希望 まだ見ぬ英雄たちへ

 竜のほこらにて。

ロックスは、アルメリアと再会した。


「おいっ、こいつを出すぞ」


「しかし、ロックス……その子は」


飛竜騎士団ワイバーンライダーズたちが空を埋め尽くしているというのに、ほかに切り札があるとでもいうのか?」

ロックスは眠っている幼竜プチドラゴンをじっとみた。


「アルメリア、眠りはましたのか?」


「ええ、もうすぐ目覚めますよ。ただ、出撃させたとしても少しの時間しか飛ぶことも戦うこともできないでしょう」


「どれくらい飛べる?  ブレス攻撃は使えるのか?」


「ロックス、貴方ならわかっているはずですが、なぜドラゴンがあのような体の作りなのに空を舞うことができるのか、ドラゴンの体形と体重、それにくらべて小さな翼。あの翼で羽ばたいた揚力だけで浮き上がることさえ不可能です」


「知っている。俺は長年やっていたのだからな、竜騎士ってやつを……」


「ならば知っていますよね。竜は自らの命を燃料として魔力を発動します。その魔力を浮力に変換して空を飛んでいるのです。だから、十分に魔力を貯めこんでいないこの竜が長い時間活動するとどうなるかわかりますね」


「もと竜騎士のこの俺が出撃するんだ。その子が命を削るような時間はとらせない。あっという間に敵を落として帰って来るさ」


「もういい、貴方に質問した私が馬鹿でした。さあ、行きなさい、竜を出します」


「ありがてぇ。そうこないとな! 騎竜剣ドラグーン、起動!」

ロックスの持つ剣に閃光がきらめく。剣は、眠りからめた竜の魂と同調した。すると剣は竜と同化して消えてしまう。剣と竜は一心同体というわけだ。

 この竜に乗って戦うときは、べつの武器が必要になる。

たいていの場合、長槍ロングスピア騎兵槍ランスを使った。

ロックスは、長槍ロングスピアを二本、携えて竜の上にくら手綱たづなを装着した。


 眠りから醒めた幼竜は、大人の竜でないとはいえロックスよりもかなり大きく、ふつうの飛竜ワイバーンの二倍はあった。



「こちらも竜を出すぞ……洞窟の門をあけろ!」ロックスが叫んだ。

島の住人たちは、洞窟の門を開く作業に入った。

大きな岩がふたつに開いていく。自動で開くような文明は無い、ざんねんながら動力源は人力である。


 ドラゴンの背にまたがりロックスは、自作の出撃のテーマを口笛で吹いてみた。陽気にふるまっていたが、真剣な眼差しで前方を見ていた。


 洞窟の向こう側に長く続く水平な道が開けて滑走路のようだ。


 巨大な竜がゆっくりと動き出した。飛竜ワイバーンではない、正真正銘のドラゴンだ。

 その背には、ロックスが騎乗し、手綱を握っている。「出るぞ !!」


 まばゆい光につつまれていくドラゴン。

ヒュン、ヒュン、ヒュルルルルルル、ゴゴゴ ゴォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!


 浮いた!! 巨体が浮かび上がっていく。そして、加速していく。

ドラゴンが飛んだ!!


 青い空が曇ってまたたく間に灰色になると天に無数の稲妻が走った。

光り輝く夕陽の色をした鋼のような鱗に覆われた幼き竜。

その美しさは神のようとも悪魔のようとも言えた。鋭い爪はこの世のものとは思えぬ七色の金属のような輝きを放ち、尻尾は長く独立した生き物のように優雅にしなっていた。


 幼竜プチドラゴンが広げた翼を動かすたびに、大気が渦巻き、烈風が周りを飛んでいた飛竜騎士たちを切り裂く。


( 退くがよい……竜の眷属たち、我は颱風女王竜テンペスト )

おさなき竜は、テレパシーのようなものを発した。


 本物の竜の気配を感じただけで、逃げだす飛竜ワイバーンもいた。



「よし、いい子だ。無理はいらない、半分も力を出してくれれば……お前は強い、プチ」


( 前方に8騎、ワイバーンです…… ) 幼竜プチドラゴンがつぶやく。


「ああ、俺にも見えた。行くぞ、すれ違いざまに半数はとす!!」


「拡散ブレスだ……ちろ !!」

幼竜プチドラゴンの吐く広角に広がっていくブレス攻撃は、収束射撃よりも威力はおとるが敵の翼を焼くには十分だった。


「のこり……四匹だ。いけるか、プチ?」


( 後方にも騎影あります、新たに三騎です。気をつけて、我が竜主マイロード)


「よしっ、前に出させる……」

ロックスが手綱たづなを絞ると竜は翼を前方に張りだし空気抵抗制止エアブレーキをかけた。

慣性がはたらくので空中で制止とまではいかないがぐっと動きは遅くなった。

 後ろから迫っていた飛竜ワイバーンたちは対応できずに、ロックスの乗る竜を追い越してしまう。


 あわてて急旋回しようする飛竜ワイバーンたち。


 その隙を見のがすロックスではない。

「あばよ! オッサンをなめるとこうなるんだぜ……連射で行くぞ!」


少しずつ角度をつけながら単発のブレス攻撃を3回、連続して放った。

すべて命中、飛竜ワイバーンたちは姿勢を崩して海に落ちた。


 しかし、ロックスの駆る幼竜プチドラゴンも今までの勢いは感じられない。

「エネルギーを使いすぎたか……まずいな、ここまでか」

 ( 我が竜主マイロード、わたしはまだ飛べます )


飛竜ワイバーンたちはほとんど逃げていきやがった、十分だ」

ロックスはくやしそうにつぶやくと手綱たづなゆるめた。

しかし、幼竜はまだ戦うことをあきらめていない。


 ブレスを放つ! しかし、その吐息は弱々しく噴射されただけで大気の流れによってかき消されてしまった。「まだです。まだ……戦えます」


「もう限界だな。ここでお前が死んじまったら、元も子もない。降りるぞ!!」

ロックスは手綱たづなを引いて、竜を降下させた。


 自由落下にまかせて空を漂う幼竜プチドラゴンは疲れきっていて眠気を感じていた。

 ほんの少し夢をみる……それは、何年も前のこの島で暮らしていた頃の記憶。

ロックスたちも島に居た。水道を整備したり、牧畜を始めたりして楽しそうだ。


( そうだ、なかよく遊んでいた人間の男の子がいたっけ。

名前は……シュトローム?

ちがう、ストーム? ストーン? そうだ……ストーンくん、風の名前の少年だ。

男の子は父親につれられて海を渡っていった。

幼竜わたしが洞窟のなかで冬眠につく少し前のことだったけ。

あの男の子は、今頃どうしているのだろう。また、会えるかなぁ……)


 幼竜は何年も昔のことを夢に見ながら、しだいに意識が薄れていった。



 ロックスが、空から見ているとよくわかった。

船がいくつも近寄って来る、ギルガンド軍の船だろう。

大型ではないが小型の船で一隻にだいたい二十人くらいの兵が乗れるだろう。

ざっと五十隻はくだらない、千人近くは来るのか。

このまま竜が動いてもすべての船を沈めるのはむずかしい。


「いままで世話になっちまったなあ……ゆっくり眠るといい。

ありがとな……プチ、いや、颱風女王竜テンペストよ!!」

ロックスが呼んだその名前がこの幼竜プチドラゴンの真の名前だろう。


 力尽きた竜は、意識がほとんどないまま、ゆっくりと大地に着地する。

着地した竜は翼を広げたまま地面にぐったりとひれ伏すと動かなくなった。


「いい子だ、よく頑張ってくれたな。お前とはこの島でおわかれだ。あいつに会ったらよろしく頼む、俺に似て馬鹿な息子ガキだが……。すまんな……プチ」

 ロックスはいたわるように竜の後頭部のあたりをでてやった。


 竜の身体からだ陽炎かげろうのようにゆらめくと少しずつけていき、しだいにその姿は消えていった。

ほぼ透明になった竜の姿は人間くらいの大きさに縮まると、ロックスの持つ剣のなかに吸いこまれるようにして消滅した。

 剣を背中に背負っていたさやのなかにもどすとロックスは近くにあった岩陰に身をかくした。

 

 上空からいくつもの矢が降りそそいだ。

「あとは……竜なしでどこまでやれるかだ」



 

「申し訳ない。結局、あんたらには迷惑ばかりかけちまった」

ロックスは島民たちに頭を下げた。


「いまさら、しかたのないことです。どのみち、この島はほろびゆく運命の島、遅かれ早かれそういうことです。あなたも早くお逃げなさい、をもって」アルメリアは言った。


「逃げると思うか、この俺が!!」


秘宝それを守らねばならないのでしょ、行きなさい。もう一度、水の大精霊を召還します」


「やつらはもう上陸している。陸の上にいる敵は水怪物クラーケンでは掃討できんぞ」


「方法がひとつだけあります。だから、早くここから……」

水の大精霊は海でしか力をふるえない。

陸上にまで上がっている敵の集団を倒す方法は、この島ごと破壊することであった。


「アルメリア、おまえ……」


「さあ、早く行きなさい。によろしくね」


「いいや、俺も付き合うさ。ギルガンドの狙いはあくまでもこの騎竜剣ドラグーンだ。こいつをおとりにして、じゃ、ないなっ……竜騎士たるこの俺がおとりにならないと……やつらを道連れにはできない。

アルメリア、俺はもうどこにも行かない。この島で、一緒だ」

ロックスは精霊使いの女をギュッと抱きしめた。

そして、ロックスはもう振り向くこともなく、懸命に駆けていった。


 ロックスは島の高台に上って行こうとする。そこはすでにギルガンドに占拠されていた。

 突然、肩をつかまれて立ち止まるロックス。


「待ちな、そこのオッサン。状況は不利すぎる、わかってるだろ」

親友にして長年の相棒でもある剣士ドラッケンが止める。

彼もそうとう傷だらけだ。上陸してきた兵士たちと斬り合っていたのだろう。


「不利は承知だが、逃げるわけにも行かんよ……もうこれ以上は。

そうだ、ドラッケン。ひとつだけ頼みがある、聞いてくれるか?」


「ふん、友の最後の頼みか。このドラッケン、命に代えてもこたえよう」


「こいつを……頼む。俺が高台に向かったら、裏手にある小舟でここを出ろ」


「こっ、は? ロックス、おまえ……まさか」


竜騎士とよばれた男は、友にを託し、決死の戦いにおもむく。




「竜騎士も竜がいなけりゃただの騎士ってか?」

高笑いしながら長身の男が待ち構えていた。ギルガンド王国の将軍・キィル・ギィースだ。


「甘くみるなよ。竜がいなくとも、この俺にはまだこいつがある。

このが!!」

ロックスは高らかに右手に持った剣をかざした。


「ちょうどいい、がほしかったんだ。そちらから、ノコノコと来たか」

キィル・ギィースの武器は剣や槍ではない。大きな鎌だった。刃わたりだけで子供の背丈くらいあるだろう。その鎌の柄の部分に長い鉄の鎖が付いていて、もう一方の手に持っている棒状の持ち手とつながっていた。


(いったい、やつはどんな攻撃をしてくるつもりだ?)

見慣れない武器にロックスは不安を感じた。


 キィル・ギィースが振りかぶった。ロックスをめがけてするどい刃が飛ぶ、鎖につながった大きな鎌だ。


「あぶねえ、あぶねえ!予想以上に鋭いやいばだ、まともにくらったら、この体がバラバラになっちまう!」

ロックスは必死でそれをよけたが転倒してしまう。かすっただけなのに足から血しぶきが飛び散った。

 休む暇もあたえることなく、鎖鎌がおそいかかった……。ゴオォォォと響く風切り音。ロックスの頭のすぐ横を通りすぎた。


( いつまでもよけきれないぞ。このままでは首や手足を落とされちまう……)

苦しまぎれに投げナイフをはなつロックス。一本、二本、三本。

しかし、キィル・ギィースの鎖鎌は攻撃してくるだけでなく、投げたナイフもすべて払いのけてしまう。


( まったく歯が立たない。攻防一体というわけか、こいつ……)

飛んでくる鎌をなんとかよけることで精一杯で、ロックスは剣の届く範囲までは近寄れずにいた。


 キィル・ギィースが少しずつ前へ出てくる。反対にロックスは後ずさりした。


 ビュッ、するどい音が空気をき、大きな鎌がロックスの目前に飛んだ。すばやく後ろに飛びのくロックス。もうあとはない、すぐ後ろはがけだ。

次の攻撃が来れば、もう逃げることはできない。


「残念だったな、オッサン」

キィル・ギィースは、手元にまいもどった鎖鎌をかまえていたが、それを捨てる。

代わりに背中に収めていた長刀を抜いた。

ただの刀ではない異常なオーラを放っている。という表現が適切だろう。

「鎖鎌は、ただのだ。とどめはこいつ、漆黒の妖刀ジェトスパーダネラでつけてやる。さらば、竜騎士!!」

素早い動きで斬りかかってくる。


 ロックスはその攻撃を剣で受けた。

しかし、受けたはずのロックスの剣は砕けてしまい、漆黒の妖刀ジェトスパーダネラは竜騎士の身体からだを大きく損傷させた。

いくら鍛え上げられた肉体をもつロックスでも生き延びることは出来ない。

だが、ロックスは笑っていた。「かかったな……」


「なんだと、いくらこの妖刀がすぐれているとはいえ、竜剣がこうも簡単に壊れるはずはない、まさか……それはなのか」


。お前たちの狙いのものは、すでににない」


「こいつ、自分をおとりにして。あの騎竜剣ドラグーンを逃がしたというのか」


「それだけだと思うな。ギルガンド、お前たちももう終わりだ……この島は沈む、いや世界から消え去る。もうすぐ水の大精霊がこの島もろともに爆発するって寸法さ。おまえらの悪事も一巻の終わりだぜ!」オッサンは満足げに笑っていた。


 嵐、豪雨、聞いたこともないような海鳴り、島がきしむ。

精霊の島は、ギルガンドの軍勢を道ずれにして大海原へと消えた。




 小舟が浜辺に漂着した。

乗っていたのは疲れきったひとりの剣士だけだった。

古びた大きな剣をしっかりと抱きかかえていた。


「たいへんなものを預かっちまったな。今頃、あいつも、あの島も海の底か。いっそうのこと、この剣もいっしょに沈んで消えたほうが余計な争いや野望なんかも生まれなくっていいのかもしれんが。

やれやれ、そんな大そうなことより、とりあえず……。あいつの息子になんて伝えりゃいいのだ、たしかストーンとか言ったけ。

ロックス、俺はなんていえばいいのだよ……まったく!」





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