第13話



 セミが鳴くのは雄だけらしい。日が照って暑苦しいなか大合唱する彼らは何を思いその短い人生を送るのだろう。そんなことをエアコンの効いた教室で考える。今日の昼は教室で食べた方が良い、熱中症になったら大変だと冬木に言われた。確かに、人が多い教室もしんどいが、この暑いなか外ではご飯も喉を通らないし、今日の昼は生徒会会議もなく冬木も教室に居るとのことだから、彼の意見に従っておこう。ソウは大丈夫だろうか。心配だ。


「もうすぐ夏休みだなぁ!お前らは夏休み何する?休みが合ったら俺たちでどっか行こうぜ!!」


 相も変わらず元気な夏原が俺と冬木に聞いてきた。先日に勉強を教えた二人は見事再テストで合格点を取り補習を免れたそうで、とても感謝された。俺の周りを奇妙な躍りをしながら回っていた。悪魔でも呼び覚ますつもりか。それからというもの二人はよく俺に話しかけてくるようになった。グループワークや移動教室、最近では昼食も一緒に取るようになって、初めは怖くて堪らなかったのに、いつの間にか身体の震えは止まっていて、むしろ安心を覚えていた。話もスムーズに出来るようになった俺を見て冬木は嬉しそうにしていた。頭は鳥の巣になっていたが。周りには季節一周組という意味のわからないダサい名前で呼ばれた。なんだそれは。


「夏と言えばプールだろ!!!」


「アホ、それじゃ秋元君が参加できないだろ。」


「あぁっそうか!!そんじゃあ肝試しだな!!!」


「却下。」


 即答で肝試しを一蹴した春日部はホラーは得意ではないと前に言っていた。苦手なんじゃなく得意ではないと何故か強く主張していたが似たような意味では。

 彼らが言ったように俺はプールには入れない。そもそも体育授業そのものに参加できていない。この身体に出来た傷を見られるわけにはいかないため水着など論外だし、着替えの場でも見られる可能性が高い。だから体育の時間は保健室で過ごしている。事情を知っている冬木と先生が体育教師に上手いこと説明してくれたらしく課題のプリントを提出することで許された。

 一度保健室で冬木と先生に家庭でのことを児童相談所に訴えようと言われたことがあったが、死に物狂いで止めた。またあの地獄に行きたくはなかった。必死な俺を見て二人は諦めてくれたようで心底ほっとした。

 楽しそうに話している3人には申し訳ないが遊びに出掛けることは出来ないと思う。身体的にも遊ぶほどの体力が残るとは思えない。去年だって始業式前日まで身体が動かない程しんどかったのだ。


「ごめん、俺夏休みは予定が埋まってるから行けない。」


「そんなに忙しいのか!?」


「一日も空いてないの?」


「うん。」


 残念だと顔に描いてある二人に謝る。すると冬木に名を呼ばれた。眉間にしわが寄っている。


「一日だけでも良いから必ず会おう。一時間でもいいから。絶対にこれだけはしてくれ、奏。」


「......。」


「過保護だなぁ、冬木君。」


 真剣な顔で話す冬木に俺は首を縦に振ることが出来ない。気まずくなって顔を反らすと、向いた先に居る夏原が黙って俺を見つめていた。静かな彼は珍しく、どうしたのかと首をかしげた。


「なあ、秋元。お前さあ、」


 夏原が何か言いかけていたが始業のチャイムが鳴ったため席に戻って行った。結局何を言おうとしたのかは分からなかった。

 分からないまま放課後になり夏原と春日部は部活に、冬木は生徒会に行ってしまったため一人で帰る。帰路を歩いているとソウが肩に止まった。良かった、元気そうだ。頭を撫でて癒される。


「お前はいいな、俺も空を飛んでどこか遠くに...。」


 行って良いはずがない。それは許されない。目を瞑って考え直す。そう言えば以前、どこかで今の言葉を口にした気がするが、いつどこでだったか。頭を働かせるも家に着くまでに思い出すことはなかった。気のせいだろう。

 ソウと別れ、家の玄関を開けるとたくさんの靴、リビングからは複数の声。あぁ、今日は厄日だ。これから訪れる身体の痛みに身体が硬くなる。リビングから父がやって来た。笑顔だ。随分と機嫌が良さそうで嫌な予感がした。


「待ってたぞ。早く来なさい。」


 父の言葉に従い着替えもせずリビングに行こうとすると、「こっちだ」と普段は使っていない部屋に連れてかれた。部屋には真ん中にベッドがありそれを囲むようにカメラが何台も置かれている。カメラは全てベッドを向いている。異様な光景に不安になって父を見ると楽しそうに笑っている。なんだ、なんだ。心臓が痛いほどはね上がる。怖くて膝が折れてその場にしゃがみこみそうになると、父が無理やり立たせベッドに連れていかれる。ベッドに叩きつけられると部屋にいつもの男達が入ってきた。皆笑っている。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。悲鳴が漏れる。


「喜べ、今日はお前にとっても楽しいぞ。たっぷり啼いて金を稼いでくれ。」







 




 男達が部屋から出て行った。飲みに行こうと話していたから父も今日はもう帰って来ないだろう。外で車の音が聞こえなくなったのを確認すると、すぐに風呂に入った。身体や、中に、付いた男達の体液を石鹸で洗い流す。何度も何度も洗い直す。汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。擦れた場所が赤くなって傷口から血が出ても洗い続けた。シャワーとは別に、頬から雫が滴り落ちる。






「ぁい、ぅ、...ッッ。っふ、あ、い。あい、藍。藍!」








 すがるように冬木の名前を呼んだ。




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