第4話「夜会」

 王城にある大広間は天井に吊るされたきらびやかなシャンデリアの光も眩しく、不思議なものだけどキラキラとして見えるような華やかな空気で満たされていた。


 王太子が主催の夜会という事は、彼の直属の部下たちは出席確実。


 彼の護衛のための数人の近衛騎士を除く、この国の主力である王宮騎士団の面々も、やがて姿を現わすはず。特に人気のある騎士達は、出席を厳命されているだろう。きっと、筆頭騎士五人の一人ランスロットや……クレメントも。


 一人佇む私の周囲には、そんな彼らに会えるのならと、とても気合いを入れてきた様子の美しい貴族令嬢たち。こういった夜会に出席し誰に言い寄られるかで、この先の人生が決まると言っても過言ではない。


 良い縁談のためにと親から潤沢に与えられる着飾るためのお金に困らない彼女たちは、それぞれ自分の個性に一番良く合うドレスをお抱えのメゾンで仕立てる。そんな中にも、やはりその時の流行りは必ずあって今は青系のドレスが多い。


 青の濃淡に同系の薄紫色の私は溶け込みつつも、やはり未だ片付かない心中は複雑だった。


 顔見知りなどで寄り集まり笑いさざめく、ざわざわとした大広間には、今夜の開会の時間がそろそろ近付いていた。もうそろそろ主催者である王太子コンスタンス様が現れて、口上があるはず。


 それからコンスタンス様は、王太子妃候補の一人と決められた順番通りに踊るはず。けれど、もう彼はラウィーニア一人に心を決めている。きっと今夜は、彼女と踊るだろう。


 やがて時は来て王太子の登場を告げる声が、大広間に高らかに響く。


 金髪碧眼の美男である王太子のコンスタンス様は絶対自分には手の届かない存在であるとはわかっていても、思わずため息をついてしまう程に美々しい王子様。少し失礼かもしれないけど観賞用には、最適な人だ。


 彼の傍に居るためにと王妃の身分の重圧に耐え切れるのは、ラウィーニアを含めたきっと一握りしかいない。


「今夜は、僕の催する夜会に来てくれて感謝する。実は、今夜はこれから報告がある。この場で、王太子妃に決まった女性の名前を、知らせたい……ラウィーニア。こちらへ」


 彼の呼びかけに答え、美しい深い青のドレスに身を包み楚々として現れる黒髪の美女。ラウィーニア・ライサンダー公爵令嬢。先ほど心配顔をして会ったばかりの、私の従姉妹だ。不届き者の誰かが変身魔法を使って、いずれこの国の至高の存在となる王太子の隣でにっこりと微笑む彼女に成り代わっていない限りは。


 何人かの候補の中からたった一人選ばれた王太子妃の名前を聞いて、周囲からは悲鳴を含めた驚愕の声もあがる。もちろん、彼女に近い親族である従姉妹の私も、この場で発表をすることは事前に聞いてはいなかった。


 王妃に誰が選ばれるかは、この国の宮廷では大問題のはずだ。これが知れ渡る今夜から、早速方々で貴族の政治的な駆け引きが始まるだろう。


 彼が望むと望まないにしろ、ラウィーニアの父ライサンダー公爵、ダニエル伯父様は大きな権力を手にすることになる。だって、順当にいけば未来の王の祖父となるのだ。彼や彼に近い誰かに擦り寄っておけば、今を生きるための貴族としては間違いない舵取りだ。


 大きな権力を持つ誰かの傍に居て、絶対に損はない。


「では、今夜を楽しんでくれ」


 必ずこれからいろんな場所で始まるだろう、あまり愉快ではないやりとりに、私が思いを馳せている間に、色々と終わってしまったらしい。王太子の挨拶は終わって、軽やかな音楽が奏でられた。


 最初のダンスは、主催のコンスタンス様とそのパートナーのラウィーニアで麗しい二人が踊り出す。そうして、曲の節ごとに徐々に高位の貴族達から順に踊りの輪が広がる。ファーストダンスは、恋人同士そして決まった婚約者や、夫婦で踊る。


 若い未婚の令嬢の流行りは青系だけど、既婚の貴婦人達にもそれはそれで流行がある。そして、外国からの賓客たちの民族衣装も加わり。大広間に美しく鮮やかな、色とりどりのドレスが回る。


 それをぼんやりとただ見ていただけの私に、背後から聞き覚えのある低い声が聞こえた。


「ディアーヌ嬢」


「……グラディス様」


 私がこの場に来る主な理由になった、氷の騎士ランスロット・グラディスがすぐそこに居た。


 この前、庭園で会った彼は、王宮騎士団の通常時の灰色の騎士服を着ていた。けれど今は、こういった正式な夜会などに彼らが着用する黒い騎士服を着ていた。


 ランスロットとこうして、夜会で近くで会うのはこれが初めてだけど……控えめに言って、うら若き乙女なら、見ただけで思わず色気にあてられて倒れてしまうほどに、輝かしく素敵だった。


 ランスロットが私に話しかけたのを見て、周囲の目が集まるのを感じる。


 それはきっと彼の容姿がまるで造りもののように整い過ぎているから、と言うだけではない。氷の騎士ランスロットが、興味のないはずの女性に声を掛けているのを見るのが初めてと言うのもきっと大きいと思う。しかも、彼のライバルで有名なクレメントと、付き合っていたはずの私だ。


 ざわざわとした興味本意な口早な動揺が、大広間を走っていくのを感じる。


 研ぎ澄まされていると形容出来る程に、美しく芸術的に整っているランスロットの顔はいつも通り無表情だ。一体何を考えているか、わからない。緊張も動揺なども、全く見えない。落ち着き払った余裕のある様子を見せて、この前に告白した女の子に、愛を囁きに来ましたと言う甘い空気も一切ない。


「もしディアーヌ嬢が良ければ、どうかランスロットと……何か、飲み物など?」


 私の空っぽの手を見て、彼はまるで姫の側近くに仕える騎士のように甲斐甲斐しくそう口にした。


 こうした夜会では飲み物を楽しみつつ、談笑することが多い。だから、彼はとりあえず踊るより前に私と話したいということが知れた。


 残念なことに、ハクスリー伯爵家は家系的にお酒はあまり強くない。緊張を解そうにも、肝心の聞きたいことが聞けない状況になるのはあまり良くない。


「……いいえ。会場に入った時に、勧められて飲んだばかりなので。もしランスロット様が良ければ……話をしにバルコニーに出ますか?」


 ダンスをして動いて夜風が当たることの出来るように、大広間のバルコニーはすべて開放されている。きっと聞き耳を立てているだろう周囲の気配も気になっていた私が指差したここから近いバルコニーに続く出入り口見て、彼は表情も動かさずに頷いた。


「どうぞ」


 ランスロットはこんなに短い距離だというのに、私をエスコートするように手を差し出した。特に意識することなく、自然とその大きな手を取った。私たち貴族令嬢にとっては、幼い頃から色んな場面でエスコートされることは当たり前のことで慣れている。


 だけど、その手が細かく震えている事を感じたのは初めてのことだった。


 慌てて背の高い彼を見上げても、彼は何の表情も浮かべていない。そして、私はその時にラウィーニアが彼を評して「不器用だ」と言っていた言葉を思い出した。


「あの……」


 それを指摘するか、しばし迷った。冗談にして笑えるような緩い空気でもない。


「……すみません。緊張してて」


 彼の言葉に、私は一瞬耳を疑った。


 とても当たり前のことだけど、彼自身が一番に手が震えていることに気がついていたみたいだった。氷の騎士ランスロットは、異性に興味はなく常に落ち着いていて冷静沈着。私は今までずっと彼はそういう人だと思っていたし、周囲の人もそう思っている人は多いだろう。


「緊張……」


 信じられなくてぽつりと私が呟いた声を聞いて、彼は微かに笑った。


「そうです。こうして……ディアーヌ嬢の手を取ることが出来て嬉しい。こちらに段が有りますので、気をつけて下さい」


 彼の顔をじっと見ていた私に彼は注意をしてくれて、バルコニーに出れば、小さな可愛らしいランタンがいくつも灯されていた。とってもロマンチックな、夜を照らす美しい光。


 細やかな意匠が施された柵の前に並んで手を掛けて、意を決した私はランスロットの方を向いた。こうして近くで見ると本当に彼は生きているのが不思議なくらいな、美しい容貌をしている。


「ランスロット様。私、貴方に聞きたいことがあって」


「何なりと」


 彼は短く応えて、私を真っ直ぐに見つめた。透き通るような、色素の薄い水色の瞳。


「あの、私に声を掛けたのは……貴方と、私が付き合っていたクレメントの、二人の関係が何か関わっていますか? それなら、もうやめて欲しいんです」

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