第48話 希望の風

 峠まで後退したラグナロク傭兵騎士団。ルカニオスはなんとか意識を保っていた。

「残存兵力はどんなものか?」


「ここに辿り着けた者たちは百五十騎ばかり。もう一戦くらいやれますな」

カノンはうそぶく。


「気休めはいらぬ、十五人しか居ないのだな。もはやこれまでか。世話になったな、カノン」苦しげに隊長はつぶやいた。


「まだまだ。最後の一兵となっても、わしら戦いますぜ」カノンが応えた。


 ティグリス軍が峠の目前まで迫る。

「ラグナロクよ、そろそろ終わりにしようか」


 動けないルカニオスと傷だらけの傭兵たちが十五人、ティグリス率いるリオニア第三軍団はここにいるだけでも二百から三百騎。ふもとにはさらに五百は残存している。ラグナロクは完全に包囲されていた。


「ラグナロクの諸君、君たちと戦えて光栄だと思うぞ。そして今、そんな君たちを討ち取れると思うとなんだか惜しくなってきたが、降伏勧告に応じる君達でもあるまい。最強の伝説がいよいよ終焉か。そしてラグナロク、伝説の最終楽章はやはりこのティグリスの刃で終わるのが相応しい」目の前の勝利に酔うティグリス。

大剣を引き抜くとじっくりと構えた。ルカニオスたちにもう逃げ場はない。


 その時、ラグナロクたちの背後にそびえる峠の上から威勢のよい声がかかった。

「もう終わりだって。やっと辿り着いたってのに!!」


「何者だ??」慌てて、崖の上に目をやるティグリスたち。


「へっ、名乗るほどの者じゃないが、ストーンという。これからはとでも呼んでくれ」

 馬上でスコルの旗を高々に上げて叫ぶストーン。

その周囲には、ウィリウィリやレパルたちの姿もあった。

反対側からは、将軍グラフィアスに率いられた歩兵団が姿を現した。総勢、三千は下らないだろう。形勢逆転だ。「グラフィアスと申す、ここから先、我らが相手をつかまつる!!」


「ストーンだと。処刑になったはず、なんでここに?」

まるで、亡霊でも見たように驚くティグリス将軍。


「そんなに驚くなって、公開処刑は無事に済んださ。ただし、この俺ではなく、ロンディルのな。リオニアの野望もこれまでだ」

勢いよく崖を駆け下りるストーン。乗っていた馬から飛び降りルカニオスのもとへ見事な着地を決めた。

「生きているか、ルカニオス?」

ストーンが傷だらけの傭兵隊長をのぞきこんだ。


「ああ、無様にまだ地上ここにいる」ルカニオスは笑ってみせた。


「みんなそらに行っちまったら、夜空が眩しすぎて困る。とりあえず、あの虎野郎をぶっ倒してくるからな、ちょっと休んでいてくれ」

ストーンを先頭にして軍勢がティグリスたちの陣を分断していく。

「これでもくらえ。えーい、騎竜剣~!!」ストーンの渾身の一振、剣は稲妻を放ち地面まで砕く勢いで敵兵たちを薙ぎ倒していった。呼応して空からも雷鳴がなった。


「あり得ぬ、なんだ今の一撃は」ティグリスは信じられないものを目の当たりにした。「だが、しかし。そんなまやかしでこの俺の勝利を崩せるなんて思うなよ」


「この剣がまやかしかどうか。てめえの剣で確かめてみろ」ストーンは馬から降りるとティグリスの方へ走り出す。


 狙われた司令官を庇おうとして兵たちが寄ってくるが、ティグリスは左手をさっと真横に振るとそれらを制した。「お前たちに塞ぎ切れるような相手じゃない。下がっておれ、邪魔だ」右手に持っていた大剣を両の手で握りなおすと、ストーンとぶつかって行った。


 凄まじい剣戟が何度となく打ち続いた。

「ええい。唸れ、俺の騎竜剣!!」ストーンの魔剣が眩い光りに包まれる、必殺の一撃が繰り出された。


「騎竜剣だと? 貴様、竜騎士か。ちょうどよい遊び相手がやって来た。竜虎対決とでも行こうか」そういうと楽しそうに自らの剣を高らかにみせびらかすティグリス。

「我がティグリスの伝家の宝刀、白虎の剣と言ってな。俗にいう竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーというやつだ。タービュレンス、起動!!」

乱気流が舞う。そして剣から異様なオーラが湧き出て、やがて巨大な虎のような影が現れた。「さあ、ドラゴンを出してみろ。天敵を前にしてどうだ、怯んだか」


「なんだと……あれはまぎれもない本物だ。竜を実体化させるわけにはいかないな。ならば剣と剣での白兵戦で決着をつける!」

 

 ティグリスは鉄の鎧と兜を装備し、さらに左手に鉄盾を持っているが、まるで重さを感じさせないような機敏な動きだ。ストーンの長所は風のようなスピードであるが、ティグリスもそれに勝るとも劣らない。白虎の剣は持ち主の速さを底上げするのか。「速い、この俺の動きについてこられるとは。まさに虎のような」


 ふたりとも足を止めた。このまま動き続けてはお互いに消耗するだけだ、

向かい合ってじっと対峙した。

ストーンは剣を体の後ろに回した姿勢、剣先を尻尾のように後方へ向けて構えた。

ティグリスは頭の右側に白虎剣を構え、剣先を角のように相手の顔に向けていた。

まるで尾で薙ぎ払おうとする竜と、角のある虎がにらみ合っているかのようにみえた。

 ストーンは突きでフェイントを出した後、右手で剣を振り上げた。ティグリスは振り下ろされてくる攻撃に対して防御姿勢で構えているので隙がない。

 しかし、ストーンは振り下ろさずに前へ踏み込むと腕を回り込ませて突きを繰り出した。さらに左手を刃に添えて鎧の隙間からティグリスの胴体を貫こうと力を込める。いつもなら騎竜剣の力で鉄の鎧でも斬り裂けるのだが、白虎の剣の力によってその威力は封じられているようだ。

 ティグリスは苦しまぎれに後ずさった。

 相打ち覚悟でストーンは剣をサイドから大きく振りきるが、用心深いティグリスはさらに一歩後退してそれを回避する。それと同時に振りかぶった剣をストーンの肩に斬りつけるティグリス。攻めてくる相手の力を利用したカウンターになった。

 ストーンは左肩に重傷を負った。「白虎の剣の威力だけじゃない、こいつもソードマスターか」


 「海竜剣・奥義、回転斬り!!」「白虎水雷剣・奥義 虎鮫!!」

ふたりの必殺技が同時にぶつかった。まさに互角だったが、鎧と兜に守られていた上に、盾でも防いでいたティグリスのほうがダメージは少ない。

「海竜剣、敗れたり……だ、ストーン」

ティグリスもかなりの手傷を負っている、ストーンは立っているのがやっとのようだ。

 ティグリスはストーンにとどめを刺そうとしていた。

ストーンはティグリスの攻撃を剣で左へ薙ぎ払いつつ、体もその方向に一回転させると、勢いよく右斜め前方に踏み込んだ、怯んだ隙をねらう。「てぇやあぁぁぁぁー」

 ティグリスの盾を回り込むようにして外側を通し、ストーンは剣の裏刃を使ってティグリスの後頭部をめがけ斬りつけた。そこは兜の脱着のために装甲が薄い、一撃で致命傷になる。

 ふつうの戦士なら即死だろう。だが、ティグリスは超人的な反射神経でわずかに逃れていた。それでも衝撃が受けきれず地面にひっくりかえってしまうティグリス。起き上がることは出来ない。放心状態のようだ。

司令官の敗北を見たリオニアの兵たちが浮足立ってゆく様子がありありとわかる。


「今だ、弓隊、一斉射撃!  騎兵隊、突撃せよ!」若き名将・グラフィアスは敵の隙を見逃すような男ではない。すかさず全軍を突撃させる、勢いに乗った軍団ほど強いものはない。またたく間にリオニア軍は総崩れとなった。


「ばかな、こんな烏合の衆うごうのしゅうなど援軍が着いたら一気に片づけてくれる!」焦るティグリスは、万一に備えて呼び寄せた援軍の到着に望みをたくす。飛び出してきた部下たちに抱きかかえられて後ずさりするティグリス。


「ティグリス。がっかりさせるようで悪いが、エリント軍と言ったかな。のこのことやって来ようとしていた連中な。ここに来る時に片づけてきた!!」


「ええい、番狂わせを。この私が敗北などありえぬというのに。全軍、退け」

ティグリスは悔しそうだが、その目の奥にはまだ何かを秘めていた。


「逃がすかよ。まだまだ」追撃しようと馬に飛び乗るストーン。

 それを制するルカニオス。「よせ、ストーン。相変らず無理しやがって。本当はもう立っているのも精一杯だろう。それにあの男、ただ逃げるだけではない。その退路にどれだけ周到な罠があるかわからん。戦さは五分以上勝てれば上等だというぞ」


「ふうっ。ほんとに間に合ってよかったぜ。ルカニオス」気がぬけて地面に膝から崩れるストーン。


 スコル=リオニア国境で起きたこの戦いは終結した。後に『ライン峠の戦い』の名でよばれる、初陣とでもいうのだろうか、烈風王・ストーンが初めて集団を指揮した戦いとなる。


 ストーンの前に、今度はルカニオスが片膝をついてたたずんだ。

そして、剣を抜くと刃のほうを自分の胸に向けて言った。

「ストーンよ。このルカニオス、貴公に剣を捧げよう。以後、貴公をわが主君とし永遠の傭兵騎士として仕えよう。どうだ、雇うか?」


「なんの冗談だ。それに天下のラグナロクなど雇えるほどの大金なんて持ってないぜ」


「本気だ。それに俺の望む報酬は金じゃない。をもらおう」


「ルカニオス……」

ストーンはその剣を受け取ると改めてルカニオスに授けることにした。

「たしか、騎士の叙任ってこうやるんだったかな。この俺の騎士になってくれ、ルカニオス! ストーム王国の一番目の騎士に任ずる」

ルカニオスの肩をその剣で叩いた。


 スコル大公国は滅んだ。しかし、スコルの地に、新たなる国が生まれた。それは生まれたばかりのとても小さな王国。ストーム王国はまだ、王とたった一人の騎士。

 そして仲間たちもいる。「ストーム王国、ガラじゃないな。ストーンと愉快な仲間たち」だとレパルは言った。


 今、希望の風は立ちはじめ、この大地を吹き抜けようとしていた。



 (第二部 完)


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ここまで読んで頂き、ほんとうにありがとうございます。

これだけの字数の物語を書くのは実は初めてです。

とりあえず、目標の第二部完結まで書くことが出来てよかったです。


書きなぐった下書きは第五部まではありますが、プロットみたいなものなので、

公開までたどり着けるのは、何か月か先になりそうです。


しばらくは、またしながら、みなさまの物語を楽しませて頂きたいと思います。ほんとうにいつもありがとうございます。


ではでは、また、烈風が吹く時まで……。

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