Episode 1-12


「収入源ってどっから来てんだろうね」

「宗教団体ってのは、信者たちから金取るもんじゃねえの」

「にしたってさ、そのわりに活動的ってイメージないんだよな。せいぜいミサ開いたり、ボランティア活動してるくらいで」

「事業でもやってんじゃねえの。名前聞かねえけどさ」


言い合いながら、仮眠室のベッドをちらりと見やった。

同じようなベッドが整列して並ぶさまは、ちょっとした軍隊施設めいている。

適当な一つにぼす、っと尻を落ち着かせ、これからを考える。

なにはともあれ、まずは情報収集だ。思えば天啓の腕団について、知っていることは殆どない。

そも、彼等の信奉する「神」とやらについても、情報は断片的だ。

彼等がこの町を利用しているとして、その目的は何なのかを知らねばならない。


「ん?これ……」


枕元に落ちていたものを目にとめ、拾う。薬だ。

側には、使用上の注意のメモが置きっぱなし。走り書きしたものだ。


──出荷予定の個体には、品質保持のため、一度に3錠以上飲ませないこと。

別の薬と誤って飲まないこと。正しい方法で服用する際は、忘れたいことを強く思い描いておくこと。

依存性が高いため、総合して10錠以上服用した団員は申告すること。

他にも、薬についての注意事項がずらずらと羅列している。

薬をつまんで、じっと見つめる。色合いといい大きさといい、久芳が時々服用している頭痛薬と全く同じだ。

薬局で市販されている、青緑と白のカプセル。ノンメモリという薬だったはずである。当然、こんな不穏な注意書きなど見たこともない。


「……ナツキくんさあ」

「なに」

「結構薬飲んでるよね。ビョーキ的ってくらい」

「あん?だから何だよ」

「いや……頭痛薬とか何飲んでんのかなって。前に頭痛いって言ってたでしょ」

「フツーに薬局で買ってるやつだよ。それがどうかした?」

「何色のやつ?」

「青緑と白の。なんだっけ、ノンメモリって名前の」

「そっか。もう飲まないほうがいいよ」

「なんでさ」

「……薬飲みすぎるのは体によくないかなって」

「俺の勝手だろ、ンなもん」


名月は言いながら、部屋の片隅に置かれたちゃぶ台の皿から、菓子をつまみあげて投げ寄越す。

ちゃぶ台の皿にはキャラメルとせんべいが大量に積まれている。どちらも久芳の好物だ。キャラメルの袋を開けた所で、はたと思い直し、しまう。

以前読んだ漫画で、飴の中に麻薬を仕込み、何もしらない一般人を麻薬漬けにした話を思い出していた。


「食わねえの」

「なんか、ヤな感じがして。得体のしれねえ宗教団体の施設じゃん。中に何が入ってるかとか、ちょっと考えちゃってさ」


それを聞いて、名月も開けたキャラメルの袋をぐしゃり、と握り潰した。

食べる気が失せたらしく、「確かにな」と相槌を打ってゴミ箱に捨てる。勿体ないとは思ったが、思考を切り替える。

暫くスタッフルームを漁り、気になるファイルをいくらか見つけた。

分厚いファイルの背には「顧客リスト」、「出荷リスト」とそれぞれラベルが貼られてある。いかにもなタイトルを見て、互いに目配せした。「あたり」だ。


「さっき言ってた収入源ってやつか」

「管理がずさんだなー、ここ」


さっそく開いて中を確認してみる。

「顧客リスト」を見れば、そこに記載されているのは、国籍を問わず様々な人物の名前がずらり。

中には、名前だけ聞いたことがあるような有名人も混じっている。

日付、取引金額、血液型、部位、などと記載項目が所狭しと並んでいる。有名人の一人の名前を見て、久芳はハッと息を飲む。


「この人知ってる。確か前にテレビで、白血病に罹ってるって言ってた」

「あー、骨髄移植が必要だけどドナーが出なかったとかいう?」

「出たよ、多分……今頃手術してる頃じゃないの」

「出荷リスト?……おい。ここに載ってるの、ガキや若い奴らばっかじゃねえか」


「出荷リスト」を見ながら、久芳は相槌を打った。

顧客リストと対であるかのように、同じように名前と年齢、性別、血液型、住所などが事こまやかに記載されている。

その横には「内臓」や「手足」はては「脳」「骨」「全身」など、体の部位が、金額ごとに記され、「取引部位」や「取引相手」という項目には、それぞれ顧客リストに記載されている人物と関連付けられて記されている。

中には、久芳と同じ家に住んでいる子供達の名前や体の部位、金額もしっかりと記載されていた。

すう、っと血の気が静かに引いていく。に気づいてしまった。

棒線で名前を潰した項目は、きっと既に「取引」が終わった後なのだ。



「あだだだだだ何何何!?」

「…………あ」

「痛ってえんだよ、万力かテメェは!」


名月の悲鳴で我に返る。

自分でも無意識に、名月の腕を力一杯に握りしめてしまっていた。

これまでに顔を合わせて来た団員達や西澤の目を思い出し、背筋を見えない虫が這いずるような不快感に見舞われた。

彼等にとって、人間は「収入源としての家畜」なのだ。金の生る肉袋と、どのような思いで生活していたのだろう。そも、感情すら削ぎ落とされてしまっているのか。

当惑する名月を放って、更にリストに目を通す。幸いにも、出荷リストの中に久芳や名月の名はない。全ての人間が「出荷物」ではないようだ。

だが、顧客リストを改めて見直し、指先が冷たくなった。──弟の名前が載っている。

之茂が自分の意思で顧客になったとは思えない。勿論、久芳が登録した記憶もない。もっとも、記憶喪失にも似た現状で、断言は不可能だが。

目を通し終えた時、名月が「おい、これ」と小さなメモを見せた。ファイルに挟まっていたらしい。


「『実験個体が地下から逃走中。早期発見と確保に尽力すべし』……。

 ……地下、あるにはあるんだ。ボタン押せなかったけど」

「別のルートがあるか、特殊な方法でしか入れねーとか?」

「まーとりあえずこれ着てればうろついてても多少は大丈夫だろ。

 脱出経路があるって分かっただけでも僥倖かな」

「あんまり、面白みなかったな。その脱出経路ってのも二度使えるか分かったもんじゃねえし」

久芳はきょとん、と久芳の顔を見下ろした。

「……面白味求めてんの?お前。警戒してるわりに余裕じゃん」

「だって、一応潜入だろ、これ。なんかスパイっぽくね?

 楽しんだ方が気楽だろ、こういう状況の時こそさ」

「確かに」

「こちらエージェント東院、情報収集を続けまーす」

「うぃーす」


気のぬけた会話もそこそこに、二人はスタッフルームを抜け出す。

変わらず人の気配はなく、ひっそりとした廊下を、二人は足音を忍ばせて駆け始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る