第28話 第二次スコル戦役 経過2 ラグナロク出撃

 竜王歴三〇七六年の暮れ、オリオウネ軍がスコル大公国の要衝である城塞都市シャウラを奇襲して陥落させてから半月が過ぎていた。


 勢いに乗るオリオウネ軍は、城塞都市シャウラからさらに東へと前進しギルタブ市街を占領するに至った。ギルタブ市街を足掛かりにされては、公都スカーレットブルクは喉元に剣先を突き付けられているようなもので、いよいよこの戦乱も佳境を向かえていた。


 城塞都市シャウラを奪還すべくスコル軍の軍勢は公都を出発した。アンタレス大公自らが指揮に立つ。麾下の戦力として親衛騎士団三千人、グラフィアス将軍が率いる主力歩兵団が五千人。シャウラから敗退してきた残存戦力が千人足らず。傭兵騎士団ラグナロクの戦力が四百着騎近くいた。合わせると九千を上回る大軍勢となった。

 ギルタブ市街を占領していたオリオウネ軍は三千人にも足らず、三倍以上の兵力が公都を出撃したという情報を知ると撤収をはじめていた。後退してシャウラに駐屯している本隊と合流するつもりのようだ。


 アンタレス大公は切り札として準備していた傭兵騎士団ラグナロクへ出撃を命じた。

「ルカニオス、出てくれるか」

「今か今かと待っていました。必ず、戦果を挙げてみせます」

「わしとグラフィアス将軍の主力部隊でギルタブ市街の正面から攻勢をかける。ラグナロクは先行し、ギルタブ市街を迂回、逃げ出していく敵軍を側面から強襲してくれ。頼んだぞ」


 ルカニオスは颯爽とした指揮ぶりで軍勢を進めた。傭兵騎士団ラグナロクの構成はその作戦に合わせて編成されている。今回は司令官のルカニオスの下に副官二名、隊長クラスが二十名ほど、ラグナロクの専属傭兵として五十人が騎乗しており、スコルの正規兵百五十人の騎兵をアンタレス大公より預かっていた。総勢二百、今回は全員が(騎士ではないが)騎乗した騎兵である。


 この時代になると、騎兵、歩兵、弓兵、弩級などと兵種によって編成が分かれていることが多かったが、スコル大公国はいまだ封建主義のなごりで、兵種はごちゃまぜ、大公であるアンタレスに忠誠を誓う領主が自分の手勢の騎士たちを連れて戦場に出てくる。その騎士たちも、馬に乗っているのは騎士自身と従士である数名だけで、ほかの部下たちは徒歩に武器も槍や弓などばらばらであった。ふだんは農耕や狩猟をしている領民たちに武器を持たせて集まって来るものも多くいた。


 この点は、オリオウネ帝国にしてもそれほど違いはなかったが、近年、常備軍として騎士団の編成に着手してだけに、洗練された軍事行動を展開できたのだ。

 これは今回の戦役でスコル側が遅れをとった要因のひとつかもしれない。



 スコルの国内であり地の利もある、スピードを重視した行軍でまたたく間にラグナロクは遠くまで離れて行った。

 ギルタブ市街の迂回を命じたアンタレス大公であったが、ラグナロクの軍勢がどこにも所在がつかめなくなり不安をおぼえた。

 「いったい、どこまで行ったのだ。影も形もないとは」


 「まさか、金だけもらってですかね。傭兵なんてものは」


 「いや、ルカニオスは信義に厚い男だ。それはないだろう。ましてやあの軍の三分の一以上はわしの与えたスコルの正規兵だ」


 「では、どうしてギルタブ市街の付近にラグナロクが居ないのでしょう」


 「むう、おかしい。裏切りはないだろうが、なにか手違いがあるかもしれん。早馬を出して、伝令じゃ。ラグナロクを呼び戻せ」


 実際にはラグナロクは機動力を活かして大きく迂回していただけで、もしこの早馬が間に合ってしまっていたら、作戦はちぐはぐになり失敗しただろう。

 早馬の到達よりも先に戦闘がはじまった。




――――― シャウラ=ギルタブを結ぶ街道沿い



 夜半過ぎ、街道沿いを撤収していたオリオウネ軍は、突如、奇襲攻撃を受けた。

傭兵騎士団ラグナロクの襲来である。


 月明りも星明りもじゅうぶんにある。それでも、夜襲に気付かなかったのは、ラオリオウネ側の不備だけではなく、ラグナロクがけていたからだろう。


 開けた戦場だ。兵たちが身を隠せるようなものはない。ラグナロクは潜みながら近づいたというよりは、一気に距離をつめて近寄ったのだった。スピードこそがなによりの戦術であるとルカニオスは考えていた。



 「なんだ、こいつらは」慌てるオリオウネ軍の兵士たち。

 

撤収中であとは城塞都市シャウラに戻るだけという油断はあったかもしれない。

動揺しながらも迎撃にはいった。

オリオウネの兵たちは、革鎧の上に鎖鎧、鉄兜をかぶり、長い槍を装備している兵士が多かった。

接近戦をしている者の中には、腰に吊るしてあった剣を使って戦っている者もいた。


 オリオウネの軍勢を蹴散けちらして単騎で駆け寄って来る傭兵騎士がいた。

 「オリオウネの将とみた、その首、もらい受ける!!」


 「貴様は……」若い指揮官が問うた。


 「傭兵騎士団ラグナロクのルカニオスだ!」

そういうと、馬から飛び降りた。


 「貴様がうわさに聞く、あの傭兵か。かかってくるがいい、俺はアムレード・ガゼル士爵。オリオウネ国境第三兵団の長だ」

青い鎧の若武者は答えた。アムレードも馬には乗っていない。


 国境第三兵団は、その名の通りオリオウネ帝国とスコル大公国の国境に駐屯する防衛部隊で、ガゼル砦に所属している。オリオウネのもっとも東端にあるガゼル砦はガゼル伯爵の領地であり拠点である。ガゼル伯爵自身も武人であるが、アムレードはこの伯爵の息子のひとりであった。正式な騎士になってまだ数年だが、少年時代からの冒険家で、国内では武勇で知られていた。老齢のガゼル伯にかわり現場で指揮をしている。


 アムレードのもつ剣は魔剣である、勢いよく振るったその剣先から鋭い稲妻が走った。ルカニオスは回避したがそれでも余波を受けて鎧の一部が損傷した。左肩の装甲が砕けている。感電したのか、利き腕ではなかったが、肩から指先までしびれていた。


 「なるほど、その剣がガゼル家の伝家の宝刀というわけか。直撃されては、命がいくつあっても足りそうにない」ルカニオスでさえ、冷や汗をかいていた。


 「つぎは、はずさん。覚悟しろ、ルカニオス」

アムレイドが気合いを込めて剣を構えている、刃の部分が青白く輝きだすと剣にエネルギーが充填されていくのがわかる。


 「ふっ、その剣の威力はもうお見通しだ」

そうつぶやいたルカニオスの姿が消えた。


 実際には消えてはいない。アムレイドの視界から身をくらませたのだが。

 

 「どこだ、やつの姿が消えた?」とまどうアムレイドは、エネルギーの充填が完了した魔剣の攻撃先を失い、暴発させた。「しまった!」


 「こっちだ!」


 背後から声が聞こえて振り向くアムレイド。しかし、遅かった。

振り向くとルカニオスが見えた。そして、ルカニオスの剣がアムレイドを深々と突き刺していた。崩れ落ちるアムレイド。


 「兵団長~!」

大勢のオリオウネの兵たちが一目散に駆け寄って来る。アムレイドを助け起こす者、

盾となってルカニオスの前に立ちはだかる者。


 「なにっ、刃がすこしそれたか。家臣たちに慕われているようだな、命拾いしたか、若き騎士よ」

一撃で仕留めそこなうことは珍しい、ルカニオスは去っていった。


 「うっ、だいじょうぶだ」苦しそうに答えるアムレード。

彼の魔剣は攻撃特化のものではない、魔剣の防御能力が発動しバリアーの効果があったのだ。「僕はまだまだ甘い。この剣に守られていなければ、致命傷だった。先祖の力に救われたか……。ここは一旦、退こう。第三兵団、退却する」


 ルカニオスも追撃はしない。深追いすれば、シャウラからの援軍が出てくるだろう。この奇襲で撤退中の兵力の半数は撃破した。敵の指揮官を戦闘不能にしたこともオリオウネ側の士気を下げるのに有効だろう。




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