第13話 星明りの城

 そばに剣と布の背負袋ザックが置かれていた。

「この剣を失わなかっただけでもよかった。乾パンはもう食べられないな、火打石も使えないかもしれない」

水浸しになった背負袋ザックの中を整理していると、木の実を入れた小袋が見つかり、これは食べられそうで、すこしは腹のしになるだろう。


 灯りが必要だが、たいまつも湿っている。ストーンは夜目はくほうだったが、星明りだけで行けるのか不安はあった。

 武装は父の形見の剣を背中にるし、胴に着けている皮鎧レザーアーマー、ほかには左右の前腕に巻き付けている革製の籠手ガントレット、そして籠手ガントレットに仕込んである小さな投擲用とうてきようナイフが合計6本。

どれだけの人数と戦うのか知れないというのに予備の剣さえない。心もとないが身軽であることを優先した。


 ひどい疲労感がして眠りこけそうになるが、伯爵に刺された肩の傷がづきづきと痛み、ぎりぎりのところで意識を保っていた。

「こうしちゃいられないんだ!」気力だけで立ち上がった。


 ストーンは急いで木々の合間をぬけてディルガ城へと向かった。子どもの頃の遊び場のひとつだ、問題なく通りぬけた。いや、問題はここからだった。

 

 ディルガ城は、城と言っても大きな城塞ではなく貴族の別荘として建てられた堅牢な館だ。正面は強固な城壁に守られているが裏にあたる崖側がけがわにはない。二階建ての館の上に細長い塔がそびえていた。

『風のすみか』と同じ山岳地帯にあり、東側に広がる海を見下ろすようにして建てられていた。城からの見晴らしは素晴らしいのだが、建物自体は断崖絶壁の上にあるので、逆にいえば軍隊なども容易に近づけない、難攻不落のとりでともいえた。


「おいっ、こんな高いところ登れるわけないだろ、どうする?  正面から行くよりはまだこちらがいいか」ストーンは自問自答した。

夜明けまでにはまだ時間があり、闇にまぎれて崖沿がけぞいによじのぼって近づくことにした。


(気が遠くなりそうなくらい高いなあ)

海側に回りこむと一手一手を確かめるようにして岩と岩の間を上がっていく。腕がだるい、怪我けがをしている肩も痛みだしてきた。


 どれくらい登っただろうか。下を見てみたかったが見ないほうがよいだろう。そこには、恐ろしくなるような断崖絶壁が今にもストーンを一飲みにしようとその口を開いていたのだから。

 すでに腕も足も感覚が失われているのだろう。気力だけで壁にへばりついているようなものだった。


(この崖を登りきったとしても城の中には何十人もの騎士や兵たちがいるだろう。

ピティの居場所を見つけるまでにどれだけの敵と戦えばいい……?)

頭の中をよぎるのは不安ばかりだ。いっそうのこと、この手をはなして谷底に落ちてしまえば楽になれるのかもしれないと。

 ピティを見つけ出せたとしても、すぐ側にはあの恐ろしい剣術の達人である伯爵が居るはずだ。もう一度、戦ったとしても勝てる自信はなかった。戦っても負けるかもしれない。それならば、なにもこんなに苦しんで崖を登っていく意味もないだろう。もう、手をはなそうか。何度もそう思ったが、そのたびにストーンの脳裏に浮かんでくるのは、ピティの笑顔であった。

 草原でゆっくりとねころんでいる時のそよ風のようなピティの笑顔。

夏の日の夕暮のようにはかなくもきらめく美しい髪。

(なんとしてもここを登りきる、そして、ピティちゃんに会う!)

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