第15話 約束

 どれだけ昔の建物なのだろうか。カビのにおいに包まれ、歩くたびにほこりが舞うような古びた廊下を走りぬけ、最上階につづく階段をのぼった。


城の上の部分は塔になっていて、螺旋階段らせんかいだんをのぼりきり最上階にでると展望室があって、ここから町や海辺の景色が見渡せた。


 外はすこし闇が白くなりはじめる、夜明けが近づいているのだ。

下を見下ろすと城内は意外と広い。厩舎きゅうしゃがみえた、騎士団の馬たちがいるのだろう。子どもの頃、こずかいほしさに馬の世話を手伝ったことを懐かしく思い出す。


 ストーンには景色をながめ思いでにひたっている余裕などなかった。

屋内には、いくつかの部屋があった。風精霊シルフィードの手助けはもうない、自らの勘だけが頼りだ。

「どこだ……どこにいるんだよ。うっ、なにか聞こえる……声か? 泣いてる声?」

奥の扉から少女の泣く声が、かすかに聞こえてくる。


「ピティの声だ。この部屋か」

かぎがかかっているが力まかせに大剣をなたのようにつかって取手ごとたたきこわした。


「ストーンくん!」

ピティの瞳にぱっと光りがもどった。

ストーンが見慣みなれているいつもの少女よりも少し大人びて見えた。三つ編みの髪を下ろしているからなのか、普段は着ることがなかった上質なドレスをまとっているからだろうか。今のピティは、まさにお姫様という姿をしていた。


「ピティちゃん。なんてきれいなんだ」

 ストーンは、とても愛おしそうにゆっくりと手を差しのべた。「さあ、早くここから脱出しよう!」


「来てくれたんだぁ、ストーンくん。ほんとうに……。

わたし、信じていた。ストーンくんは生きているって。

そして、きっと助けに来てくれるって、眠るといつも夢でみていたの」

ピティの目から涙があふれ出していた。ストーンは指でやさしくそれをぬぐってやった。「ピティちゃん……」


「夢じゃないよね?」

ピティはストーンの体に顔をすりよせて、幻ではなく実体だと確かめているようだった。

「ああ、俺は生きている、君を助けに来た。さあ、急ごう!」


 手をとりあって部屋を出て行こうとする二人の前に何者かが立ちふさがった。

「甘いぞ、小僧。わしの奪ってきた宝物、そう簡単に取り返せると思うな、その美しい娘は渡さぬ」

 整った顔つきだが、傲慢ごうまんそうな表情、すらりとした体形で敏捷そうな物腰の男だ。銀色の長い髪が闇の中で揺れていた。上着にはいくつもの数の勲章がついている。ドレイク・ディアビルス伯爵だ。


「ピティは、俺が連れてかえる。この剣にかけて」

背中にるしていた大剣をすっと抜き放つストーン。銀色のやいばがキラリと光った。父の形見で、ふつうの幅広剣ブロードソードよりもひとまわり大きい両手持ちの剣だ。


「あの時の小僧か、まさか生きていたとは。せっかくひろった命、また捨てにくるとは、笑わせてくれるではないか」

伯爵も自慢のレイピア(高貴な細い剣)を抜く。


「危ないから離れているんだよ、ピティ」

少女を後ろに逃がして、ストーンは勢いよく伯爵に斬りこんでいく。


「かかったな?こぞう」

にやりと薄笑いを浮かべて伯爵は狙いを定めると、ストーンの肩をめがけて剣先を突きだした。まだ傷もえぬ右の肩だ。

真っ赤な血しぶきが飛び散り、少年の手から大剣がふっとぶ。伯爵の得意技だ。

相手の攻撃を利用する伯爵のカウンターは、勢いをつけて攻撃すればするほど倍返しとなって襲いかかってくるのだ。


父の形見の剣は床に転がったまま、血みどろの右手では上手くつかめない。

「ええい!!」

ストーンは、体ごとぶつけるように空中に飛び上がりながら、身をひるがえして、とび蹴りをした。伯爵のあごに炸裂する。もんどりうちながら伯爵は悲鳴をあげて転がった。


「ピティちゃん。俺が必ず連れてかえるから」

ストーンは、少女の肩を強く抱きしめ、つぶやく。大剣は床に転がったまま。

とっておきのナイフはあと一本。しかし、投げナイフであのカウンターを封じられるとは思えない。


 伯爵がじりじりと近寄ってくる。先ほどのストーンのりであごが割れたか口元からドロリと血がしたたりおちる。

「観念できたか! これでおしまいだ」

伯爵の剣が振りあがった。


「ストーン君、覚えている?いつか英雄になるんだ……って、子供の頃、私に約束してくれたこと。見たいの……英雄になったあなたの姿を」ピティは言った。

その刹那せつな、力を使いはたして、うなだれていたはずのストーンの体が雷鳴よりも速く動いた。伯爵が打ちおろした剣をわずかにかわし、床に転がっていた愛剣を拾いあげる。

「よく見ていてくれ。これが、その約束の答えだ」

そう叫ぶと、少年は伯爵に突撃して行く。

伯爵にとってはおもうつぼだ。レイピアの剣先がストーンの脇腹に深々と突き刺さった。胴体をまもる革鎧も無惨に破れていた。

だがストーンは、ひるむことなく逆にふと笑った。

「これなら得意のカウンターは出せないだろ、伯爵さんよ!」


「まさか、わざとか?」しかし、深々と刺さっている伯爵の剣は自由にならない。

剣を抜いて伯爵はのがれようとするが、ストーンは確実にねらった一撃を、伯爵の喉元のどもとたたきこむ。

いうまでもなく即死であった、伯爵は絶叫すら上げることなくこときれたのだ。


「やったよ、ピティちゃん」ストーンはおもわずピティを抱きよせた。

「ストーン君……ストーン君」ピティもひたいをストーンの胸にすりよせた。

「ほんとに無事でよかった」ストーンはピティの髪をなでた。

「ストーン君も……」

「あとは、ここから脱出するだけだ。下に馬がいたのを見た、あれを使えるかもしれない。行こう」ストーンはピティを抱きよせた。

 ふたりがこの部屋から出ようとした瞬間、出口の向こう側に人影がみえた。

「お楽しみ中にすまないね……まさか、このまま帰れるとでも思っているのかい、君たちは!」

聞き覚えのある声が響いた。


「おまえは???」


「ひさしぶりですね、ストーン。ピティさんも」


「生きていたのか?無事だったんだな、モンスーン」

ストーンはニコリと笑った。


「人がよすぎやしませんか、あいかわらずだな」不敵に笑うモンスーン。

手には黒い革袋に入った何かを持っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る