第14話 「再会 その2」:空木要(8‐1)

「で、事件について何か分かりそう? 空木君」


 ふと、響くような冷たい声。ぎょっとして横を向く。要の少し離れた左側にいつの間にか少女が座っていた。長い黒髪に白いブラウス。そして黒のロングスカート。なんだか葬儀にでも行ってきたかのような姿。彼女の冷めた黒目がちの目で見据えられ、要は少しひるむ。


「誰かと思えば、犬塚か……。なんでこんなところに? というか、聞いてたのか?」


 いささか困惑を隠せない要。犬塚はその冷めた目を要に向けたまま、

「別に。私は、夏休みは大体ここにきてるから。空木君と富田君が一緒にいるところをたまたま見ただけ。それで、いまさら二人が会うなんて、御堂君のことについて――まあ、いま起きてる事件のことしかないでしょ。それなら、聞きまわる手間を省いてあげようと思って」


「まあ、確かに話を聞くつもりだったが……」

 にしても、わざわざそれとなく横に坐っていなくてもいいような気がするが。あれこれ説明する手間も省いてやったってわけなんだろうか。


 とはいえ、渡りに船ではあった。御堂についてはもちろんだが、この事件について彼女の意見を聞きたかったということもある。というか、むしろ助力を乞うつもりだったと言っていい。


 犬塚涼子は、なんというか、本物だ。それは、探偵の真似事をやっていた要などよりもずっと。ただし、気がついたこと、推理し得たことを表に出すことは決してなかったが。


 要は、そのことに何となく気がついていたが、それについて本人に聞くことは無く、そういえば意見を聞こうとするのは、これがたぶん初めてだった。


「犬塚は、この事件についてどう思ってる?」

 犬塚は、そこで初めて笑顔……というか、苦笑を浮かべた。

「空木君が事件らしいことに意見を聞いてくるのって初めてだけど、それがよりによってこれってわけね……」

 しかし犬塚は苦笑をすぐ消すと、冷ややかなその黒く澄んだ目をすっと細める。


「特に言うことは無い。それだけ」

 彼女はそう、はっきりとした声色でそう言った。


「まず、私が言いたいことは、私はこの事件にかかわっていないし、係わるつもりもないってこと。それを言いたくて来たってだけなの」


「は……?」

 ぴしゃりというような犬塚の言葉に、思わず間の抜けた半端な音が、喉から漏れる。


「ついでに言うと、空木君、あなたも何もしない方がいいと思う。まあ、係わるかどうかなんて空木君の自由だけど。私はこの事件について、特に考えたくないし、何も言うことはない」


「それは、なんだかずいぶんだね」

 犬塚の態度に、驚きと不審がないまぜになった要だったが、逆に興味が沸いたことも確かである。


「もしかして、犬塚には何か分かってるのか?」


「御堂司はろくでもない人間だって知ってた?」


 要の質問には答えずに、急に、犬塚はそう決めつけるように言った。

「この事件は、御堂君のたちの悪い冗談みたいなものがそこかしこに張り付いてる」

 まるで払い難い穢れを前に、それを侮蔑したような言い方だった。


 要には何が何だか理解できない。しかし、犬塚は特に説明することもなく、言いたいことだけ言って、じゃあ、と一方的に立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 要はあわてて彼女を制する。

「やっぱり御堂がこの事件を主導してるのか?」

 しかし、やはりというか、犬塚はそれについて何か言うつもりは無いらしかった。逆に質問される。


「空木君は、この事件を解決するつもりなの?」

 犬塚の言葉には、どこか含みがあった。要はそれを感じながら、

「解決できるかどうかはともかく、興味はあるんだよ。それに、御堂の行方も気になる」


 そんな要の言葉に、犬塚はどこか冷笑するような表情を見せて言う。

「解決することに意味は無いのよ、きっと」


「それはなんだか御堂のセリフみたいだ」


 思わず返したそれは、いささか挑発めいた言葉だったのかもしれない。しかし、なんだかみな、御堂に影響され過ぎている、そう感じたのだ。犬塚は少し不快そうな顔をしたが、しかし、そもそもの要の言葉が的外れ、といったふうに首を振る。


「とにかく、どうでもいい。私は何も知らないし、何も言うことは無いから」

 そういってから、要の質問を先読みしたように、

「私は御堂君から空木君の原稿を渡されたってことはない。そもそも高校生になってから、御堂君と喋ったこともないし、会うことだってなかったから」


 徹底して犬塚は御堂や事件と距離を置こうとしている。それがいったい何に起因しているのか、要には推測しがたいものがある。中学時代の犬塚は、確かに富田と同様、同好会内では特に誰かと親しくしていた感じではなかったが、小説活動などは人一倍熱心で、御堂や要、矢津井らと結構好きな小説やら相手の書く小説について活発な論戦をした方だったはずだ……。


「犬塚が御堂を良く思ってないのはわかるけど、少し冷たすぎないか? 一応は趣味を同じくした仲だろ」


「空木君」

 犬塚はどこか、諭すように言った。


「空木君にとって御堂君がどうだったのか知らないけど、御堂君はどんなものにもすぐ退屈するような人なのよ」

 犬塚はどこか、言葉を選ぶようにしつつ、彼女の御堂像を引っ張り出すように、

「御堂君の底にあったのは、何に対してもつまらないってこと。同好会もあの人の退屈しのぎの道具だったってだけ。まあ、空木君がいたから割と退屈せずに済んでたみたいだったけど」


「それは……」


 そんな犬塚の御堂評について、実のところ、要もうすうす気がついてはいたのだ。御堂司はそのニヤニヤ笑いで、どうしようもない気だるさや、倦怠感を隠していることに。彼のある種の奇矯さはその表れだと。ただ、それは要にとって、半分どうでもいいことではあった。そんなことよりも、それによって犬塚が言いたいことのほうが気になる。


「確かに、あいつはそういうやつだったかもしれない。しかし、それが何か関係あるのか? ようするにあれか、退屈しのぎに天井裏を徘徊しているうちはいいけど、いずれそれじゃあ済まなくなるって言いたいのか?」


 犬塚は、要の探偵小説を引用した回りくどい言い方に対し、心底つまらなそうな顔をする。ため息でもつきそうな勢いで、

「御堂君が事件を主導してるとか、そうでないとか、そういうことはどうでもいいの。空木君が事件を調べたいならそれでいい。ただ、私は何も知らないし、係わりたくないってだけ」


「その割には思わせぶりなことを言うじゃないか」

 要はあえて挑発するように言ってみる。しかし、今度も犬塚は表情を変えず、その冷ややかな態度のまま、話すことは済んだとばかりに、それじゃあ、と席を立つ。ほっそりした指が、読んでいたらしい本をつかみあげた。


「じゃあね、まあ……中学校の時はそれなりに楽しかった。それは本当だったけどね」

 犬塚はそう言い残して、そのまま立ち去っていった。


「何なんだよ……」

 どこか、取り残されたような要は、ただそう呟くしかなかった。

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