第22話 傭兵騎士団ラグナロク

 この数年、ストーンが身を置いていた傭兵騎士団ラグナロクは特異な集団だった。


 群雄割拠のこの世界で幾人もの王たちが覇権を争う中、自前の軍事力を持つ者もいれば、傭兵を頼る者も多かった。王といえども資源や人材などを含めて豊かな領地を持つものばかりではなかったからだ。まともに常備軍を持つ国は、大国といわれるリオニア王国やオリオウネ帝国などむしろ少数なのである。


 戦争で主力になったのは傭兵騎士団であった。

騎士や傭兵たちとの違いは、組織として編成された集団が王や領主に仕えていて、忠誠の変わりになるものがカネであった。「忠誠などという綺麗事よりも、カネは裏切らない」などと口にする王さえいた。


 傭兵騎士団ラグナロクは少数精鋭をうたう戦闘集団で古代帝国の時代から存在すると言われている。帝国の闇の部分、暗殺や誘拐、破壊工作などを請け負う、いわば特殊部隊だった。


 現在のおさであるルカニオスによって統率される二十人の中核の人物たち、戦闘後の略奪も許可されていたため、彼らの通ったあとには何も残らないと噂された。

 特殊な任務はその中から選ばれた少人数で行うが、大規模な戦場におもむく際は、それぞれに従者たちを数人から十人くらい連れていくので、戦場に現れた時は二百人から四百人くらいの兵力になった。


 中核の構成員たちは、今は傭兵であっても元は騎士や没落した貴族たちであり、従士や身の回りの世話係り、自分専用の軍馬とその馬係りなどを連れているのが普通だった。

 子連れや愛人を連れている者までいたが任務さえまともにこなせればよいとルカニオスは黙認していた。むしろ、人間らしさの残りかすでも持ち合わせていたことに安堵していたのかもしれない。


 領地も家族も失い、正義や大志を抱くこともない、希望や愛も忘れて久しい、宵越しの銭は持たないと豪遊する、明日の糧を憂うどころか、数分先の命の保証もない連中なのだ。


 彼らが生きているといえるのは戦場にいるときだけだった。死に場所をもとめて彷徨いながらも、勝って生き延びた心地よさにしか自らの命の鼓動を実感できない矛盾した生き物たちだ。


 ストーンにとって、その集団にいた三年間はどういう意味があったのか。

 傭兵騎士団ラグナロクの一員としての過酷な戦いの数々は、哀しみを忘れさせてくれるのには十分であったが、それを消し去るだけには及ばず、ストーンからさらに大切なものも奪い去っていったのだ。


 ストーンは十八歳になったばかりだというのに、かつてのようなあふれんばかりの元気に満ちたその表情はなく、疲れ果てた老人のようにもみえ、心という人としてもっとも大切なものをうしなってしまっていた。


 少年の日のストーンは、初恋の少女ピティのために命までかけて戦ったというのに、今では愛などという感情はどこかでくしてしまったのか、それとも捨て去ってしまったのか。

 金さえ渡せば戦ってくれる無機質な戦闘人間になっていた。


 少年時代も背は高い子供だったがさらに伸び、長身な騎士団長のルカニオスほどではないが、成人男性の平均よりやや高いだろう。体は細身だが筋肉はしっかりしていた。

 精悍な顔立ちではあったが、表情が暗い。無邪気で明るい少年の頃との一番の違いかもしれない。傭兵として働く中で、額と目の間に刀傷を負っていた。それを隠すためか硝子がらすで出来た薄暗い半透明の仮面をつけていることが多かった。

 目元の周りを覆う仮面があると他人からは表情を読み取られずに済む。本人がどれだけ気にしているかは別としてそれほど目立つ傷ではない。もしかすると傷跡を隠すことよりも、失くしてしまった心を悟られたくなくて仮面をしているのかもしれない。


 持ち物も、最低限度の生活ができる程度の雑貨だけ。衣服は船乗りのような身軽な恰好を好む。鎧は着ない。

 愛用の武器はもたない主義で、そのあたりに適当に転がっていた剣やナイフを拾って使っていた。武器にこだわらないようでいて、逆に武器に対する強い思いがあって、愛用の武器を決めることが出来ないのだろうか。



 そんなある日、闇夜にまぎれて、下宿の一階にある古道具屋に夜盗たちが押し入った。

 二階で寝ていたストーンは異変に気付くと、音もたてずに階段を下りていく。

 階段の隅に身をひそめていると、夜盗のひとりが目の前に近づいた。


 部屋のなかは真っ暗だ。盗賊たちは目が慣れているのだろう、ストーンにとっても夜間戦闘は苦手ではない、手近の盗賊を羽交い絞めにして気絶させると持っていた短刀を奪い取る。夜盗たちの気配を頼りに足音を立てずに忍び寄ると、動くものを次々と切り伏せていった。


 「つまらん……この程度の連中か。もっと戦わせてくれ、運動不足になっちまう」

 屈強の傭兵騎士団の一員として数多あまたの試練をくぐり抜けてきたストーンにとっては、盗賊程度の相手では歯痒すぎて赤子を相手にするようなものであった。


 傭兵で貯めた金貨だけを当てにして生きるわけにもいかないと思い始めていたストーンは大家の口利きで用心棒の仕事を始めることにした。


 傭兵組合ギルドにも登録してもらったので、仕事も得やすくなった。

 しかし、ストーンの評判は良くも悪くもあった。腕前は比類なく仕事の腕は確か、ただ感情を失っているためか、程度というものがない。ストーンと対峙した敵で生き残った者はいない。問答無用で斬り捨てられ肉塊として地面に転がった。

 まるで、殺戮する機械のようであった。

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