アンネセサリーページ

べやまきまる

第1話 予知夢

「だ、れか……誰か、助けて、くれ……!」

自分の物のようで何か違う記憶のカケラ。

ソイツはそこで必死に叫んでいた。

強く叫びすぎたんだろう。

喉が潰れたかのように、強い思いとは裏腹に力のない言葉に変換される。

まるでそれは、滑稽な道化師だった。

窓からは月の光が漏れている。

月は別に好きでも嫌いでもない。

冥土の土産としてはイマイチだ。

ドアの窓からは薄暗い廊下が見える。人の気配は微塵もない。

おそらくあと、ほんの数秒で───は化け物に喰い殺されるだろう。

弱肉強食。自然の摂理。

ただ、それが人間の理にも適用されただけだ。

そこに善悪などない。

それに、これはこの化け物にとっても、生きるために必要な行為だ。

だから、弱者は諦めるのが、当たり前だ。

あぁ!だが愚かしくもソイツは諦めようとしなかった。

助けなんて絶望的でも諦めずに祈った弱者。

絶体絶命、声など、もう出ないほどに枯れた。

あと一瞬、あとほんの一瞬で───の生涯は幕を閉じるだろう。

─────だが来てくれたんだ、ヒーローは。

だんだんその光景が遠のいく。もうすぐ夢から覚めるのだろう。

ただ最後に、ちょっとだけだけど、ヒーローの後ろ姿を盗み見た。

────あの髪、きれいだなぁ。



「なに寝ぼけてんのおにぃ」

斜め上からまるでイタい兄を心配するかのような声がかけられる。

「………おはよう。俺はいたって正常だ。お前こそ昨日の夜中隣の部屋でヘンな声出してなかったか?」

「死ねおにぃ」

ニコッと無邪気な笑顔で答えてくれた。これはひどい。挨拶をしたら暴言が返ってきた。

「あーあ、そんな女の秘密に触れるおにぃには天罰です」

そう言って俺に跨ってきた。素晴らしいアングル。これがフィクションならご褒美だろうが、生憎現実の妹にやられると興奮もしないし、むしろ気恥ずかしくなる。

「お前なぁ。今はセクハラだのなんだのうるさいの知ってるだろ?もし仮にこの光景を誰かが見てたらどうする?次の日からお兄ちゃんは学校じゃなくて塀の内側で勉強してるかもしれないぞ」

「大丈夫!毎日おにぃに会いに行くから!」

「そういう問題じゃない」

くふふ、と笑う悪ふざけがすぎる妹を置いて、一階の居間に続く階段を降りた───────。



ここで唐突な自己紹介。俺は清峰宗太郎。どこにでもいる高校二年生17歳。

運動は平凡、勉強は平凡よりちょい上くらい。

本当にどこにでもいる高校生───いや一つ訂正、少し特殊な能力があることを除いて、だ。

俺は、予知夢が観れる特殊体質だ。

この特殊体質になったのは一年前。

本当に何の前触れもなくその日観た夢が、現実に起こるようになった。

医者に聞こうともしたが、あえなく門前払いを受けてしまった。

予知夢はほぼ毎日のペースで観る。

未来が観えるなんて超便利!と思いきや、そうでもない。

まず、夢はピンポイントで見れない。その日その日でどうでもいいことだったり、重要なことだったりとまばらだ。

また、何も夢というものは必ず覚えてるわけではない。

朝起きた時、悪夢を観たがぼんやりとしか覚えておらず、悪いことが起きるまで、憂鬱に生活しなければならないこともある。

それと、一番のデメリット。

"人生がつまらなくなること"だ。

サプライズされても、そうなることを知っているんだから嬉しさなど半減してしまう。

知っていることばかり起こるのだから、刺激も減り、退屈さが増す。

それに、人付き合いも悪くなる。一度した会話を二度もするようなものだ。

そのせいで、夢で観てしまった会話や刺激は楽しくなく、億劫になる。

もちろん予知夢によって全てネタバレをくらうわけではない。

しかし、それ通りに動かなければならないのはかなりしんどい。

回避することは可能だ。

そう、回避できるのだこの予知夢。

なので、もしかしたらこの名称はまず正しくないのかもしれない。

それはひとまずおいておく。

しかし、回避は余程のことがない場合、絶対にするべきではない。

それは過去の、一歩間違えたら後戻りが出来なかったかもしれない手痛い失敗が起因している。

「なんか今日のおにぃげっそりしてるね。悪夢でもみた?」

小気味良く足でリズムをとりながら、隣で目玉焼きを焼いているのを覗いてくる妹───莉沙が八重歯を光らせながらクスクスと笑いかけてくる。

清峰莉沙。中学三年生15歳。表は、成績優秀、運動神経抜群、才色兼備の本当に兄弟なのか?と思うくらいの優等生。裏は……まぁ大方見ての通りだ。

正真正銘のクソガキの悪魔。

精神はいたって悪戯好きの子どもだ。

莉沙のクラスメイトが見たら本当に莉沙なのか?と思うくらいの性悪だ。

ちなみに莉沙にはもちろん、誰にもこの体質の話はしてない。

いや、したくないというのが正確だ。

予知夢を人に話したら、未来が変わってしまうかもしれない。なんたって、予知夢の中の俺はきっと、予知夢を知らずに生活しているのだから。

「悪夢……まぁそうともとれるよなアレ」

今日観たあの非現実的な夢は、実際に起こる。

これは確実だ。

突拍子もなく、とんでもない未来を突きつけられたワケだが、正直驚きは少ない。

そもそも予知夢自体が非現実的なモノだ。

何かしらの対策は必須だが、今はそんなことより、あの少女の方が気になる。

幻想的な絵画を観たような気分だった。

あの───色のきれいな髪。

覚えている特徴はそれだけだったが、俺の中に強く印象深く残っている。

「やっぱり?じゃあ、夢を覚ましてあげたわたしは天使だね」

莉沙は火を止めながら、寝ぼけたことをほざいた。

「どちらかと言えば悪魔っすよ梨沙さん」

「ああ、魔性の小悪魔ってやつね」

「ちょっと可愛く言い直すな。これで俺が手を出したらどうするつもりだったんだよ」

「あはは、おにぃヘタレだし無理無理」

生意気な小悪魔は心底そう思ってる風に否定する。勿論実の妹などに手を出す気はないが、仮に妹でなかったとしても、童貞の俺にはそんな度胸はない。かと言って小馬鹿にされるのも腹が立つ。

意趣返しに、莉沙にとってデリケートだと思う話をすることにした。

「なぁお前彼氏いる?」

「さぁ、どうだろうね」

曖昧な回答が返ってきた。質問しといてなんだが、こいつについていける男子がいたら是非見てみたい。

「はいはい。今はそれでいいけど、将来お前を介護し続けるのお兄ちゃん勘弁だからな」

「むー。いないと思ってるなー」

目を細め、唇を締めて猫のように睨んでくる。背後でトーストの焼けた音がした。

「よし、朝食出来たから運んでくれ」

「りょーかーい」

莉沙の間の抜けた声が返ってくる。

それから朝食のサラダ、目玉焼き、ジャムトーストを完食して、その他諸々の準備を完了させた。

「すまん、早く出る。皿洗い任していいか?」

俺と莉沙は日毎にいろいろな当番を分担している。

例えば今日の朝食は二人で。皿洗い、ゴミ出しは俺。夕食、買い出しは莉沙だ。

「ん。りょーかい。おにぃも大変だねぇ。まさか新学期早々生徒会の資料作らないといけないなんて」

壁にかけられたカレンダーを見る。

9月1日。

夏休みが終わり、学生は過ぎた日々を懐古する日。そんな気分下り坂な日に、俺は生徒会として、進学についての調査アンケートの資料を今日中に作成しなければならない。

だから他の生徒より一足早く登校しなければならないのだ。正直たいへんツラい。

「大変だと思うならお前も手伝っ───いや、なんでもない。行ってくる!」

そうだ。これは俺の仕事だもんな。軽口だとしてもただの怠慢か。

「あ、待って」

「なんだよ」

「今日頑張ったら、夕食おにぃの好きな麻婆豆腐にするから。早く帰ってきてね」

今日の夕食当番は莉沙だ。何を作るか決める権利はその日の当番にある。

まぁ、ある程度の食事バランスがとれた料理を作ることを義務づけられているが。

「あんがとよ。じゃあ改めて、行ってきます」

居間からの行ってらっしゃーいという声を背に、今度こそ家から出発した───────。



俺たちの住む街、海原街は南が海に面している扇状地だ。私立海原高校は電動自転車で10分と近いが、丘の上にあるので交通は比較的不便と言えよう。

今はまだ6時。

朝練がある部活の生徒がポツポツと校門をくぐって行くのが窓から見える。

「あーあ、終わっちまったなぁ。高二の夏休みなんて一生物の宝のはずなのになぁ。運命的な出逢いなんてイベント起こんなかったなぁ。清峰ー、俺たちなんでこんなことやってんだろなぁ」

5月病ならぬ8月病を患ってるなぁなぁ男が気だるげに声をかけてくる。

こいつは間宮幸太。

同じ生徒会メンバーでもあり、中学から一緒の悪友だ。

めんどくさがり屋だが、任された仕事は必ずこなすあたり根は義理堅い漢なのだろうというのが四年間半観察してきてわかったことだ。

「口より手を動かせ。今日中に終わらなかったら俺たちの学園ライフも終わるぞ」

とは言っても、もうあとは確認作業を残すのみだが。

「ちぇー、つまんねぇの。生徒会ってもっとこう、『校内の司法を司る裁定者』みたいな感じだと思ってたのになぁ」

「そりゃアニメだ。生徒会なんて先生と生徒に責任を板挟みされる中間管理職だろ。現実を見ろ現実を」

「誰だよ生徒会に入ったら人気のモテモテになれるつった生徒会長さんはよぉ」

奥に隔離された椅子を見る。その椅子は見るからに別格に偉い人が座りますよーといった貫禄がある。

もちろんその椅子に座る人も別格。

生徒会長の福田正富だ。

眼鏡を携えたその男は、幸太の声に顔を上げる。

「そんなコト言ってねぇぞ」

不機嫌に眉を顰める。口と目つきが悪いのが相待って、会長というかもはや組長だ。

「そんな……!『校内の柱的存在になれる』と言ったのは嘘だったんですか!?」

おそらく嘘ではないだろう。ただ柱の中でも、人柱とかそういう種類だっただけだ。

「センパイ!職員室でプリントアウトする許可をいただいてきましたよ!」

突然、元気な声とともに生徒会室のドアが壁にぶつかる勢いで開かれる。

最後の生徒会役員であり、後輩の天坂レオンだ。

親がハーフらしく、髪は金色でとても目立つ。

人懐っこい性格やその容姿で同級生、先輩からも人気が高い。

「おう、じゃあできたらパソコンで転送するから、完成するまでちょっくら待ってろ」

幸太が答えた。

こいつは生徒会内で一番機器の扱いに長けている。ドキュメント関係はこいつがいないと上手く成り立たない。

「………」

レオンが何故か俺をぼーっと見つめている。

「ん?どうした?」

「あの……なんか清峰センパイ体調悪そうですよ。保健室に行った方がいいんじゃないですか?」

「そうか?」

頭に手を当てる。

………たしかに。ほんの少しだが、熱があるかもしれない。

「こいつは元からこんな感じだよ」

「やかましい」

茶々を入れてきた幸太を小突く。

「………そうだな。お前のことだ。概ね寝不足とかだろ」

会長が苦言した。

確かに今日は悪夢のせいで、ひどく寝覚めが悪かったかもしれない。

「清峰は寝てろ。足手まといだ」

「………了解です。迷惑かけますね」

会長の言葉は乱暴だが、要約すると安静にしてろということだろう。

手伝いたい気持ちはあったが、空回りして逆に迷惑をかけるのはごめんだ。

「いいってことよ」

幸太がパソコンに向かいながら、なんでもないように答える。

他のみんなも気持ちは同じらしい。

───こういう優しい環境があることに非常にありがたみを感じる。

仕事はブラックだが。

言葉に甘えて、俺は保健室に向かった。



保健室の前までやってきた。

「失礼します」

中に入る。誰もいない。

今日は保健担当の先生はいないらしい。

いや、今はどうでもいい。体がかったるい。

さっきまで微熱だったはずなのに、これは異常だ。

意識が朦朧とするとこまで来ている。

保健室に来たのは正解だった。

勝手に一番近い布団に入り込む。

何か中に入っている気がしたが、どうでもいい。

とにかく沈むように眠りたい。

「ひゃっ………!ちょっ………!!」

隣で悲鳴が上がった。

うるさい。静かにしてくれ。

それにしても、布団はそれまでまるで誰かいたようなくらい温い。

しかも、ほのかにいい香りがする。

「この……退け!」

甲高い声が上がる。

同時に抵抗するように押された。

だからうるさいって。

騒がしい隣がいなかったらオールパーフェクトなのに。

……………隣?

違和感を覚えたが、頭が回らない。

しかし、このままでは寝付けない。

しょうがない。一か八か封じ込められないか、隣のソレに抱きついた。

温かい。そして、柔らかい。

夏も過ぎて間もないが、朝は少し冷える。

これはいい湯たんぽ代わりだ。抱き心地も最高だ。

「〜〜〜〜〜〜!!」

何か小さい悲鳴が聞こえるが、俺の耳がもう機能してないのか、悲鳴が小さいせいか、上手く聞き取れない。

「…………の」

何か聞こえた。

なんだ?

「この………馬鹿者!!」

すごい力で吹き飛ばされて、そのまま床に落ちる。

「痛ッ……!」

衝撃で目が覚める。なんなんだ。

恨みながら上に顔をやると──────、


ベットには、少し頬を赤らめながら蔑んだ目をしている少女がいた。


歳は同じくらいだろうか。

整ったスタイルに、美形な顔立ち。

吸い込まれるような儚い紫がかかった紅い瞳と、しなやかに短く整えられた黒髪。

一見ただの美人な女子高生に見える。

しかし、何処か人間離れてしているというか、なぜか神秘的な存在に俺の目には映った。

制服はうちの学校のものではない。とすると他校からきたのだろうか。

「………覚悟は出来てるであろうな?」

さっきの声とはうって変わって、おかしな口調でピシャリとした冷たい言葉が俺にかかる。

顔は笑っているが、眼はちっとも笑ってない。

おそらくマジギレだろう。

なぜそうなってしまったのか。

さっきまでの経緯を思い出す。

まず、俺は今その少女がいるベッドに入った。

その時点で温かかったし、いい香りがした。

つまり、少女はその前から今までずっといた。

…………………。

全てのピースが当てはまり、戦慄する。

あまつさえ犯罪臭がするのに、何を考えたか、俺はこの子に抱きついた。

ガチのポリスメン案件だ。

「その………警察だけは勘弁してくれませんか?」

高圧的に睨まれる。

猜疑心か、それとも、はなから許す気などないのか。

冷や汗が流れてきた。

「………?」

ふと、彼女は何か気になったのか、ジロジロと俺を見て何かを呟いた。

同時に高圧的な態度は霧散した。

「な、なんだよ」

動揺している俺を気にすることなく、彼女は指を鳴らした。

なんだか、身体が少し軽くなったような………。

「故意ではなかろう?なら、今回は赦すとしよう。だが………次はないと思え」

はぁ、とため息を吐きながら、彼女は釘を刺すだけで許した。

女神のような寛大さに感謝する。

それにしても、一つ気になることがある。

「なんでこんなところで寝てたんだ?」

俺みたいに体調が悪いわけでもない。

というかそもそも学校も違うだろう。

「……んー。強いて言うならば家がないから、なのか?」

「俺に聞かれても。家出か?」

「言い得て妙だな」

少女は肩をすくめた。

「さて、用が済んだなら、妾の家からとっとと立ち退くがよい」

へんな一人称で、突き放すようにそう言った。

「体調悪いんだが………」

「もう治ってるであろう?」

「そんなわけ………マジかよ」

頭に手を当ててみる。熱はない。

意識が朦朧とするような感じもなく、さっきのが嘘だったかのようだ。

なら、確かにもう用はない。

足早に保健室の扉に手をかける。

「あ、待て。一つ忠告するのを忘れておった」

少女が何か思い出したように口にした。

「この校舎に長居し続ければ痛い目に遭うぞ。ま、妾的にはそっちの方が興が乗るのだがな」

痛い目…………。 


──────────!


頭に電撃が走る。すっかり忘れていた。

そうだ。今日は早く帰らねばならない。

早く帰らねばあの化け物に──────。

「それだけだ。早く出ていけツキのない男よ。また会うことは………もうなかろうがな」

俺は呆然と、言われるがまま保健室を後にした。

名前を聞き忘れたのに気づいたのは予鈴のチャイムが鳴る頃だった。



「終わったぁ〜」

幸太が机に体を預けながらつぶやく。

授業が終わり、放課後になった。

夏休み明けなのもあるだろう。教室は耳が痛むほど賑わっていた。

生徒会は、俺がいなくともなんとか仕事を完了させたらしい。

内心安心とともに、感謝した。

ちなみに、今の体調は恐ろしいくらいに快調だ。

「これで当分俺らはフリーだよな」

「ああ、その通りだぜ相棒!今日から遊び呆けるぞ!」

「それより夏休みの課題は────」

「あー聞こえん。なんも聞こえん」

幸太はあからさまに耳をふさいだ。

だが、俺の命のためだ。悪いがその現実逃避に付き合う。

「まぁ今日ぐらいは遊んでもいいだろう。バッティングセンターでも行くか?」

今日は早く学校を去らねばならない。

今朝の夢を思い出す。

時間は暗闇から推測するに6時以降、場所は学校、おそらくこの教室。理由は…わからない。

部活に入ってない俺がわざわざ残った理由も、なぜ、襲われたかも、何故助けられたかも、そして、何故あの少女に忠告されたかも。

まぁ未来のことは考えても仕方がない。

とにかく、巻き込まれないように学校からは退避しなければならない。

「いいねぇ!レオンはおそらく行けるだろ、会長は──」

「会長なら今日は出版社に行った後デートだってよ」

そう。福田会長は18という歳にして、世界的に有名な作家として大成している天才だ。

もう一生遊んで暮らせるだけの金は稼いでいる上、有名女優レベルの美女と交際もしている人生の勝ち組だ。

本当になんでこの学校で生徒会長なんかやってるのかわからない。

「あの野郎……!ゆるせねぇ……!」

「一応言っとくが、先輩だからなあの人」

先輩に全く敬意を表さない嫉妬の化身が怨嗟に震えている間に、レオンに通話をかける。

『もしもーし』

タイミングよく出てくれた。

「おう、清峰だ」

『センパイ!お体は大丈夫ですか?』

「ああ、正直恐ろしいくらい快調だ」

『─────そうですか。なら良かったです』

少し返事に間があった。電波でも悪いのだろうか。

それより本題だ。

「今日の放課後、バッティングセンター行かないか?あ、幸太も来るぞ」

『行けますよ』

「課題とか大丈夫か?」

『自分は大丈夫ですよ。センパイ方、特に間宮センパイは大丈夫ですか?』

そうだ、こいつかなりの優等生だった。じゃあ問題ないか。

というか俺の周り幸太以外天才ばかりなのでは?

「センパイ?」

「……ん、ああすまん。少し呆けてた。俺は大丈夫だ。幸太は大丈夫……ではないが、まぁどうにかするだろ」

『そうですか。じゃあ、あとで合流しましょう』

レオンが通話を切った。よし、万事順調だ。このままいけば、怪物に襲われる心配はない。無いはずだ。

予知夢通りに行動しないということに過去の失敗が蘇るが、これは回避するのが正解のはずだ。

俺の人生を少し退屈にした程度の才能だが、今回ばかりは助かった。

「ん、レオンに連絡入れたか?」

落ち着いたのか幸太が話しかけてきた。

「あぁ、入れたよ。来てくれるってよ」

「よし、今日は遊び狂うぞ!」

「いや誘っといてなんだけど課題やれよ」

「やってられっかそんなん!」

ぺっと吐き捨てる。そんなんが学生の本分なんだが。

「あ、そういえば聞いたか?とんでも美少女が転校してくるって話」

幸太が唐突にそんなことを言い出した。

「なんだそれ?」

「今日ウチのじゃない制服を着た美少女が校舎を練り歩いていたらしいぜ。だから、転校してくるんじゃないか、ってのがもっぱらの噂なんだ」

確かに夏休みの話題に混じってそんな話をちらほら耳に挟んだ気もする。

というかもしかして──────、

「………その美少女って瞳が赤かったりするか?」

「そうらしいが……なんだ?知ってたのか」

幸太が少し怪訝そうな顔をした。

やっぱり保健室のあの子のことだ。

「あぁ、ちょっとした事故でな。その子の体をまさぐったんだ」

「マジかよ!?何だそのラッキースケベ!羨ましい過ぎだろ!」

くぅ〜〜と幸太が悔しそうな顔をする。

……なんだか優越感を感じる。

この時、同時に俺は調子に乗り過ぎた。

「あぁ、いい触り心地だったぜ。柔らかくてもっちもちで─────」


「何がもっちもちだって?」


透き通るような声。心臓が高鳴る。

「…………うっ」

長い金髪をたなびかせながら会話に美少女が入り込んだ。

大城まひなだ。

リーダーシップが高く、優しく、人気者でクラスの頼れる存在。海のように淡い碧色の瞳と髪を結ぶ白いリボンが特徴的な、いわゆる美少女である。

確かこいつも1年前くらい───丁度予知夢を観るようになった頃に転校してきた。

「またその反応……こっちだってそろそろ怒るわよ」

まひながむっ、と頬を膨らませる。まるで愛くるしい小動物のようだ。

「……悪い。人付き合いは苦手なんだ」

目を出来るだけ合わせないようにしながら呟く。

話題が話題だけなのもあるが、本当は別に理由がある。

そのせいで、つい突き放したような言い方になってしまった。

「………苦手ならより一層努力すべきよ。あ、これはただのお節介ね。反省するわ」

まひながごめんなさいね、と謝った。

「まぁ、今回は品のない話だったからな。話に混ぜづらかったんだ。許してやってくれ」

場を和ませるように幸太がフォローを入れてくれた。

心の中で感謝する。

「………そう。わたしもちょっと混じりたかっただけだから。あんまり気にしないで」

まひなはそれじゃあ、と少し名残惜しそうに教室を出て行った。

少し後ろ髪引かれたが、何も言葉を発することができなかった。

「おいぃ。清峰ぇ。いくらシャイだからってぇ」

幸太が眉を顰めて非難する。

「仕方ないだろ。大城は……なんか話しづらいんだよ」

「何でだよ。大城ちゃんほど話しやすい子はいねぇだろ。それに、大城ちゃんは多分、ただみんなと仲良くしたいんだけなんだよ。ほら、心開いてないのお前くらいだろ?」

…………確かにそうかもしれない。あいつは特定の誰かと話すよりかは、いつも違う人と話している気がする。

「俺だって、少しは話せるようにと努力してるんだ」

「ほぇー。清峰もそんなことするんだな」

「当たり前だろ。気になってる相手と話せるようにぐらいなりた──────あ」

「くわしく」

それからレオンと合流してバッティングセンターへ向かうまで詰問は続いた。




『ホームラン!』

テレテテッテテーと陽気な機械音が流れる。

「かー、なんだこいつ!イカサマ野郎!」

「実力だろ。あとあんまり騒ぐな。周りの目が痛い」

特に隣の子連れに凝視されるのは大変恥ずかしい。

ここはバッティングセンター。

ここで全員分の入場料を払う義務を賭けた仁義なきホームラン対決が行われていた。

ルールは簡単。ホームランをどれだけ多く打てるかの勝負。そして、ドベがバッティングセンターの入場料を全額負担する闇のゲームだ。

レオンはつい先程まで三振botだったが、2連続ホームランで俺らの記録と同数になった。

「ふっふっふ。残念でしたね。実は僕、逆境にかなり強いんですよ」

「チクショウ!まだ終わってねぇ!……って、ん?」

幸太が音が鳴るポケットからスマホを取り出す。同時に俺のバックからも着信音が聞こえた。

「おい、会長から『小林先生に資料を提出してくれ。生徒会室に置いてある。俺は今、どうしても外せない。今日中なら間に合う。すまねぇが、誰か頼む』だってよ」

マジかよ。

「会長が仕事をド忘れした上、人任せにするなんて珍しいな」

会長は自分の仕事はほぼ絶対に忘れない──小説の〆切に関しては覚えていた上で間に合わないが──し、滅多に人任せにもしない。

そんな会長がその二つを犯すなんて、知る限り初めてかもしれない。

「何か事件に巻き込まれてないといいんだがな」

「会長は忙しいんですから仕方のないことだと割り切りましょう。それより誰が行きます?」

「俺は行きたくねぇなぁ」

幸太がはぁぁと愚痴を漏らす。

「提案なのですが、ホームランの点数の最下位が行くのはどうでしょう?」

「お!いいねぇ!」

レオンの提案に幸太が賛成する。

「おい、勝手に決めるな」

「じゃあ清峰はどう決めるつもりだ?」

「…………今日はやめとこう。みんな疲れているだろ。会長には俺から伝えとくよ」

「でもセンパイ、せっかく時間をかけて製作した資料なんですよ。まだ間に合うなら行くべきでしょう」

その通りだ。この資料は貴重な夏休みの一部を消費して製作したのだ。疲れたからなど軽率な理由でサボるのは得策ではないはずだ。

………こうなったら、仕方ない。

「………いいか今日はダメだ。夜にあの学校に化け物が現れるんだよ。これは冗談でもなんでもない。これから起こりうる事実だ」

「…………?何口パクパクしてんだ清峰?ふざけてんのか?」

!?

どういうことだ?聞こえてないのか?

「だから、今日はヤバイからやめよう!」

「センパイ、真面目な話してるんで金魚のモノマネはやめてもらっていいですか」

ふざけてねェし金魚のモノマネでもねぇよ!!

幸太もレオンも真面目な話では基本悪ふざけは弁える筈だ。

ということは悪ふざけではない、本当に聞こえていないのか?

「本当に聞こえないのか!?」

「なんだ喋れんじゃねぇか。うっし、じゃあドベは全額負担の義務を免除するかわりに残業な。次のセットで決着だ!」

何故だ?なんでさっきのは聞こえなかったんだ?

考えてる間もなく、幸太が打席に立った。

幸太が不敵な笑みを浮かべて、バットを構える。流石元野球部なだけあって貫禄があった。

球が勢いよく飛んでくる。球速は120km/h。高校生からしたら、かなり速い球だと思う。

だからこそ、俺からしたらほんの一瞬だった。

「ちょっ、ま─────」

「やりぃ!」

金属バットの爽快な衝突音とともに、幸太はガッツポーズをした。

打たれた球は空の上。ホームランだ。

やりやがった、やりやがったよコイツ。

「ん?清峰なんか言ったか?」

「………なんでもねぇよ」

がっくりと肩を落とす。原因はわからないが、事情を話すことができないなら行くのを止めるのは不可能だ。

「よっ──と!」

レオンが続く。これまたホームラン。打たれた球ははるか遠くまで飛んで行った。

レオンは爽やかでありつつ親しみやすい笑顔で微笑んだ。確かにこりゃぁモテるな。

幸太とレオンは土壇場で見事ホームランを成し遂げた。

……次は俺の番。

今のところ俺は一点差でビリ。

このままホームランが打てなかったら、俺が学校に行かなくてはならい。しかし、逆に打ってしまったら試合続行、最悪こいつらのどちらかを地獄に導いてしまう可能性が出てくる。

「………はぁ。気が重い」

本当に、今日はずば抜けてついてなさそうだ。









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