

「ハリネズミ……? お前はこれを、ハリネズミだと思ったのか……?」


 困惑した様子に、ちびちび酒を飲みながら情報交換に興じていた冒険士達が一人また一人と振り返り、半分椅子から腰を浮かせて首を伸ばし気味にこちらを見た。みんな珍しいものが大好きなのだ。


「血抜きして内臓抜いて、川で洗ってある。見ろよこの切り口、俺も上手くなったもんだろ?」

「ああ……おいトグ、これ本部の同定に回せ」

「はい、ゴムさん!」


 ゴムはローデの自慢話を雑に聞き流し、ちょうど樽から酒を汲んでいた弟子のトグを呼んだ。スラっと背の高い人間の弟子トグは銀に近い金髪をきらめかせて爽やかに笑顔を振り撒き、女性冒険士達がぴったり揃った動作で彼を目で追った。


「相変わらずモテるな……」

「そんなことないですよ、全然」


 彼はこんな荒くれ者達の集う酒場に全く似合わない上品さで、少し困ったように眉を下げて微笑む。「鷲獅子グリフォン級」の熟練冒険士アレーナが、グリフォンも尻尾を丸めて逃げ出しそうな狩人の目で彼を見ている。そしてそのままのすごい目でギロッとローデを見て、顎をくいっとする。私も混ぜろと言っているらしい。


「……ええと、これ既に同定に回してあるぜ。新種じゃないらしい」

「そうでしたか。何なんです。これ?」

「……なんて言ったかな、ええとメモ、あれ?」


 わざとらしくメモを無くしたふりでポケットを漁っていると、鷲獅子姫しゅうししひめことアレーナがズンズンと大股に歩み寄ってきた。迫力がやばい。あと胸がでかい。


「チュア、という名の尾歯類びしるいだ。故にハリネズミというのはお門違いだぞ、ローデ。齧歯類げっしるいでないのは一目瞭然だろう」

「アレーナさん、さすがお詳しい」


 トグが華やかにニコッとする。アレーナは余裕たっぷりに微笑み返したが、瞳孔が開いている。


「ビシルイって何だ? チュア? 聞いたことねえな……どんな味だ?」


 と、難しい顔で獲物を睨んでいたゴム料理長が口を挟んだ。袋から獲物を引っ張り出してしげしげと眺める。細長く尖った鼻先に口はなく、胴体は真紅の棘に覆われていて、長い尾は先がポンと丸い。


「味は知らない。食べたという話も聞かない」

「食べられそうな見た目じゃありませんものね」


 トグがニコッとして、そして尻尾の先端のすぼまりを、繊細そうな容姿に反して全くためらいのない手つきでぴろっと広げた。中にはずらりと鋭い歯が並んでいて、奥には舌も見える。


「うわぁ、変なところに口がついてるなあ……」

「なんでこれ持ち込んだ?」


 トグはキラキラと目を輝かせ、ゴムはもじゃもじゃの眉を思いっきり寄せた。アレーナは小さな声でぶつぶつと「これ、これがイイんだよ……この優男っぷりで実はこの豪胆さ、好奇心旺盛で……」と言っている。目は爛々としている。怖い。


「棘はすげえ辛かったぜ。香辛料になるかも」

「食ったのかよ……それ毒じゃねえのか?」


 ゴムがツンツンと爪の先で真っ赤な棘をつつきながら言う。改めて見ると一本一本がしっかり太くて艶があり、背中の方に向かって倒れている。ハリネズミよりはヤマアラシっぽいかもしれない。


「さくらんぼみたいな色だろ? 美味そうだったから。腹は壊さなかったぜ」

「へえ、辛いんですか」


 トグが棘を一本ぶちりとむしって、ゴムが止める間もなく先端を口に含む。そして「辛っ!」と目を丸くしてすぐに引き抜いた。


「トウガラシで言うと、帝王級に辛いですよ」

「そんなにかよ」

「しかし香りはかなり違いますね。むしろ燦椒さんしょうとか礫椒れきしょうとか、西の方の香辛料に近い香りだな」

「なんでだよ……ネズミの棘だろ……」


 ゴムが困惑に唸ると、トグは少し赤くなった唇に妙に色っぽい仕草で指先を押し当て「なるほど、これはグリフォンも食べられないだろうなあ……鷲獅子姫、味見してみます?」と薄っすら唾液に濡れた棘を差し出した。アレーナはかあっと真っ赤になって「え、いや、え、え、わたし」と目を泳がせ、トグが「ふふ、冗談ですよ。これだけ食べても美味しくないですからね」と笑う。


「お前らさ……」


 付き合わねえの? と尋ねようとして、ちらと視線だけで振り返ったトグを見て口をつぐんだ。どうやら蛇さんはまだじっくり狩りを楽しみたいらしい。触らないでおこう。


「まあ、とりあえず捌いてみっか」


 すると、いい具合にゴムが気まずい流れを遮ってくれた。ローデがホッとして「頼む」と言うと、そういえば腹が減っていることを思い出す。


「ちょいと時間かかるかもしれねえから、呑んで待ってな。おいトグ、『待ちの一杯』だ」


 どうやら待っている間に一杯やってていいらしい。ローデはにやりとして、ここの酒の味を思い出して生唾を飲んだ。





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