第43話 アンタレス突撃


―――― オリオウネ帝国 北部地域 レストアール地方


 リオニアの支援を受けてニ千騎を編成したアンタレス大公が向ったのは故国スコルではなかった。最初は街道を故郷へ向けて進軍していたが、急遽、オリオウネの北側に防壁のようにそびえている大きな山脈へと迂回した。

「スコルへは戻らん。オリオウネの都を灰にしてやる」思い詰めた表情の大公は宣言した。


 オリオウネ帝国の北側にそびえるフィンヤード山脈を越え、森と湖の街レストアールへ現れた。ここは離宮もあってオリオウネ王家の避暑地と知られる美しい街。


 レストアールを奇襲し、近隣のトロン砦を占拠したアンタレスたち。

 アンタレス来襲を知ったオリオウネの古参騎士たちはレイオス大帝の仇討ちができると勇んでやって来た。それこそアンタレスの思うつぼだ。なぜなら彼のねらいは、はなからレストアールではない。その街を襲うふりをして近くに駐屯し、阻止しようとやってきた者たちを待ち伏せて叩き潰す。戦力を削ぎながら隙を伺う。そして、最終的なねらいはオリオウネの帝都・セントラルラントを落とすことであった。


 しかし、アンタレスの思惑ははずれた。

援軍として呼び寄せたはずの傭兵騎士団ラグナロクはいつまでたっても姿をみせず、

期待をしていたストーン軍団も駆けつける様子もない。

 多勢に無勢。二千にのぼったアンタレスの軍勢はみるみるその数を減らし、今や五百もいない。倒されたばかりではない、スコルの正規兵ではなく、もともと士気の低いリオニアの義勇兵たちや傭兵の寄せ集めだ、劣勢をみて逃げだした者も多い。


 アンタレスは知らなかった。偽の情報で誘導されて罠にはまったラグナロク、逮捕されて処刑されそうになっているストーンたちの状況を知ることは出来なかった。

それでも、かれらが自分を裏切ったために来ないなどとは一片も疑わなかった。

「ここは籠城戦で持ちこたえよう、必ず援軍が来るわい」


 待てど暮らせど、ラグナロクはまだ来ない。

このままでは、オリオウネの帝都を強襲するどころではなく、今、攻め込まれたら、全滅を覚悟せねばならない。アンタレスは、もっと早く撤退を決意すべきだった。


「オリオウネの都を灰にするのはやめた。わが都スカーレットブルクを廃墟にされたことは無念ではあるが。このレストアールの美しい景観をみて心が打たれた。わしのすべきことは、仕返しではなく、もういちど、あのスカーレットブルクを再興するべきだった。だが、それも叶わんな、ここから生きて帰ることはもう無理じゃ。ルカニオスも、ストーンも間に合わなかった。間に合わなくてよかったのかもしれん」


 郷愁かもしれない。アンタレスはオリオウネの王族として生まれた。

武勇にも叡智にも優れたアンタレスは、先王ロドルフを慕いよく働いた。その功績でスコル地方の大公になった。王家の避暑地でもあるこのレストアールに想い出があった。幼い頃の夏、三人でよく遊んだ。ロドルフと、その弟・レイオスとも。もう戻らない、なにも。



「イクリール。ストーンに、これを渡せ」

スコル大公国の旗、それは、スコルの主の証。


「こんな大切なものを……ですか」


「このスコルをあの青年に託す。お前と新鋭騎士団は、ここでわしの突撃を見届けた後、スコルへ戻れ。

イクリールよ、よく聞け。お前のような律儀な石頭はここでクビじゃ。これよりは、ストーンを頼むぞ」


「なぜに、あのような若造わかぞうを?」


「わしの国は、ストーンに託した。ストーンのために戦うことは、このスコルの国のために戦うことだと、その頑固な心に刻んでおけ」


 アンタレスは単騎で馬を走らせた。深紅の鉄製鎧と兜、騎兵槍を携えていた。

「王や大公という者の、けじめだ。一国の主にまで上りつめたこのワシじゃ、ここで散るとも悔い等ない。スコルの復興を見届けるのは、あの天の上になるが……、長い旅の最後に、あいつのような面白い若者に会えてよかった。さらばじゃ、……」

砦を出て行ったアンタレス大公は、単騎で敵陣へと突撃していく。


「たった一騎で来るのか。誰も手を出すな、この俺が行く」

ラングレンという騎士もまた単騎で迎え撃った。オリオウネ帝国の影星のひとり。この騎士のことはまた別の物語でいつか語られるだろう。


 この一騎打ちは一瞬で勝負がついた。アンタレスはここに散った。

 その日の夜空に、ひときわ赤い星が輝いていたと、ライン峠にいたルカニオスの目にそう映ったのは、ただの気のせいだろうか。

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