第23話 あれが噂の黒いヤツだったんだ

 風切り音の正体は電磁弩リニアアルバレストから、放たれた極超音速の日緋色金ヒヒイロカネ製の弾丸だ。

 宙で赤く輝いていたマンゴーシュもどきを貫通し、闇夜を切り裂く白銀のナイフのように一直線に進んでいった。


(目標に当たったんだろうか?)


 悠がそんな不安を抱く暇もなく、地面が大きく、グラリと揺らいだ。

 巨大な物体――お化け百足がもんどりうって、大地に倒れたとしか思えない衝撃波が発生していた。

 同時に悠の周囲が突如として、騒がしくなる。

 全天モニターを警告を報せる真っ赤な文字が表示され、警告音が鳴り響いた。


『高エネルギー反応を察知』

『速やかなる回避行動を取られたし』


(そう言われても動けないんだよな)


 人間という生き物は追い詰められると逆に突拍子もない行動に出ることがある。

 今、悠の置かれた状況がまさにそれだった。

 どうしようもないほどに追い詰められているのになぜか、笑えてくるのだ。


 ふと空を見上げると黒いドラゴンの顎が開き、今まさにその高エネルギーを撃とうとしている瞬間だった。


「君に殺されるなら、本望さ」


 悠はなぜ、そんな言葉がすんなりと出てきたのか、自分でも不思議だった。

 ドラゴンの周囲に漂っていたマンゴーシュからも色とりどりの光が撃ち出される。

 まるで一直線に伸びる虹のようできれいだ。

 悠は他人事ひとごとのようにその光景に見惚れていた。


 しかし、痛みも衝撃も襲ってはこなかった。

 拍子抜けした悠だったが、さらに驚かされることになる。


「降りてくる!?」


 漆黒の竜が音もなく、静かに舞い降りようとしていた。

 それも悠の駆るマーズの目の前にだった。


「何だ?」


 違和感を感じたのはその形が徐々に竜ではないモノに変化したからだ。

 折り畳まれていた逆関節状の後足がゆっくりと伸ばされ、流線形で滑らかでありながらも流麗さを感じる長く、美しい脚に変形していた。

 腕も鎌状の刃がきれいに収納され、代わりに五本の指を備えたマニュピレーターが存在感を主張している。


 そして、紅玉ルビーの色をした単眼モノアイが、悠を射竦めるように捉えていた。

 そこにあったのはドラゴンの頭部ではない。

 二本角のような意匠が特徴的な頭部に悠は見覚えがあった。

 クラーケンとの戦いに現れた漆黒の機兵マシナリーで間違いないと確信する悠だったが、同時に疑問を抱いていた。


(あの時、確かに助けてくれたように見えた黒いヤツがなぜ……?)


 変形機構を備えた機体は存在しないとされていた。

 かつて、高火力に特化した戦車形態への変形機構を備えた装甲機兵アーマードマシナリーが開発されたことがあった。

 高い火力と機動性を有するという最低限の目標は達成したもののあまりにも巨大になりすぎたこととコストパフォーマンスの悪さにたった一機の試作機が製作されただけで開発が中止されたという代物だった。


 それが変形機構を備えているだけでも異例中の異例なのにさらに空を飛んでいるのだ。

 規格外としか、考えられない仕様だった。

 確かに先進諸国が躍起になって、追加装備を施さずに単独で大気圏内を飛行可能な装甲機兵アーマードマシナリーを開発しているのは事実である。

 実用に至ったという話は噂にすら、流れないだけではなく、空を支配する強力な怪異に阻まれていたのだ。


 紅い単眼モノアイはふと悠から、視線を外すと音もなく、走り去っていった。

 視線が外れた時、どことなく、寂しさを感じたのは気のせいだったのだろうか? と悠は思った。

 不思議なことに感情があるとは思えない単眼モノアイも寂しいと訴えているかのような錯覚すら、覚えていた。

 その背後を守るように敵性マーズを全て、屠ったもう一機の黒い機兵マシナリーが追随していった。


(そうか! あれが噂の黒いヤツだったんだ)


 一人取り残されることになった悠は一人合点していた。

 翼のあるのが黒い幽霊シュヴァルツガイスト

 爪のあるのが黒狼シュヴァルツヴォルフ

 彼はそう呼称される謎の機兵マシナリーの姿をはっきり、その目で確認した最初の人間となった。


 敵なのか? 味方なのか?

 どの国の機関に所属しているのかも分からない。

 謎が謎を呼ぶ二機の黒い装甲機兵アーマードマシナリーの思惑を知る者は誰もいない。

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