第7話 それでも明日は続く

現実へ、たった一人で戻ってきた。

相棒はもういない。

「…………」

明日一日は学校で神隠しにあう人間はいないだろう。

何たって日曜日。そう、休日だ。

学校は閉まっていて、立ち入れないはずだ。

もし玉手箱なんのされてしまったらどうしようもないだろうが。

帰ったら妹に心配された。

大丈夫だ、とだけ伝えて、その日は自室に入ると沈むように寝てしまった。

その日予知夢は観なかった。

本当に、肝心なとこで使えない異能だ。



「おにぃ。そろそろ起きな」

体が揺らされる。莉沙が揺らしているのだろう。

目は覚めている。

それに、今日は休日だ。

寝ていても問題はないはずだ。

「最近ちょっとおかしいよぉ。昨日も遅く変えたってきたし。おにぃってば〜」

心配そうに、健気に何度も再チャレンジしてくる。

そんなことをされても、今は動きたくないのだ。

グゼンはまだ学校にいる。

最悪今日だけは学校の神隠しの被害はないだろう。

しかし、結局は悲劇を先延ばしにしただけだ。

他にもグゼンはこの街にいる。

それに、まひながやられたことによって、おそらく玉手箱はあのグゼンの手に渡っただろう。

何が起こるかわからない。もしかしたら、この学校、いや街すら危ういかもしれない。

しかし、俺はもうダメだ。一人では立ち上がる気力もない。

実力的にだけではない。精神的にも、もう崩れてしまった。

「おにぃ。どうしても起きる気がないなら、これだけ言っとくよ。おにぃの引きこもり童貞!!」

とんでもないことを口走りながら、ドアを勢いよく閉める音がした。

「おい、ちょっと待て!それは関係ないだろ!」

否定するために、布団から起き上がるが、そこにはもういない。

どこかへ遊びに向かったのだろうか。

しかし、梨沙が行ってしまうと今の自分は本当に独りになる。

何をしようか。

これからどうするべきか。

「─────っ」

頭に昨日の光景が浮かび上がる。

まひなの死が頭から離れない。

まひなは死んだ。


いや、俺が殺したのだ。


俺が間違った選択をしたばっかりに、あんなことになってしまった。

予知夢なんて言えるほどではない代物を信用してしまった。

あの光景を未来永劫忘れることはないだろう。

あの、血の惨劇を。

「────、─────」

駄目だ。これ以上は駄目だ。

これ以上考えたら、喪失感と罪悪感で頭がおかしくなる。

立ち上がるどころか目を向けることさえ出来なくなってしまう。

今は、そうだ。気分転換をしよう。

そうすれば、きっと、立ち直れるはずだ。


─────もし出来なかったら?


頭を振る。今は考えるべきではない。

「………散歩でもしようかな」

その足は徒然なるままに、俺を街へ繰り出した。



緑から橙に移り変わる季節の狭間。

まだ蒸し暑いものの、その風はちょっとした冷たさを帯びている。

街を練り歩く。行くあては決まってない。

何をするかも決めてない。

緩やかな洋風の坂道を下る。

このあたりは明治あたりに外国人の建築士が流れ込んできて、大幅改築された通りだ。

それ以来外観を損なわないように出来た店や家が多く、地元ながらも異国に迷い込んだような気分になる。

通りすがる人たちの顔はどれも明るい。

陰で忍び寄っている危機を知らず、この日常をめいいっぱいに享受している顔だ。

「…………」

「はい、ドーン!!」

突然後ろから空気の読めない何かがぶつかった。

「………っ!なんだ!?」

「キミの愛しの先輩、美咲先輩だヨ!!」

げ。

それは、出会ってまだ一日しか経っていない美咲先輩だった。

「美咲先輩!?どうして!?」

「女子高生が休日に街で遊ぶのなんて当然じゃない?浮かない顔してどうしたの〜。相談乗るよ〜。あ、私口は堅いから。信用してもらって構わないよ!」

さも興味ありげに俺の体を揺らす。

その感じは、まるで世話焼きたがりの近所のおばさんのように見えてきた。

正直いろんな意味で、今一番会いたくなかった人かもしれない。

「あ、もしかしてまひなんのこと?」

………見かけによらず鋭い。

「まひなんと喧嘩でもした?ああ見えてちょっと頑固だからなぁ、あの子。彼氏のキミが融通利かせなきゃ」

それは知っている。そういうところも可愛いということも。

「彼氏じゃないですって。大城は、先輩にとってどんな人ですか?」

「んー。変わった子だけど、とっても優しい子だよ。なんで急に?」

「いえ。その、俺はまひなのこと、まだ全然知らなかったなって」

そうだ。まひなのことをまだ何も知らない。

好きなことも、嫌いなことも、その正体さえも。

俺が知っているのは教室の頼れるまひなと、裏で戦うカッコよくて、実は子供なまひなだけなのだ。

「………清峰くんは、まひなのことが好き?」

美咲先輩は少し押し黙ったあと、突拍子のない質問を投げかけてきた。

「………はい」

「それは、恋愛対象として?」

「それは………正直わかりません」

教室の気になるあの子。今まではそうだった。

しかし、今はわからない。

恋愛対象なのか、相棒なのか、友達なのか、それとも、今でも気になるあの子なのか。

「そうか〜〜。じゃあ、まだまひなんは預けられないかなぁ」

美咲先輩がう〜ん、と腕を組む。

「じゃ、次会う時までの宿題。まひなんをどう思っているか。これが私を納得させれる答えだったら、正式にお赤飯を炊いてあげるよ」

「姑ですか?」

「バリバリのJKだよ!」

むー、と口を膨らます。

「それじゃ、わたしはもう少し遊んでから帰るから。じゃね〜」

美咲先輩はそう言うと、ご機嫌そうにそのまま坂を上がっていってしまった。

「………どう思っているか、か」

小さく呟く。

今更まひなに対する気持ちを探る必要はない。

なんたって、彼女はもう故人なのだ。

それが、彼女を助けられなかったという事実が、美咲先輩に抱いた後ろめたさの正体だ。

「俺は任せられるほど、真っ当な人間じゃないですよ」

その言葉を聞くものは誰も居なかった。



次に港を散策した。

この街は三方面が山で囲われている。

そのため、他の地の者とは、古来から海を介した交易が主だった。

今では近代化が進み、山を貫く鉄道が通るようになって、陸のみの交通が盛んになった。

それでも、この港は昔からいる人にとっては街のシンボルと言えるほどの思い入れがあるらしい。

そびえ立つ白色の灯台が見える。

もちろんこいつは夜勤なので、今は睡眠中だ。

岸まで歩く。

コンクリートブロックの上で釣りをする爺さんがちらほら見える。

あの人たちは雨の日でも釣りをする猛者だ。

子供の頃近づかないように言いつけられいたが、その実こっそり話しかけてみたら、人当たりのいいただの暇老人だと知った。



さらに歩く。

気がつくと、街が一望できる隠れスポットの高台まで来てしまった。

「………」

俺が生まれてからずっと暮らしてきたこの街。

思い出のほとんどがここでの記憶だ。

今残っている大切な人も、守りたい人も、全てここにある。

決して壊されてほしくない、俺の日常だ。

しかし、もうどうにもならない。

大切な、守りたいと思った人を失った。

元凶も、他の脅威もまだこの街に巣食っているというのに、俺はあまりにも非力だ。

街の人々を救うにはどうすればいい?

いくら考えてもいいアイデアは浮かばない。

いや、そもそも思考などとうに放棄しているのかもしれない。

「浮かない顔してやがるな」

不意に声をかけられて振り返る。

後ろには、福田会長が立っていた。

「会長……!」

「別に悪気でつけたワケじゃねぇ。シケた面が気に食わなかっただけだ。………ここはすげぇな。ここまで街を一望できる場所があるのか」

会長が素直にこの場所に感心した。

「小さい頃、両親に教えてもらったんです」

「両親………たしか、もう亡くなってたよな。清峰みたいな人たちだったのか?」

会長が遠い目をした。

「そんなことないですよ。父は不器用で空回りが多いし、母は箱入り娘で世俗には疎いし…………今思い返しても、どっちも子どもみたいな人たちでした」

「お前とそっくりじゃねぇか」

「話聞いてました?」

ふん、と会長が鼻を鳴らした。

「それで、何かあった?」

会長が顔を切り替えて、真面目に問いかけてくる。

………やはり目敏い。もしかしたら昨日の時点で気にかけてくれていたのかもしれない。

しかし、これは天啓だ。

昨日は巻き込みたくない一心と、不確定要素の過多で保留をしたが、間違いだったのだ。

彼女にも言われた。抱え込むのは良くない、と。

会長なら、この街の危機をなんとかしてくれるかもしれない。

俺の話を信じてくれるだろうし、むしろなぜ巻き込まなかったと叱るだろう。

それに、この人なら俺が思いもよらない最適な答えを導き出せる。

狂信的といえるその信頼は、この人の実績と、側で半年見てきた人柄故から来る。

言うべきか否か。

────昨日の悲劇からして明白だ。

「…………もし、もしですよ」

顔色を伺いながら続ける。

「この街が今危機的状況だとして、会長なら、どうしますか?」

馬鹿か、俺は。

この後に及んで、まだ俺は心のどこかで巻き込みたくないらしい。

そのせいで思惑から外れて、漠然とした仮定の質問になってしまった。

「そうだな。まず、危機的状況ってのは?」

こんな馬鹿げた話に対して、会長は笑うことなく顎に手を当てて思案した。

それにしてもどのように不味いかと言われると、俺にもわからない。

「例えば……そうですね。地震で津波が起きて街が危険に晒されるとして、会長ならどうします?」

「避難という観点なら、俺だけ逃げるのは簡単だ。だが、街の人間全員なら話はかわる。大きな混乱が起こるのは必定だ。いや、そもそも信じてなどくれないかもな」

俺も同じ発想だ。信じてくれるはずがないだろうが、避難が最適解だ。

「じゃあ会長なら、一人で逃げますか?」

あまり聞きたくなかったが、参考として聞いておきたい。

「いや、一人では逃げねぇ。無論全員でもな」

「え?」

意味のわからない答えに、動揺する。

そのままでは皆死ぬ。

「避難ならと言ったろ。全員で逃げるのは最善だ。だが、最高ではない。俺は逃げねぇ。何も失わないために、街の全てを救うすべを最後まで模索する。清峰。お前が守りたいものはなんだ?」

─────俺が守りたいもの。

それはまだ生きている大切な人であったり、そして──────。

「それは………この温かい生活、日常です」

なるほど。少し履き違えていた。

逃げ腰になって、救える範囲を限定していた。

大切な人を守るのは当たり前だ。

そして、その大切な人との日常こそ、何よりも代え難いモノだ。

この街がなくなっても、続くものは確かにあるだろう。

しかし、崩れてしまった日常は、例えいくら原型に近づこうと、決して元のかたちには戻らない。

「でも、それは人には到底不可能です。天災なんて、防ぎようがない。人類には逃げるという選択肢しかありません」

「仕方ない出来ないで結論を急ぐのはナンセンスだ。もっとも、今の俺にも全てを救う方法は思いつかねぇ。だが、答えはきっとある。それを死力を尽くして探す時間ぐらいはあるだろうよ」

「理想論ですよ、それ。見つからなかったらどうするんですか?」

「そん時は、割り切って最善を目指す。最大限出来る範囲で救えるのを救う」

会長が少しバツが悪そうに頭をかく。

「会長なら答えを出せると思ってました」

正直期待外れだった。

いや、俺が勝手に期待し過ぎていたのかもしれない。

「馬鹿かお前。俺は人間だ。神や仏でもねぇのはお前も知ってるだろ。間違いもあれば、答えが出ねぇ時だってあんだよ」

会長がそんなに期待をしすぎるな、と口を尖らす。

しかし、会長の伝えたいことは理解した。


───まひなが守ろうとした日常を、諦めるにはまだ早い。


答えは見つからなかったが、守るものは定められた。

いつの間にか立ち向かうという選択肢がなくなっていたが、それを考え改める時間はある。

「変わったな、お前」

ふと、会長が呟いた。

「何がです?」

「昔のお前なら、そんな状況になったら、速攻一人で、いや、妹を含めて二人で逃げてただろ」

確かに。昔の俺なら、絶対守るどころか、みんなを避難させるなんて考えない。

どうやらまひなに当てられて、知らない内に俺までお人好しになってしまったようだ。

「それを言ったら会長は変わりませんよね。一見リアリスト面して、強欲で理想家なんですから」

まひなに似て、理想にまっすぐな性格──悪く言えば、根が欲張りで子供っぽいのだろう。

「当たり前だ。馬鹿馬鹿しい夢を唱え続けるのが俺の生業だ」

そう言えばそうだった。この人は、世界的な作家だった。

「ん、そういや、昨日言った本の話覚えているか?」

ふと、会長が身につけていたポーチを物色し始めた。

昨日………。あぁ新しい本の出版が決まったんだっけ。

「前回は長編小説を書いたんだが、どうも柄じゃなくてな。今回はこの気晴らしに書いた短編を出そうと考えている。これが、その原稿の複製だ」

ほらよと、差し出された紙束を受け取る。ずっしりとした重みがある。

この人の作品の愛読者なら、この重みさえ幸せに感じるのだろう。

ちなみに俺は熱狂的までではないが、一ファンなので、公開前に読めるというのは素直に嬉しい。

「ありがとうございます。帰ったら読ませてもらいますね」

「清峰」

「なんでしょう?」

会長がさっきのように、顔を正して俺の名前を呼んだ。

「罪悪感で行動すんなよ」

……………なんでもお見通しか。

無論罪悪感だけではないが、それが動力源の一つであるのはたしかだ。

この男の鋭さには驚かされてばっかりだ。

「………善処します」

「それと────」

会長は何かを言おうとしたが、途中で堰き止めた。

「………いや、一応忠告だ。お前は生徒会役員、生徒の模範であるべき立場だ。遊ぶなとは言わねぇが、あまりハメを外しすぎるなよ。以上だ。じゃあな」

こうして俺の馬鹿げた話に付き合ってくれた男は言うだけ言いやがって、颯爽と去っていった。



家にひとまず帰ってきた。

今日は当番ということで夕食を作っていたら時刻は午後5時を回った。

「さてと」

会長のおかげで、守るものを定められた。

次は、ずっと悩み続けていること───これからどうすべきか、だ。

今こうしているのは、いろいろな理由がある。

一つは贖罪。まひなを殺してしまったことに対しての罪悪感だ。

もう一つは大切なもののため。俺とまひなが大切だと思ったこの街のどれ一つも失わないために、強欲に進むのだ。

そして、最後の一つは、"まひなを諦めきれてない"からだ。

まひなは言った。"玉手箱は願いを叶える願望器"だと。

それがもし本当なら、もしかしたら、まひなを生き返らせられるかもしれない。

こういう場合、たいていは空回りして悲惨な結末が待ち受けている。

しかし、そう願わずにはいられないのだ。

「………」

どうするべきか。

ふと、会長から借りた原稿のコピーが目に入った。

浅はかな発想だが、読んでみたら何か案が浮かぶかもしれない。

ホチキスで一つに纏められている原稿のコピーの一枚目をめくる。


『No Freand』


題名が目に入った。

ノーフレンド。いかにも暗そうなタイトルだ。

会長の作風は世間一般の認識で言わせれば"人類愛"だ。

他の呼び方をするなら人類讃歌。

どちらにせよ、人類の偉大さ、尊さ、夢を語る作風だ。

しかし、会長はそのジャンルの中でも一際クセが強く、人間の残虐さ、非道を語った上で、圧倒的な文章力を駆使して人類は素晴らしいなどと唱えている。

変わっているが、そういうところがファンを魅了してやまない理由の一つなのだろう。

この物語はファンタジーのようだ。

ページをめくっていく。


邪教の教祖の娘として生を授かった主人公の少女は、友達が欲しかった。

作らされたものでもなく、作ってもらったものでもない。

そんな友達が欲しかった。

父の教祖は、友達など信者が代わりになってくれると言った。

しかし、それは対等なものではないと少女は気づいていた。

かくして少女は14のある日、教会を抜け出して旅に出た。

木緑の森を抜け、暴流の大河を渡り、百年越えの峠を超えて、進み続けた。

他の誰でも無い、まだ顔も知らない友達に会うために。


しかし、そこに待っていたのは友達ではなく、たくさんの迫害と差別だった。


その邪教は万人には受け入れ難いモノだった。

だからこそ、教団は遠く離れた場所、悪く言えば僻地に隔離されていた。

そんな邪教の教祖の娘なぞ、人々にとっては日常を脅やかす異物でしかない。

友達など当然出来るはずもなかった。

『なんで生きてるの?』

『頼む、近づかないでくれ』

『コイツは魔女だ!捕まえろ!!』

『消えてくれ。それが俺たち全員の気持ちだ』

散々な言葉を浴びせられた。同時に魔女だと吊し上げられた。

それはもう、どちらが悪いかなど判別出来ないほどの有り様で。

────────いたい。

身体が痛いのか、心が痛いのか、それとも両方なのか。

それすら彼女には判別出来ない。

最終的に彼女の人生は、全ての悪を司る魔女として処刑台に立たされて幕を閉じる───────。


「………鬱だ」

正直ありきたりなバッドエンドの物語だ。

だが、一見そう思えるだけで、それは文章力によって差が出てくる。

この物語の表現、心理描写、背景描写は生々しく、まるで自分が味わったかのような気分になる。

これが会長の文章の真骨頂。世間では福田マジックとか言われている。

いや、面白くはあった。夢中になるほどその物語の世界に入り込めた。

だが、クソ重い。

案は何も浮かばなかった上、気分が重くなった。

「なんてもん読ませてくれんだ………」

やはりあの人は性格も作品もひん曲がっているようだ。

だが、分かっていて読んだ俺も悪いかもしれない。

実際彼の作品の殆どは、これと同じくらいのバッドエンドだった。

感想はまずまずだ。

話も表現も惚れ惚れするぐらい美しいが、心底胸糞悪い終わり方だった。

これが会長の作品を好きになりきれない理由。

俺は、やるせないバッドエンドはあまり好みではないのだ。

それにしても、少し不可解な疑問がある。

この作品は会長の十八番の人類愛が語られていない。

会長にしては珍しい、言うなれば人類嫌悪のような物語だった。

「まぁ、流石に何度も同じ作風の物を書くのは飽きるよな」

たまには作風を変えたくなることぐらいあるだろう。

「………読んでたら眠くなってきた」

時刻は6時手前。多分妹もそろそろ帰ってくる頃。決断しなくてはならない刻は迫っている。

悠長なことをしている暇などないが、仮眠を取りたい。

勿論睡眠欲に呑まれただけじゃない。

───予知夢を観るためでもある。

この状態の元凶と言っても過言じゃないモノに頼るなど、狂っていることは自覚している。

それでも、観なくてはならない。そんな気がした。

目を閉じると、頭がだんだん白くなるのが感じられる。俺はすぐに眠りについた。



「ねぇ、聞いてるの?」

気がつくと、眼前に赤みのかかった白い肌が肉薄している。

「おわっ……!!」

驚きのあまり思わず体勢を崩す。

「もう、しっかりしてよね!」

懐かしい声とともに、手が差し出される。

「あぁ、ありがと─────」

されるがままに手を握り立ちあがろうとしてるのを観て、ふと違和感に気づく。

いるはずがない。だって、もう死んだのだ。

この世にはもういない存在の声。


目の前にいるのは、紛れもない死人───────大城まひなその人だった。


なぜ生きているかはわからない。

こんな未来、あり得ないのだ。

予知夢通りに動かないことによって多少現実とはズレている夢を見ることはたまにあった。

しかし、ここまで決定的な違いがある夢は初めてだ。

こうなると、もはや予知夢でもなくただの夢だ。

だが、今はそんなことはどうでもいい。

その声を再び聞けることが、たまらなく嬉しい。


例え、今まひなが話しかけているのは"俺"ではなく"コイツ"だとしても。


今目線を向けられ、話しかけられているのは、"俺"ではなく、"予知夢の中の俺"だ。

いつも通り主観ではなく客観、観客としてでしか予知夢を観測できない。

「まったく。じゃあ、報酬ね。約束通りなんでもするわ」

「あんま健全な男子になんでもするとかやめてくれ」

予知夢の中の俺───俗称俺αは少し困ったように苦笑いした。

妬ましい。俺とそこ代われ。

というか、この俺は何を望んだんだろう。

いや、言わなくても分かる。

コイツは俺だからこそ分かる。

俺はきっと─────────、

「じゃあ、言うぞ。俺は──────」














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