北海道ツーリング編

第20話 北海道上陸!

船旅はいい。

空はどんよりと曇っているが

気持ちはこれから向かう北の大地へのワクワクで高揚し、

かつスカッと晴れ渡っていた。


船に入ると若い係員の男性から大きく手招きされ、

バイクを係留する場所に誘導される。


手早くハンドルやシートにロープをかけられ、船倉に固定された。

黄色と黒のシマシマの車止めを前後タイヤにかまされて動かない状態にされる。

その様子を少し離れた場所で感心しながら見ていた。


数時間の船旅なので大きな荷物は解かず、リュックとウエストバッグを抱え、

赤いオフロードブーツをガコンガコン言わせながら

潮風で錆びた階段を船倉からデッキまで上がっていく。


これだけ巨大な「箱」が大量の人と荷物を載せて海を突っ切って走る様は、

いつも1人乗りの乗り物でトコトコと地面を這って走る自分からすると、

極端な非日常である。


今年は何故か一度あけた梅雨が大陸の高気圧に押されて前線が戻ってしまい、

関東地方は戻り梅雨になってしまった。

梅雨がないと言われる北海道もその影響か、

なんだかどんよりとしている日が多いと聞いている。


しかしこの旅の目的地の1つにいよいよ上陸する僕の気持ちは、

言いようのない高揚感に包まれていた。


客室でジッとなどしていられないので、

大きな荷物を抱えながらそのままデッキに上がった。




まだ北の大地は見えない。

鉛色の海と鉛色の空があるだけだ。風はない。


ヒタヒタとたゆたう港の水面に、

アイドリングする船のエンジンが作る波紋が見える。


この船のエンジンは缶コーラ1本分に満たない愛車の排気量の何倍なのだろうと考えた。


その巨大なピストンが巨大なシリンダーの中でA重油を気化させながら

ドカンドカンと動く様を想像していたら、おもむろにタラップが引き上げられ、

エンジンの回転数が上がり始め、船はユックリと動き始めた。出航である。


風は湿気が多く、粘りつくような日本の夏の空気であり、

一般的には快適とは言い難かったが、いつもはその不快な環境下で

更にフルフェイスのヘルメットをかぶっている俺なので、

顔に直接風を受けることが出来るだけで何とも素敵な気持ちになれた。


いつもは炎天下の中、ヘルメットにぺったりと押しつぶされた

汗まみれの髪の毛がみすぼらしく見えるのでスカーフをかぶっているのだが、

今日はキャンプ地からほとんど走らず港に着く距離に野営していたため、

その必要もない。


爽やかだ。


気持ちなんてものは、心持ちのありようで何とでもなるものだなあと、

どんよりとした曇り空の下を進む船のデッキで、

隣でなにごとか言い争いをする中年夫婦を見ながら、

そんなことを考えていた。


この船には公衆電話が付いていた。


船からの電話は高性能ラジオであれば傍受できるのを思い出した。

一時期BCLにハマっていた僕はソニーの高性能ラジオを所有しており、

たまに知らない他人の電話を聞いたりしていた。


ユルい時代だった...。


もちろん目的はそんな出歯亀的なものではなく、BCLそのものである。

ラジオ局に受信状態を書いて送るとラジオ局独自のカードが送り返されてくるので

それをコレクションするのだ。

世界中のラジオを聴いて国際郵便などを送っていた。

アジアのある国はカードだけでなくスダレのようなものまで送ってくれた。


そんなことを思い出しながら、高額だけども記念に電話でもしようと考えた。

真っ先に思い浮かぶのは広島に残してきた彼女だ。

いそいそと手慣れた番号をかけてみるも、残念ながらコール音が繰り返されて不在である…。


仕方なく自宅にかけると夏休み中の妹が出て、

いま北海道に渡る船の上から電話していることを告げると


「お兄ちゃん、北海道に着いたってー!」


と家中に届くような大声で叫んでいる。

まだ着いていないのだがまあいい。


一通りの高揚感を楽しんだ僕は空調の効いた客室に戻り、

大げさなオフロードブーツを脱いで日記を書くことにした。


スプライトを飲みながら日記を書いていたら徐々に眠くなり、

そのまま寝落ちしてしまった……。


ブォーー!!


大きな汽笛の音で叩き起こされ、驚いて窓の外を見やると、

そこには函館の港町が見えていた。


身の回りのものがなくなっていないことを確認して、

案内に導かれつつ船倉に降りると、

はやくもアイドリングを始めているクルマたちで騒々しいことに加え、

船のエンジンも逆回転でギア比を落としたのか

凄まじい回転数が奏でる爆音の渦となっていた。



バイクに置いていたヘルメットをかぶり、係留ロープを外してもらい、

キック1発で缶コーラ1本に満たない排気量を持つ愛車のエンジンに火を入れる。


巨大なタラップが油圧でユックリと降りていく。

どんよりとした函館の空は待ちに待った北海道の大地に続く。


言い様のない高揚感に包まれた僕は、

接岸のためのエンジンが頑張る爆音の響く船倉のヘルメットの中で雄叫びをあげていた。


さあ、北海道上陸である!

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