第45話 廃墟の闘技場 後編

 かつては華やかだった大闘技場もその面影を失い、戦乱の度に要塞代わりに使われ、廃虚同然となっていた。今はロンディル卿の恐怖政治の舞台となっている。

 アンタレス大公の時代にあっては、民衆の娯楽のために武術大会や闘牛なども開催されていた。ストーンも何回かここで試合を見たことがあったが、まさか自分が試合に出ることはあっても、ここで政治犯として死刑にされることになろうとは思ってもみなかった。

 

 円型に広がる階段状になった客席には人が一杯で、闘技場の周囲にも民衆が集まっている。

「これより反逆者の処刑を執り行う。ストーン、前へ」ロンディルが高らかに言う。衛兵たちが、ひとりの青年を引っ張り出してくる。その両手首には手錠がはめられている。

国家反逆罪、内乱未遂、次々と青年の罪状が読み上げられた。「死刑を命ず。引き続き、ストーンの公開処刑を始める」


 カーン、カーン、カーンと、闘技場に鐘が悲しく鳴り響く。


「おっ、おい」ストーンの顔に無念の表情が浮かぶ。

スコルの民には、わかっていた。誰が正義か。誰が自分たちの味方なのか。それでも何もできない。恐くて、勇気がなくて、声ひとつすらでない。希望をもたらそうとした小さな光はかき消されようとしていた。


 ふいに鐘が鳴り止んだ。競技場の上にそびえる鐘楼に人影が現れる。

「ちょっと、待った!!」


 その人物が叫んだ。「これを見ろ!」

そして巻き物を取り出し、大声で読み上げると群集に向けて放り投げる。


「この密書は何かな。俺にはロンディル、あんたとリオニア王国が裏で手を組んでいる証拠にしかみえないな!!」なぞの人影、レパルがいう。

「動かぬ証拠ってものだ。ストーンじゃなくって、死刑台に登るのは……ロンディル、あんただっ!」

レパルは投げナイフをびゅっと飛ばす。

ナイフの刃は、ストーンを拘束していた手錠に亀裂を入れた。


 ストーンが両の腕に力を込めると、鎖は砕け自由の身となった。

「レパル、よく来てくれたな」

礼をいうとストーンは、ロンディルが立っている台座の方へと走った。

ひょいと、そこへ飛び乗ると、ロンディルの顔面をめがけて、勢いよく拳を叩き込んだ。よろめき台座から落っこちるロンディル卿。


「ロンディル、この国スコルは、お前の勝手にはさせん。お前など所詮、箱の中の王様に過ぎん。誰もついては来ない。スコルの民よ、聞いてくれ。みんなでやるんだ。だれのものでもない、みんなの国だ」ストーンは語る。


「ほざきおって。象戦車バトルタンクを出せ。わしの味方はリオニアだけだと思うなよ。ギルガンドから贈られた秘密兵器で踏みつぶしてくれる!」

闘技場の入場門ゲートが勢いよく開くと、大型の象が一頭、姿を現す。象の上にはギルガンド兵が乗っていた。兵士は鉄の鎧兜を身に着けていた。象にも各所に装甲を取り付けてある。剣や槍で容易に撃退はできないだろう。二本の鋭い牙を突きだして突進してくる。


「しまった。あの剣さえあれば……」

 騎竜剣は逮捕されたときに取りあげられてしまった。おそらくはこの闘技場の地下牢のどこかに鍵を掛けて隠されているだろう。レパルたちなら探して持ってくることができるだろうか。しかし、もうそんな余裕はない。


騎竜剣ドラグーン、起動~!! 俺はここだ、颱風女王竜テンペスト!!」

ストーンが叫ぶ。


 突如、地鳴りが響き、地面がひび割れた。

ドッドルルドドルルルドォォォォォォゴォォォォグラララァァァァォォォォンンン。

瓦礫が飛び交い、轟音が鳴りやまない、大地を割って何かが姿を現す。

「ドラゴン~だ、光り輝く竜だ!!」民衆が叫んでいる。


「まさか、いきなり竜で出てくるとは……」 

ストーン自身も驚きを隠せない。「だが、ありがたい。こっちだ、テンペスト!」

首のあたりをつかんで飛んできたドラゴンの背に飛び乗る。


 勢いよく突進してくる象戦車バトルタンクの二本の牙が、くうをきった。

間一髪でドラゴンは空へ舞い上がった。

勢いの止まらない象戦車バトルタンクは闘技場の壁に激突し停止した。

壁は粉々に砕けて客席にまで破片が飛んでいく。象戦車バトルタンク牙が一本折れていた。


 空中で一回転するとドラゴンは地上に向かって急降下してくる。重力を味方につけて、象戦車バトルタンクに近づくとぎりぎりで体をひねって方向転換、すぐに上昇する。そして、その勢いで長い尻尾で象戦車バトルタンクぎ払った。

あれほど頑丈そうな象戦車バトルタンクは、巨大なボロ雑巾のように押しつぶされて闘技場のなかをよろよろ歩き回った。


「化け物め、撃て、撃ちまくれ!」ロンディルが号令する、というより、わめき散らした。弓兵たちが隊列を成して、次々と矢を射る。


「そんなものでドラゴンを落とせるものか!」

ドラゴンの鋼のような鱗は遠くから射た弓矢など貫通しない。ブレス攻撃のまねをして、口を大きく開いただけで、恐れをなした弓兵たちは我先にと逃げ出していた。

「ここでブレスを使うと民衆も巻き添えにしちまう……」威嚇だけにとどめた。



「フッフッフッ、ストーンよ。もう間にあわぬ。すでにラグナロクは、待ち伏せたリオニア軍の餌食になっておろう」ふてくされながらロンディルは言う。


「間に合うか合わんかなど、関係ない。俺たちは……間に合わせる!」ストーンには、あきらめという言葉などない。「行くぞ、みんな!!」


 その時、一人の青年将校が現れた。「僕も行こう!」

「グラフィアス将軍……」人々が口々に敬意を込めて、その青年の名を呼んだ。

敗戦後、消息を絶っていた元スコル軍の最高司令官だ。

「もう、逃げ隠れはごめんだ。いままでの僕は死刑台に連れて行かれる勇気はなかった。だが今は違う。これでも名将と称えられたこの僕だ、こそこそ生きるより戦場で死のうではないか?!」グラフィアスは言った。


「グラフィアス将軍がきてくれたのなら、百人力じゃないか!」レパルが歓声をあげる。

「グラフィアスがいたら百人力だな」ストーンも言った。


「僕だけじゃないさ」グラフィアスの後ろには、スコルの兵士たちがいた。

「今、集結を呼びかけた。すぐに駆け付けるものだけでも三千騎は下るまい」


「愚か者たちめ。いくら烏合の衆うごうのしゅうが勢いついたところで、ただの反乱分子ではないか」ロンディル卿は鼻で笑った。


「待たれよ、ストーン殿。アンタレス様より、お預かりしてきたこの御旗、たしかにお届けいたしましたぞ。そあ、お上げください」イクリールが駆けつけてきた。

アンタレス大公の側近にして、親衛騎士団長を務めた武人だ。その手にあったのは、

スコルの主を示す赤い蠍の紋章が入った大きな旗だ。

「なっ、なんだと」「あれは」民衆たちはざわついた。


「おっさん。いや、アンタレス大公、俺は……」

ストーンは、つぶやきながらも、それを受け取ると高らかに掲げた。「あんたの意志をたしかに受け取ったぞ!!」



「ストーンめ。調子に乗りおって。それを手にしたからといって、王様にでもなったつもりか。正義は勝つとでも言いたいのか」ほざきながらロンディルは、隠し持っていた仕込み杖の鞘を抜くと、刃をむき出しにしてストーンに斬りかかってきた。

 しかし、咄嗟に反応したストーンの速さが勝った。

拳に渾身の力をこめたアッパーカットがロンディル卿の顎をとらえた。「ロンディル、お前は死刑台に上げる値打ちさえない!! 」


 派手に空中を舞って地面に叩きつけられたロンディルは泡を吹きながら蟹のように横走りで逃げて行った。おぽえていろよ……とでも言おうとして振り返ったロンディルは、うろうろしていた巨大な象にぶつかり、踏みつぶされてしまった。


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