第7話 距離感。−3

「……」


 じっとしてこっちを見つめる。

 普通の桐藤さんは無表情で冷たい印象なのに、先の話を聞いた彼女はこっちを見て何かを期待しているような顔をする。まだ噛まれたところがピリピリするけど…、そんな目で見られたらやらせるしかないじゃん。


 自分で言ったけど、ちょっと恥ずかしくて桐藤さんから顔を逸らしていた。


「井上くん…?」


 ウジウジしていた俺に桐藤さんの小さい声が聞こえる。

 振り向いた時の彼女はずっと俺の方を見つめていた。何を考えてるのか、読めない顔をして静かにこっちを見つめる。でも、こっそり繋いだこの手は桐藤さんの表情とは違って焦る気持ちを隠せなかった。


「うん…」

「私…、もう我慢できない…」

「あ、ごめん。ここじゃ恥ずかしいから…、あっちに行こうか…?」


 頷く桐藤さん、俺はベッドのところを指で指した。

 そしてこっそりカーテンを閉める彼女はすぐ俺を倒して体の上に乗る。俺を見下すその視線に圧倒されて、桐藤さんから目を逸らしていた。すると、ますます近づいてくる桐藤さん体と声に我慢できなくて…、緊張した俺は勝手にドキドキしていた。


「井上…くん」


 そう言ってから片手で俺のあごを持ち上げる桐藤さんと、強制的に目を合わせるしかなかった。


「こっちを見て、昨日の可愛い顔が見たいの」

「……」


 赤色の瞳、その瞳が心臓を握り締める。

 ベッドに倒れた時、俺の両腕を脛で押さえた桐藤さんはすでに血を吸う準備を済ませていた。抗えない体勢。邪魔になる横髪を耳にかけた桐藤さん、その顔がこっちに近づいてくる。とても近い距離で彼女の香りと胸の感触が伝わっていた。


「……っ」

「井上くん、緊張してる…?」


 耳元で囁く桐藤さんが噛まれたところの絆創膏を剥がす時、俺は彼女に聞いた。


「せ、生徒会長がこんなことをやってもいい…?」


 頭が回らないのか…、何変なことを聞いてるんだ。

 緊張しすぎて、自分が何を言ったのかもよく分からなかった。


「じゃあ、なんで吸血鬼の前でそんな話をする…?」

「ごめん、緊張して変なことを…」

「フンー、もっと見たい。その可愛い顔が…。ねえ、井上くん?私が怖い…?」

「……」


 すぐ前から桐藤さんの顔が見える。

 もう少しでお互いの鼻が触れそうになる距離、自分の顔が熱くなっていることに気づいた。


「聞かせて、私が怖いの?」

「いや…」

「井上くんには私がどんなに見えるかな?」


 その赤い瞳に映ってる俺の姿、桐藤さんは俺を見ていた。


「綺麗で、頭がいい…」

「私、井上くんに興味あるかも…」


 微笑む桐藤さんはそう言ってから俺の首筋を噛む。


「はっ…、うっ…!」


 昨日より激しくなったのは気のせいかな…?恥ずかしい声で喘ぐ俺は今桐藤さんに血を吸われている。思いっきり噛んで血を吸う彼女が左手で俺の頬を触っていた。


「…っ!はぁ…」

 

 声が震えている。今この痛みを耐えるために何かを掴まないと…。

 その時、彼女の脛に押さえていた俺は…。黒いストッキングに包まれた桐藤さんの太ももを両手で掴んでしまった。いやらしいことをしている意識はある…、そして桐藤さんの柔らかい肌触りに俺はもう何も思い出せなかった。


「……!」


 びくっとする桐藤さんに気づいたけど、彼女は止まらなかった。

 しばらくじっとしていたら、口を離した桐藤さんが俺の首筋を指先で拭いてくれた。人差し指についてる血を口に入れた彼女が微笑む、そしてその口元から俺の血が落ちていた。桐藤さんにどれくらい吸われたのかは分からないけど、吸われた後の目眩には耐えられなかった。


「…美味しいよ。星くん」

「……う、うん…」


 眩暈がして俺は桐藤さんの話にちゃんと答えられなかった。

 微かに聞こえる声と、ぼやけてる視野に今すぐ気絶しそうだった…。


「星くん、あの一年生にもらったお菓子は捨てて。私がもっといいのをあげるから」

「うん…」

「よしよし…」


 少しずつ息を吐いている俺の頭を優しく撫でてくれた。そんな気がする…。

 もう頭の中か真っ白になって、俺は桐藤さんの話に全部「うん」と素直に答えていた。


 それから気絶したかもしれない…。


「桐藤さん…」

「うん、星くん」


 ———そしてあの日から、桐藤さんは俺のことを「星くん」と呼ぶようになった。


 星が眠った後、急いで保健室に入ってくるひなが息を切らして血液パックが入っているお弁当を白羽に渡した。


「ご、ごめん。白羽ちゃん、持ってくるのが遅くなって…」

「うん…?大丈夫、交通事故は仕方がないからね?」

「よりによって、昨日の夜から…。お腹空いたでしょう?」

「ううん…、それは後でいいよ」


 微笑む白羽を見ていたひなは、その隣で寝ている星に気づいた。

 そして先まで血を吸っていた現場を確かめたひなが顔を赤めて白羽に聞く。


「や、やや…、やったの?また?」

「うん…」

「もしかして…、朝から昼の分まで…?」

「うん…、ちょっとやりすぎたかな…?」

「そんな…。ねえ、白羽ちゃん、井上がそんなに美味しいの?えっ、それより白羽ちゃん、顔真っ赤だよ?」

「あ、そう…?暑くなったかもね?て、天気が」

「へえ…」


 白羽の表情を見て、ひなはなんとなく分かりそうな顔をしていた。

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