第9話

 兄さんは、たくさんの薪を一度にまとめ、私に向き直ってから言う。


「いや、それはレダ母さんが置いていった服だよ。母さんも背の高い人だったからな。今のお前の体型なら、ちょうどサイズが合うだろうと思って……レダ母さんの服を着るなんて、嫌だったか?」


 レダ母さんと私は、血がつながっていない。


 私が幼い頃、実の母親が病気で亡くなり、何年かしてから、兄さんを連れてこの村にやって来ていた旅人のレダ母さんと、父さんが再婚したのだ。


 レダ母さんは美人な上に、明るくて楽しい人だったが、数年間一緒に暮らした後、急に『また旅に出たくなった』と言って村を出て行った。生まれついて、一つのところにじっとしていられない性分の人らしい。


 もともと頑固なところのあった父が、さらに偏屈になりだしたのはレダ母さんがいなくなってからだ。……最愛の妻に先立たれ、心の傷が癒えてきたころに、やっと再婚した相手が突然目の前から消えたのだ。多少なりとも人格が歪んでしまうのも、仕方ないことだったのかもしれない。


 父にとって大きな救いだったのは、レダ母さんが残していった義理の息子――つまりハーキース兄さんと、本当の息子のように馬が合ったことだ。兄さんは、すっかり気難しくなってしまった父さんとも、生来の気立ての良さで上手につきあい、体力も人並み以上にあるので、牧場の仕事でも大活躍だった。


 ただ、その献身的で明るい姿の陰で、時折、父にも私にも、申し訳なさそうな顔をすることがあった。……恐らく、奔放にも家族を置いて突然旅に出たレダ母さんのおこないについて、実の息子として責任を感じているのだろう。


 置いていかれたのは兄さんも同じなのだから、責任など感じる必要はないと思うし(と言うより、実の息子の方が置いていかれたショックは大きいだろう)、レダ母さんのようなアクティブな人が、こんな田舎の村でじっとしていられるはずがないと私は最初から思っていたから、別段怒ってもいないし、レダ母さんのことを嫌ってもいない。


 しかし兄さんの方は、やはり私に対して申し訳なく感じているらしく、レダ母さんの服を持ってきてしまったことを、今になって『しまった』と思っているようだ。


 もう。

 いつまでもそんなこと、気にしなくていいのに。


 私は、兄さんを元気づけるために、努めて笑顔を作り、言う。


「嫌なはずないじゃない。レダ母さんの服って、洗練されてる上に異国情緒があって、私好きよ。この服も、どこかきっと、遠い国の服なのね」

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