第22話 パワーも凄いな

 機械仕掛けの黒い竜は悠の様子を窺うように静かに滞空したままだった。

 何かを仕掛ける訳でもなく、敵意も全く、感じさせない。


 不思議な形状をしている機械仕掛けのドラゴン。

 全身は機兵マシナリーのように鋼に覆われており、鱗の類は全く、見えない。

 闇よりも昏い漆黒の鋼は月の光を浴び、鈍い輝きを見せている。

 流線形を思わせる流麗なフォルムは奇妙にも一種の色気と美しささえ、感じさせるものだ。


 頭には角状の突起物が四本生えており、赤く輝く双眼と鋭い牙が覗く顎は伝説に謳われる竜に似て、周囲を圧する威容を誇っている。

 後ろ足は逆関節になっており、飛行の邪魔にならないように考えられているようだった。

 飛行機の降着装置のように完全収納とはいかないまでも空力を妨げない形状に軽く折り畳まれている。

 背中から伸びている大きな赤い翼は蝙蝠の羽に似ていた。


 それ以上に目を引く箇所がある。

 人でいうところの腕に相当する部分だ。

 ドラゴンという伝説上の生物を象る形状をしている以上、人のそれとは異なる形であると想像するのは容易だろう。

 しかし、そこにあるのは鋭い爪を備えた三本の指、もしくは四本の指を備えた腕ではない。

 強いて例えるのならば、蟷螂かまきりの鎌状の前脚に似ているだろう。

 鋭く尖った鎌のような形状をした部位は燐光を帯びていた。

 何らかの力が宿っているとみて、間違いなかった。


 しかし、悠は依然として、不思議な思いを抱いていた。

 あれだけ、恐ろしい姿をした得体の知れないモノを前にしながら、感じるのは恐怖ではなく、親近感なのだ。

 そのせいだろうか、油断が生じていた。

 思うことなく、彼はの気が緩んでいたのだ。


「しまった」


 悠が気付いた時には白兵戦用のサーベルを手に目の前に迫る敵性マーズの姿があった。

 機体の身動きが取れない以上、選択出来る対処法は多くない。

 まだ、動きが取れる右足に全てのパワーを集め、後方に飛び退ることも選択肢に入れた悠だったが、それが無理と判断するのは一瞬すら、必要なかった。

 左が完全に使い物にならない以上、右に負荷がかかれば、回避が出来るという保証がないのだ。


 ならば、まだ動く手を使うしか、ないのだろうかと悠の灰色の脳が高速で回転を始める。

 しかし、両腕ともにダメージが蓄積している。

 まともに動作するかどうかも怪しい損傷度の高さだった。

 ならば、サーベルの切り付けを見切り、白刃取りをするのはどうだろうかと考える。

 それを実行し、成功させる自信があったのだ。

 決まれば、無力化させることも可能だが、問題はやはり腕の状態だろう。

 安全策とは言い難いものだった。


(どうするか? 比較的、まだ動く右腕を活用するしかないか)


 左腕を引き千切り、飛び道具代わりに投げつけるというのはどうだろう。

 上手くいけば、『ロケットパンチ』とでも名付けられそうだが……。

 ついに現実逃避を始めたとしか、思えない取り留めの無く、現実的ではないアイデアの数々が悠の頭を掠めていく。


(ええい、迷っている場合じゃない。やるしかないか!)


 覚悟を決めた悠がマーズの左腕を力任せに引き千切ろうとしたその時だった。

 切りかかろうとしていた敵性マーズを邪魔するように手前の地面が凄まじい、土煙を噴き上げた。

 そして、目の前の大地を破るように大きな黒い影が飛び出したのだ。


「ガオオオオン」


 狼の咆哮を思わせる金属同士の激しく、ぶつかり合う耳障りな衝撃音が響いたかと思うと何かが倒れるけたたましい音が木霊した。


「何だ!?」


 まるで間欠泉のように噴き上がった土煙がようやく晴れるとそこには見たことのない真っ黒な装甲機兵アーマードマシナリーの姿があった。


 大きさはマーズよりもやや小さい。

 しかし、流線形というより、マッシブでスパルタンな印象を与える男性的なデザインのせいか、小型であると感じさせない。

 空に浮かぶ黒い機体は全体がスマートで流線形の美しいフォルムをしており、女性的な美しさを追及したかのようなデザインなのを考えると対照的なものだった。

 その武骨なデザインは戦う為に生まれてきたと言われても不思議ではないものだ。


 腕部と脚部にもその傾向が色濃く、現れていた。

 腕部マニュピレーターは人と同じ五指ではない。

 上部が二、下部が一の鉤爪型をしており、猛禽類の鉤爪を思わせるデザインは汎用性を捨て、近接戦闘に特化させたことを窺わせる。

 脛の後ろには戦車の無限軌道らしき構造物が備えられている。

 悠が聞いた獣の唸り声のような奇妙な音の犯人はどうやら、その無限軌道だった。


「パワーも凄いな。何なんだ、あいつ……」


 左腕の鉤爪がサーベルを持つ腕の手首を右腕の鉤爪は頭部を完全に捉えていた。

 ミシミシという金属の軋む音とともに軽い爆発が起き、敵性マーズの右腕と頭部が完全に粉砕された。

 完全に捩じ切るだけの強大な馬力を発揮する性能に悠はただ、感心していた。


「嘘だろ」


 頭部を失い、千鳥足になった敵性マーズの両足が吹き飛ぶ。

 言葉通り、爆散して吹き飛んだのだ。

 謎の黒い機体の腕には目立つ鉤爪だけではなく、何かが仕込まれている。

 飛び道具を内蔵した隠し武器の類が装備されているのだと悠は判断した。


 至近距離とはいえ、高い防御力を誇る装甲機兵アーマードマシナリーの装甲を意に介さず、吹き飛ばすにはかなり大口径のレールガンか、リニアライフルが内臓されていない限り、出来ない芸当だった。


「一体、何だったんだ」


 敵性マーズをいとも簡単に片付けた謎の黒い装甲機兵アーマードマシナリーは悠が予想した通り、脚部の無限軌道を下駄のように履くことで高速移動を可能にしていた。

 いわゆるローラーダッシュと呼ばれる移動手段の亜種に相当するものだった。

 しかし、その速度が尋常ではない。


(速い! 速過ぎるだろ)


 黒い機兵マシナリーは既にかなり、接近を許していたもう一機の敵性マーズの間合いにあっさり、入り込むと実に見事な教本通りのニーキックを披露していた。

 あれほどにきれいなニーキックは見たことがないというくらいにきれいな手並みだ。

 ローラーダッシュによる加速もあいまって、破壊力は増している。

 もし、有人機であれば、中の人が無事でいられる衝撃ではない。

 だが、敵性マーズは無人機なのだ。

 有人機ならば、致命傷となるようなダメージでも意に介さず、戦い続ける。

 それこそが無人機の利点でもあった。


 黒い機兵マシナリーはそのことをよく理解しているとしか、思えない行動を取っていた。

 ニーキックをまともに食らい、たまらず吹き飛ばされた敵性マーズに追い打ちをかけ、鉤爪を使い、先程と同じ処理を行っていた。

 状況が把握出来ないようにメインカメラがある頭部を破壊。

 抵抗が出来ないように腕部を破壊。

 最後に動けないように脚部を破壊。

 いくら優秀なAIが搭載されていようとも、手足を奪われた以上、自己再生能力でも有していない限りはどうにも出来ない。


 その行動は相手を無力化するのが目的としか、思えないものだった。

 破壊するだけならば、もっと簡単に片付いているはずだ。

 悠はそう確信していた。

 三機目の敵性マーズが血祭りに上がるのも時間の問題だった。


 まさにその時である。

 耳をつんざくような風切り音が鳴り響いたのは……。

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