第20話 朱雀隊の決断
キャンプ地まで内空閑殿に運び込まれてから1時間ほど経っても、小桜殿は気を失ったままだった。
ベッドに眠る彼のまだ幼い顔を眺めながら、私は彼らの戦いをまた思い返していた。
最後、小桜殿が勝ったと思った。だからこそ、それを打ち破った柊殿には驚かされた。
しかし、だからといって小桜殿を貶せないことを私はわかっている。後半からの怒涛の追い上げに、あの柊殿ですら攻めあぐねていた。
土壇場でのあれだけの成長率。それが「最弱から始まる成長率の高い主人公」の力。
彼の圧倒的な戦いを前にして、私は、私が彼に抱いていた感情の名前を知った。
「うっ……」
小桜殿が呻いた。
寝そべっている内空閑殿が、床に伸ばしていた首をもたげる。
「気が付いたか、隊長」
何度か目をしばたたかせた後、小桜殿は呟いた。
「終わったんですか」
「ああ」
内空閑殿が答える。
「……僕の、負けですか」
「ああ」
途端、小桜殿は両目を腕で覆った。むせび泣く声が漏れる。
内空閑殿はそれ以上口を開かず、相変わらずの読めない表情で彼を見つめていた。
「小桜殿」
と声をかける。自分のその声も、驚くほど感情が読めないものだった。
小桜殿がびくりと泣くのをやめる。
「今日の一騎打ちは、見事なものでした。あの柊殿を相手にあそこまで善戦するとは思っていませんでした。しかし、結果は結果です。あなたの負けは変わらない。今回での勝利を条件にしていたあなたの希望は聞き入れられないことになります」
彼がその小さな唇をかみしめているのが見えた。必死に堪えている。
私は一度目をつむり、その覚悟を決めた。
「少しだけ、私の話をさせてください」
小桜殿も内空閑殿も、黙って聞く。
「ご存じの通り、私は『スカラー』です。この役職の者は、あなたのように主人公として設定されることはほぼありません。実際、原作にいた時の私は主人公ではありませんでした。おまけに、私の作者は20歳そこそこで、とても博識とは言えなかった。そのような人が作り出す『スカラー』なんて、たかが知れているのですよ。作者もそれに気が付いて、私をボツにしました。狭間に来て、塵芥会に来た頃は、自分の知識のなさにひどく腹を立てたものです。それを補うために、あらゆる手を使って知識を付けた。私も、本当の『スカラー』になりたかったのです」
ふう、とそこで一区切りする。
「猛勉強のかいあって、今では皆さん、私を『スカラー』として頼ってくれます。でも、その状況は最終目標ではなくなってしまいました。あなたと出会ったから。私はあなたを嫌った。それがなぜか、先ほどの戦いを見ていてわかりました。
私は小桜殿に羨望を抱いていたんですよ。
わかりますか? 羨ましいということです。成功や勝利、名声を確約されているタイプの主人公であるあなたが、羨ましかった。私にはそんな保証はありませんから。それにここ2週間、そして一騎打ちでのあなたの成長に触れて、あなたの強さ、粘り、そしてまっすぐさ、それに憧れました。私もあなたのようになりたいと、願ってしまいました。素晴らしいものを見せられてしまいました」
再び一息つく。小桜殿は両目を覆ったまま動かない。
「小桜殿。あなたの申し出を私が素直に承諾しなかったのは、あなたが弱いからだけではありません。あなたの小心さ、私のような者に対してまでおどおどするふがいなさが、一番気に入らなかったのです。せっかく主人公のくせに、と思いました。まあ私も、試合前、私に堂々と勝利宣言をしたあなたを見てやっとそれに気が付いたのですが」
隣で内空閑殿がふん、と鼻息を立てた。こいつ今笑いやがったか?
「つまり」
と言いかけて、胸中で「やめろ」と叫ぶ、小さな自分がいた。本心を晒したくない、取り繕ってなんとかごまかしたい自分が。「もう、いいんだよ」と呟き、彼を心から追い出す。
「つまり、青龍隊の申し出についての決断は、あなたに任せます」
「え」
そこでやっと彼は腕を解いた。現れたのは涙と鼻水で汚れた無様な顔。
「いいんですか? 僕、勝ってないのに……」
はあ、とため息をついて見せる。
「私の話を理解していませんね? 戦績より大事なものを、あなたは見せてくれたのです。それに憧れたと言ったでしょう」
彼はひどく呆けた顔をしていた。その顔を一つ鼻で笑ってやってから立ち上がる。ドアノブに手をかけ、最後に彼を振り返って言う。
「任せましたよ。隊長」
後の反応は見ずに、私は部屋を去った。
「知っているか、堅海」
「何をです?」
翌日、内空閑殿は面白がるように訊ねてきた。私は彼を一瞥し、また資料を読み進める。
「主人公にはな、テンプレートというものがある」
「はい?」
「ファンタジーや冒険譚の主人公は皆、得てして成長していくものだ。しかし、何もない中で勝手に成長していくわけじゃない。そこにはな、壁が必要なんだよ」
話の意図がわからず、私はただ「はあ」と相槌を打った。いつのまにか資料からは目が離れていた。
「強大な悪や困難な状況、そういった何かしらの壁を前にすることで、主人公はそれを乗り越えるべく成長していくんだよ。つまりだ。今回の隊長の大成長の前には相応の壁があったわけだが、それが何かわかるか」
鼻につく話し方にいらいらしてきて、私は口をつぐんだ。内空閑殿は代わりにそれを答えた。
「あんただよ、堅海。あんたが自ら壁になることで、隊長の成長を引っ張り出したんだ。隊長を成長させたのは間違いなくあんただ」
「……結果的にそうなっただけです」
「あんたら、お互いがお互いを成長させたんだぞ? こんな面白いことは無いじゃねえか」
表情は変わらないのに、本当に面白がっているのが見て取れて腹が立つ。だいたい、私は何も成長していないだろう。
「それに、今回の青龍隊の申し出に対しての決断だって、もともとあんた、隊長と同意見だったろ?」
そう言われた途端、急所を突かれたように心臓が大きく跳ね上がった。
「……さあ」
「図星か」
乱暴にそこらへんの資料を手に取る私を見て、内空閑殿は頭をぶるると振った。
「素直になればいいものを。昨日の長話だって、もっとわかりやすく伝えてやればよかっただろうに」
「子ども扱いしないでいただきたい」
資料の内容が全く頭に入ってこず、その場を立とうとした瞬間、
「そろそろ隊長が青龍隊キャンプ地から帰ってくるな」
と内空閑殿が呟いた。それに思わず、一瞬動きが止まる。彼はそれを見逃さない。
「帰ってきたらまた訓練だ。今日は新しい武器を試すらしい。堅海、あんたもまた見に来るだろ?」
だん、とかき集めた資料の山を机に叩きつけ、立ち上がる。
「行きません!」
そのまま内空閑殿を残し、自室に向かった。
無性にいらいらしていた。
それなのに、どこか清々しかった。
あとがき
これでひとまず終わりとします! 無事に6万字に収められて安心しました。
最後に関しては、本当にこの終わりでいいのか、こういうのはどうか、とたくさん悩みましたが、結局これにしました。書いていく中で、私は堅海が少し好きになりました。
今後についてですが、コンテストのこともありますし、しばらくお休みしようと思います。この続きの構想はあり、なんなら終わり方までだいたい決まっています。ですので、今後も続きを書いてはいこうと思います。
ですがカクヨムの方にはほぼ浮上しないと思います。連載始めてから他の方の作品もたくさん読んでいたりするのは楽しかったのですが、他の人を見ると焦ってしまうので。地味に一人で書き続けておこうと思います。
一段落したら、コンテストの結果に関係なく再開しますので、その時はまた読みに来ていただけると嬉しいです。
最後に、ここまで読んでくださった方、反応をくださった方、皆様本当にありがとうございました。つたない作品に未熟な作者ですが、最後まで楽しんで書けました。
今日、3月14日時点で、イケメンコンテスト週間ランキング5位にまで上がり、100以上の星をいただけました。これだけ反応をいただけるとは思いませんでした。本当に執筆の助けになっていました。
本当に本当にありがとうございました!
またお会いしましょう!
ボツキャラは削除です。(改題) 西夏 @nishinatsuorr0301
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