錬金少女とゴーレムさん

@sabamisokan

第1話 ゴーレムさん、誕生

 ――王都メギストリア。


 この国は、中央大陸の南端、セリアル海の東に位置する、巨大な都市国家だ。

 西のトリスタニア、東のメギストリアと並び称されるほどの大貿易都市であり、その成長は近年目覚ましく、未来永劫留まる気配は全く見えない。

 

 中でも交易貿易には多大な力のいれようで、大陸でも指折りの港を数多持つこの街には、さまざまな人間や亜人種が溢れ、多様の職やスキルを持つ者が集っている。


 種族で言えば、妖精種や獣人種、エルフ族やドワーフ族。

 技能で言えば、魔術師や戦士や僧侶、はては錬金術師まで。

 この街にはありとあらゆる種族がひしめき、ありとあらゆる物が集っているのだ。 


 そんなメギストリアの中央街、メインストリートから一つ外れた細道の一角。

 上級貴族の華々しく壮大な住宅街の裏手に、彼女の煤汚れた小さな家が建っている。

 


 その少女――ラフィ=オルマテリアは錬金術師である。


 類まれなる錬金術の才を持ち、抜きんでた機工学の知識をも備える彼女は、メギストリアでも間違いなく有数の錬金術師であり、無類の技巧士でもある。



 ――時刻は深夜2時50分。


 件の錬金術士の少女は、薄暗く湿気た地下室にて、仄かに輝く金色の髪を揺らしつつ、にやりと怪しい笑みを浮かべていた。


「ククク、ついに完成したぞ……!わたしの理想を体現し、わたしの欲望を詰め込んだ、わたしだけのゴーレムさんが……!」

 

 薄明るい蝋燭の炎がまたたき、暗い天井の影が揺れる。

 じつに三年と六十日にわたる研究の日々。三日三晩にわたる徹夜の製作作業により、体力はすでに限界ぎりぎりだが、その分テンションは爆上がりだ。


 彼女の眼前、古ぼけた幅広の椅子の上には、一人の小柄な少女が鎮座していた。

 白い肌が薄闇に浮かび、銀色の長髪が影を落とす。

 その少女の体はぴくりとも動かず、瞳は静かに閉じられたままであり、それはまるで眠っているかのようでもあった。

 いや、その表現は適格ではないし、ふさわしくもないだろう。


 ――なぜならば彼女は人ではないし、生物ですらないのだから。


 彼女の有り余る技工士としての才、溢れんばかりの錬金術士としての才、それらが遺憾なく発揮され、作成されたその『ヒトガタ』は、間違いなくラフィの人生において最高傑作と言える出来映えである。


 これこそ、天才である彼女が作り上げた最高のゴーレム素体。そんじょそこらの魔術師の低レベルなゴーレム素体とは比べようもないのである。


「うーん、このふにゃりとした玉のような肌のきめ細かさ、しなりとした絹のような髪の滑らかさ!やはり素晴らしい出来だ……!自分に称賛を送りたいが、我が才能が恐ろしくもある……!」


 顎に指をあて、うんうんとうなずく。


 外見においては彼女の趣向をふんだんに取り入れ、内面においては技術の粋をこれでもかと詰め込んだ。


 限界まで高めた機能性、こだわりつくした最高の素材。

 完成したヒューム型ドールボディの中身は、文字通り魔導鋼と魔力石による精密な機械であり、石や土くれで作った粗雑なゴーレムボディとはわけが違う。

 もはやそれは、文字通り魔力で動く半オートマタのようなものである。

 


 ――さて。残りの工程は、このヒトガタに魂を下ろすだけ。

  準備は万端だが体力がそろそろやばいので、さっそく作業に入るとしよう。


 ラフィは、静かに瞳を閉じ、勢いよくその目を見開いた。


「それでは起動!眠りから覚めよ、我が永劫の従者ゴーレムさん!」


 燃料であるラフィの魔力をいそいそと流し込み、しばらくののち注入を止める。

 地下室に敷いた水銀の魔法陣を介し、魔術的なアプローチにより、すぐさま素体に魂が降ろされることだろう。


 薄暗い地下室の中で、ゴーレムはぼんやりと光を放つと、――次の瞬間、ぱちりとその瞳を開いた。

 青い瞳が揺れ、赤みのさした唇が動く。

 

「――初めまして、マスター。そしておはようございマス」

「うむ、おはよう。まあ今は深夜だけどね!――それにしても、さすが私。可愛すぎる完ぺきな出来だ……!」


 至高の出来栄えに満足感を覚え、徹夜による疲労感も吹き飛ぶ。

 なんだかいい香りまでしてくるようで、徹夜で少々臭う自分がちょっとみじめになる。


「ええと、早速だがゴーレムさん、まずは動作確認をしよう。体の調子は良いかい?不具合とかあるかな?」


 ゴーレムさんは一度軽く腕を回し、体を適当に傾け確認する。


「そうですね。だいたい問題ありまセンが、ちょっと首の可動部が気になりマス。軋むというか、固いというか」


 そういうと、べきぼきと首を鳴らし、ゴリゴリと頭を傾けるゴーレムさん。

 

「うわ、凄い肩凝ってるみたいな音。ふむ、では傷む前に直そうか。ほっといたらすり減ってしまって、接続が悪くなるかもしれないしね」

「いえ、それにはおよびマセン。これくらいなら自分で調整できマス。」

「へえ、凄い!さすが私のゴーレムさん。………ゴーレムさん?」


 ゴーレムさんは、唐突に両腕を上げると、自身の側頭部に手をかける。

 頭部に添えられた指がぎしりと鳴り、腕に力がこめられる。

 ちなみにゴーレムさんの出力は最高クラスに設定されているので、その腕力もオーク以上、そんじょそこらの魔獣程度ならワンパンである。


「え、ちょっとゴーレムさん、自分の頭に手なんか添えて、いったい何を……?なんか首がみしみし言ってるし頭がガクガクしてるんだけど……?」

「フン!」


 次の瞬間、ゴーレムさんの頭部は首を離れ、彼女の手により勢いよく宙に浮いた。

 ガポンと軽い音を立てて頭が外れて持ち上がり、だらりと配線らしき何かが垂れ下がる

 外された頭部の眼球がぐるりと白目を剥いて、ラフィも同時に白目を剥いた。


「ぎゃあああ!!何してるのゴーレムさん!頭、首!?」

「関節の不具合程度なら自分で調整できマス。私のボディは高性能なので、指も器用だし頭もいいのデス」

「その頭が外れてるんだけど……」


 薄暗い深夜の地下室。

 外した頭部を膝の上に乗せ、いそいそと空いた両手で首の関節部をいじりだすゴーレムさん。蝋燭の明かりに照らされた首ちょんぱボディが、薄暗い壁に影を落としている。


 いや、どうみたってホラーである。

 今日は怖い夢見るかもしれないとラフィは思った。

 


 これは、ゴーレムさんと錬金術士の女の子、二人の激しくも緩い日常を描いていく物語である。




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